絶叫(夏のキャンプ編・前半)
「ほらあ、女の子だけだとなにかと危ないじゃないですかあ」
「とかいって、沢村の家事能力が欲しいだけだろ」
「それはそう」
「ちょっと玲ちゃん!」
冷やし中華にざるそばに手製の弁当。それぞれの昼食を広げて話しているのは、夏季休暇のことである。うちの会社は、盆も正月も誰かしら当番が必要なのでまとまった休みはずらして取るのだが、吉田藤本コンビと俺の休みが三日かぶったためにキャンプに誘われているのだった。
「どうせお休みの間も家でそうめんアレンジ大会〜とかやってるんでしょ」
「面白いなそれ」
「マジだった」
たしかに休みだからといってどこか行く予定も立てていなかったし、実家も一日で行って帰ってこれる距離だし、少しは夏らしいことをしてもばちは当たらないかも知れない。
沢村に予定を確認すると、〈いっすよ〉とすぐに返事がきた。それも、実家から道具を取り寄せる気合の入れようだ。藤本さんは手を叩いて喜び、吉田さんは「絶対いけると思ってました」とバンガローの予約完了メールをこちらに向ける。日付はなんと三日前。はなから同行させる気満々だったということだ。
青い光に包まれた早朝、最寄り駅に現れた車はブルーのフォレスター、運転席にはサングラス姿の藤本さんが座っていた。助手席の吉田さんと二人、腕にもなにか装着していて、車焼け対策はばっちりだ。
「やっぱでかいとかっこいいな」
「父のですけどね」
うしろのカーゴルームにはそれぞれのリュックとイケアの大きなバッグ、それから大きなクーラーボックス。見るからに使い込まれた様子で、藤本ファミリーの休日がいかにアクティブだったかがわかる。
「ちゃんと材料持ってきました?」
「ばっちりっす」
沢村がドヤ顔で親指を立てた。それだけで運転席と助手席は大盛りあがりだ。
食事の担当はあらかじめ割り振ってあり、材料カットまで済ませて持ち寄ることにしていた。提案したのは藤本さんだ。ずいぶん慣れているなと思ったら、吉田さんと一緒によくデイキャンプに出かけているらしい。
「いま流行りのアウトドア女子?」
「そうやってひとくくりにするのやめてくださーい」
「すいませんでした」
男二人は後部座席に乗り込む。走り始めて間もなく、学生時代のヒットソング大合唱がはじまり、いつもはにぎやか担当の藤本さんが「ちょ、ちょっと背中揺らさないで」と焦る貴重なシーンを拝むことになった。
「さて」
「え、なにこれ」
バンガローに荷物を置いて一息ついて、連れてこられたのはフォレストアドベンチャー、いわゆるアスレチックである。
アスレチック自体は別にいい。足を踏み出し、腕を伸ばし、凝り固まった身体を大きく使うのはやっぱり気持ちいい。
が、これはどうなんだ。
「すかっとしますよ!」
「風気持ちいいし」
谷を渡り、風に揺れる一本のロープ。吊り下げられた小さな滑車、いつの間にか胴体に装着されていたベルト。俺以外の三人は心身ともに準備万端で目をきらきらさせている。
そう、ジップラインだ。
「俺はいいよ、写真係で」
「親じゃないんだから」
「バラバラになっちゃうじゃないですか」
「え、ていうか先輩もしかして高所恐怖症?」
沢村の一言に、俺は黙って目線を合わせた。
「えーかわいいー」
「い、いや、足がついてればそれなりに平気なんだけど」
「俺、一緒に行ってあげましょうか」
妙に低い声色で後ろから抱きつく沢村に、女性ふたりが「ぎゃー!」と悲鳴を上げる。
「私達は何を見せられてるの」
「それで同居してるとかいろいろ生々しいからやめてえ」
「おい、なんなんだ」
そこへ係員のお兄さんの爽やかな笑顔が割って入った。
「安全のため、お一人ずつで体験していただくアクティビティとなっておりまーす」
「ですよね!」
大笑いしながら離れた沢村と、なぜかほっとした表情の吉田藤本である。
「本当に苦手で気分が悪くなる方もいらっしゃるので、無理はしないほうがいいですが。どうしますか?」
問いかけられて逡巡する。
「……落ちないですか?」
「日々安全対策と点検はしています」
「どうしたら怖くないですか」
「下じゃなくて、遠くを見るといいですよ」
「……よし」
いきます、というが早いかベルトに金具が装着され、長いロープに連結された。
「え、早くないですか」
「大丈夫、楽しいですよ!」
有無を言わせぬ白い歯が、安全のための注意事項を次々に説明していく。
「はい、あとはご自身のタイミングでどうぞ」
「って言ってるといつまでも行かなそうですよね」
吉田さんがにやりと笑う。
「せーのでいきましょう」
「おっけー」
沢村と藤本さんも腰を落として身構える。嫌な予感がした。
「はいしっかりつかまって、せーの」
「えっ」
「どーん!」
空中に放り出された俺は声の限りを尽くして叫ぶ。が、思ったほど揺れないし高さも気にならない。スピードに乗るとまるで風の滑り台だった。
ほどなくしてうしろのほうから高い笑い声が追いかけてきたが、みんな風に流れて飛んでいく。残っていた怖さもなにか別のものにすり替わってしまって、終点まで存分に大声を上げ続けたのだった。
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