後日談 ルリアン探偵事務所にて②
「半分正解ね。契約の儀式という名の呪いをかけられたのよ、私は」
「……呪い?」
「あの時のあのクソ神の言葉をそのまま教えてあげるわ。"これで、契約成立! 美桜の面倒みるってことは、彼女の生活を支えるってことだから朝日家からお金とっちゃダメだよ! あと、メンタル面のケアも忘れないでね! 秋人と一緒にいさせつつ、花代ちゃんの目の届くとこにいさせてね!"」
「……過保護かよ。でも、それのどこが呪いなんだよ?」
「抗議する時間もなく、言い逃げしてアイツは姿を消しました。そして、空から聞こえてきた言葉がこちら。"約束破ったら、今後花代ちゃんが一切偽名を使えず本名しか名乗れなくなる呪いかけといたから気をつけてねー! あはははははー!" 」
「……まあ、なんとなく状況把握したわ」
イライラが止まらない様子の坂崎は、二つ頬張っていた飴玉をバキバキッ!と再度噛み砕いた。
獅子が獲物の骨まで噛み砕いたかのような威圧感を発しながら、秋人を睨みつける。
「朝日家からの依頼金も受け取れないわ、女子高生のお守りを押しつけられるわ、たまったもんじゃないわ! しかも、最悪の呪いつき! どうしてくれんのよ!?」
「いや……もう諦めて本名名乗ればいいんじゃ……?」
「あんた、週六労働から、週七労働へ格上げしてあげるわ。昇進みたいものよ、喜びなさい」
「……すいませんでした」
本気の目をした坂崎に謝ることしかできずに、秋人は俯く。
そこに、掃除を終えた様子の美桜がほうきとちりとりを持って恐る恐る戻ってきた。
「あのー、階段下と階段の掃除終わりました。あと……坂崎さん。ちょっと、さっきのことでお話しが……」
「なによ?」
「時給10円はその……さすがになんというか……」
「何? なんか文句あんの?」
またしても眼光で抑え込もうとする坂崎に対して美桜は一瞬怯むものの、目を逸らすことなく坂崎の視線をしっかりと迎えながら口を開く。
「……あの、文句というかお願いがあるんです。お給料なんていりません。お仕事も私に出来ることなら何でもします。だから、依頼を受けてもらえませんか?」
「依頼? タダ働きするかわりに、私に仕事しろって? いい度胸してるわね」
明らかに美桜の発言に対してイラつきを示した坂崎に対し、秋人が慌てたようにフォローに入る。
「お、おい。美桜、やめとけ。今はあんまり刺激すんなって」
「あんたは黙ってなさいって言ったでしょ。私は今この娘と話してんのよ。……そんで? 何を依頼したいって?」
"一応聞いてあげるわ"と言わんばかりに、坂崎は頬杖をつく。同時に、受ける気は更々ないことを示すように恐ろしく冷たい目を美桜に向けている。
そのプレッシャーに気圧されそうになりつつも、美桜は意を決したように口を開いた。
「……潰してほしいんです」
「主語がないのよ。はっきり言いなさい」
「……私の母がバカみたいに信じきってるあの団体を、あの神様の存在を潰して下さい」
美桜の言葉に対し、坂崎は眉をひそめる。
「あんた、何言ってんの? 私達は探偵よ。いち宗教団体を壊滅させられることなんかできる訳がないし、探偵への依頼の範疇を超えてるわ」
「物理的に潰してほしいって言ってる訳ではないんです。あの団体、相当真っ黒です。信者達を洗脳してお金を巻き上げている以上に、法的にアウトなことも沢山やらかしています。そこを探って、世間にうまく露呈して欲しいんです」
「……さっきも言ったけど、民間の探偵への依頼内容じゃないわ。それに、宗教団体絡みはリスクが高いのよ。雑用奴隷が一人増えたところで割に合わないわ。ということで、お断り――」
「この探偵事務所、随分アウトローなお仕事してるらしいですね」
美桜の一言に、坂崎の目つきが変わる。
聞いたような言いぶりに、その情報の発信元は確実に秋人しかいないことを瞬時に察し、坂崎は秋人を睨みつける。
蛇に睨まれた蛙のように固まった秋人に舌打ちをし、"あんたの処遇はまた後で"と言わんばかり殺気を飛ばした後、そのまま同等の殺気を美桜に放つ。
「あんた、どこまで知ってんだか知らないけど脅してるつもり? これ以上調子のるようなら、容赦なく"消す"わよ。ご存知の通りのアウトローなお仕事で、死体なんか簡単に遺棄できるんだからね?」
坂崎の冷淡な目はその言葉が冗談ではないことを示していた。美桜は全身に鳥肌が立つ程の恐怖を感じながらも、退くつもりはないと言わんばかりに震えながらも視線は逸らさず話を続ける。
「……秋人さんは過去なんか捨てろって言ってくれましたけど、私は過去をぶっ壊す為にこの世界に戻ってきたんです。ここで逃げることをまた選ぶくらいなら……死んだ方がマシです」
「……あら、そう。じゃあ、お望み通りお死になさいな」
坂崎はさぞ当たり前ように、ごく自然にデスクの引き出しから拳銃を取り出し美桜に対して構える。
一瞬の出来事に、秋人は固まっていた身体を動かすことができずただ声をあげる。
「お、おい。坂崎、ちょっと落ち着け……」
「最後の忠告よ。どうする?」
「退くつもりは……ありません。お願いします、力を貸して下さい」
そう言いながら銃口を睨み返す美桜に対し、坂崎はため息をつく。
「そう。じゃあね、カル娘ちゃん」
「おい、待て! 坂崎っ――!」
"パンッ!"
銃声が狭いオフィスに鳴り響く。
それと同時に、美桜は倒れこんだ。
一気に血の気がひき、顔を真っ青にさせながら秋人は倒れ込んだ美桜の元へ痺れた足を不器用に動かしながら駆け寄る。
「お、おい! 美桜!? 大丈夫か!」
「大丈夫にきまってんでしょ、これおもちゃよ」
「おい、坂崎! いくらなんでもやりすぎだろ! 殺すことねえだろ!」
「だから、死ぬ訳ないでしょ。そもそも、本物の拳銃なんか持ってる訳ないじゃない」
「とにかく、早く救急車っ! いや、先に止血が必……よう……? ……おもちゃ?」
「いつまでもボケてないで、カル娘ちゃんそこのソファにでも寝かしときなさい。気絶してるだけだから、そのうち起きるわよ」
やっと状況を理解した秋人は、坂崎が持っていた拳銃を今一度確認してみる。
銃口からは花束が飛び出しており、割と陳腐なパーティーグッズであったことを認識した秋人は顔を赤らめる。
そのまま無言で美桜を抱え、そっとソファへと運び横にした。
「ただの陰気臭い娘かと思ってたけど、中々イカれてるわね。私みたいな意地の貫き方する人間初めて見たわ」
「……こいつも変わろうと必死なんだよ」
「まあ、なんでもいいけどそこのゴリラ起きたら作戦会議。それまでは、あんた正座続けなさい。あと、一ヶ月タダ働き。週八労働」
「なあ、坂崎……一週間って七日しかないの知ってるか?」
「なに? 文句あるなら、あんたをアウトローな方法で消しましょうか? こんな小娘に情報漏洩かまして、タダで済むと思ってたの?」
「……ただちに、正座に入ります」
命の危機を感じた秋人は、一切の抵抗を見せず犬がハウスを命じられたかのように定位置へと戻り正座を始める。
まだ痺れが残る足を痛めつけながら恐る恐る坂崎の様子を確認すると、思いの外殺意は向けられておらずニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「……どうした? それに東郷が起きたら作戦会議って――」
「団体の潰し方は、もう三通りくらい浮かんでるから。あとは、この依頼をどうやってお金にするかっていう作戦会議」
「……本気か?」
「カル娘ちゃんが言い出した時点で、本当はなんて面白そうな依頼かしらってワクワクしちゃったのよね。……あんただって、口角あがってるわよ」
秋人はソファでまだ眠りこけている美桜の顔を見ながら、再度ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「神様は一人いりゃ充分だよな、美桜」
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