後日談 ルリアン探偵事務所にて
オフィスビルの一室。室内は土足であり、フローリングの床は勿論清潔だとは言いがたい。
そんな中、制服を着た少女とスーツを着た青年が正座をしている。
罰としても有効なその行為を強要させたのは、今にも食い殺しそうな表情を向けながら正座をしている男女を見下ろしている小柄な女性であった。
「なあ……坂崎。その、とりあえず事情を説明させてくれ。なんで、いきなり正座なんだよ……」
「黙りなさい。あんたが発言を許されるのは、あと一時間正座を続けた後、ゴミムシとして無様に床にひれ伏しつつ、土下座をしている間だけよ」
容赦なく浴びせられる言葉に怯えながらも、そんな秋人を庇うように、同じく正座をさせられている美桜が口を開く。
「あ、あの。秋人さんは、悪くないんです。悪いのは全部私で……その……」
「あんたが、朝日美桜ね? 事情とかもう興味ないのよ。そんなことより、あんたらのせいで私はとんでもない被害をうけているの。このイライラをあんた達にぶつけないで、どこにぶつけろって言うのよ」
「で、でも……」
「ああんっ!?」
「ひっ……ご、ごめんなさい……」
どこぞのヤクザの如く、一睨みと威圧的態度で坂崎は美桜を黙らせる。
そんな様子をオロオロしながら見ていた東郷が、間に割って入った。
「な、なあ。相手はまだ子供だぞ?」
「だから何よ? 子供だからって何でもかんでも許されてたら、警察いらないのよ」
「いやあ、そんな大したことじゃないだろ? 約束破っても、山田花代って本名をまわりから呼ばれ続けるってだけ……ゴフッ!」
東郷が言い終える前に、メリケンサックを嵌め込んだ坂崎の拳が東郷の腹部を捉えた。
東郷の私物のはずが、いつの間にか坂崎が凶器として装着している事実に、秋人の顔が青ざめる。
「坂崎……今、東郷全く反応できてなかったぞ。お前が一番強くなってどうすんだよ……」
「あら、全然大したことないわよ。東郷も大袈裟なんだから。秋人も試しに喰らってみる?」
秋人に向かって構えをとり、坂崎は射程圏内に入りシャレにならない殺気を放っている。
そんな坂崎の行動をよそに、美桜は首をかしげながら口を開いた。
「……本名? ねえ、秋人さん。この方、坂崎さんじゃなくて山田さんっていうんですか?」
「バカっ!? 美桜、おまえ空気よめ! 死にてえのか!?」
坂崎は美桜の発言に、額に青筋を走らせる。坂崎は中腰になりながら正座をしている美桜の目線に合わせ、ほっべたをつまみあげた。
「ひぇ……いたっ……いたたたたっ……ひゃ、ひゃめてくださっ……」
「どーっも、山田花代といいます。よろしくね、カル娘ちゃん? あたしはね、この本名が嫌で嫌で死ぬほど嫌なのよ。偽名で坂崎と名乗ってるから、そちらで呼んでくださいねー?」
貼り付けた笑顔を美桜に向けながら自己紹介を終えた坂崎は、つまんでいた指を離す。
美桜は、若干赤くなっている頬をおさえ、怯えながら震えた声を出す。
「ご、ごめんなさい。気をつけます……えっと、坂崎……花代さん?」
「坂崎でいいのよ! 下の名前も嫌いなの! わかんない娘ねっ!」
「ひっ……! あ、秋人さーん……」
瞳に涙を浮かべながら、美桜は秋人に助けを求める。
「坂崎、女子高生泣かすなよ……」
「泣きたいのはこっちの方なのよっ!」
若干取り乱している様子の坂崎をなだめようと、後ろから東郷が腹をおさえながら声をかけた。
「お、落ち着け坂崎! 昔、名前がダサいって理由で散々からかわれ、初恋の男の子にもバカにされたくらい気にしない方が……ゴフッ!」
物凄い衝撃音が響き、気づくと東郷はピクりともせずに地べたに倒れ込んでいた。
この大柄な男を一発で沈めた坂崎に、秋人と美桜はドン引きつつ、声さえも発することができなかった。
そのまま坂崎は無言で掃除用具入れへと歩き出し、ほうきとちりとりを取り出す。
その様子を見て秋人は冷や汗をたらしながら声をかける。
「お、おい……坂崎。東郷はゴミじゃないぞ?」
「何をバカなこと言ってんのよ。あんたは黙って正座してなさいよ」
坂崎は取り出した掃除用具を、美桜へと差し出した。
「とりあえず、掃除しなさい。あなた、今日からここのバイトだから。時給は10円。労働日数と労働時間は働ける限り全ての時間。わかったら、さっさと動きなさい」
「……えっ? え、えっと、あの……」
「とりあえず階段下から! さっさと動くっ!」
「は、はい!」
美桜は差し出されたほうきとちりとりを受け取り、頭にクエスチョンマークを浮かべたままそそくさと動き出す。
訳のわからなさと痺れた足が美桜の動きをぎこちなくさせ、ロボットのようにカクカクとしながらオフィスから出て階段を降りて行った。
そんな姿を見送りつつ、秋人は恐る恐る声をあげる。
「あのー、坂崎さん? 発言よろしいでしょうか……?」
「なによ」
「いや、色々と説明を求む……。美桜のバイトやら、さっき東郷が言っていた話しも訳わからんし……」
坂崎はギロリと秋人を睨みつける。
その威圧感に耐えられず、秋人は軽く震えながら視線を逸らした。
その様子を見てこれ以上怒鳴り散らしても仕方ないと坂崎はため息をつき、自分のデスクの椅子にドカッと座る。
デスク上のイチゴミルクの飴を一つ頬張り、舌上で転がしつつ面倒臭そうに話し出した。
「簡単に言うわよ。とりあえず、私達はあの神社の神様と接触してるわ。詳しいことは知らないけど、あんたがあいつに拉致られてたのは知ってんのよ」
「まじか……。じゃ、じゃあ別に俺が悪かった訳ではないことはわかっ――」
「私が話してんだから遮るんじゃないわよ」
坂崎は舌上の飴玉をバキッ!と噛み砕く。
明らかにまだイライラがおさまっていない坂崎をこれ以上刺激しないよう、秋人はとりあえず押し黙る。
「……あのクソ神、"頼みがある"とか言ってきたのよ。その内容がなんだと思う? あんた達がこっちの世界に戻ってきたら、私にカル娘ちゃんの面倒を見てほしいって」
「面倒……?」
「そうよね、まあ勿論そういう疑問が生まれる訳よ。私も問い質そうとしたわ。なのにそこでぶっ倒れてるクソゴリラが"よくわかんないけど、任せとけっ!"って、とってもいい笑顔で即答しやがったのよ」
「……映像が目に浮かぶな」
「そうしたら、あのクソ神も"契約成立だね!"ってこれまたいい笑顔かまして嬉しそうに私に手をかざしたの。すると、私の身体は変な光に包まれました。さて、その光の正体はなんでしょう?」
「いや、わから……」
「いいから、答えなさいよ」
有無も言わさない坂崎のプレッシャーに、彼女の怒りの根源は確実にこの話題であることを秋人は察する。
なぜ急にクイズ形式で追い詰めてきているのかはわからずとも、これ以上機嫌を損ねてはならないことは明白であった。
「えっと……契約の儀式とか? ははっ……」
「何笑ってんのよ。はっ倒すわよ」
「もうどうすりゃいいのか、わかんねえよ……」
坂崎は飴玉を今度は二つまとめて頬張りつつ、再度深いため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます