第31話 遡及③

「なんだよ、これ」


 自分の意思と反して止まらない涙に戸惑いながらも、秋人は胸のざわめきから何かを感じていた。

 少女の目を見つめる度に、少女の言葉を受け止める度に、心が涙を流し続けているようであった。

 そして、秋人は衝動をおさえられないまま声を漏らす。


「……美心みここ。ごめん、助けられなくて……今までずっと……」

「……ごめんね、秋人。戻っておいで」



 少女の手が光を纏いながら、秋人の頬に触れる。


 それと同時に秋人のぼんやりとしていた意識が徐々に戻り始め、視界が明瞭になった頃には胸のざわめきは落ち着いていた。



「……何をしたんだ?」

「おしゃべりだね!」

「いや、そういうことじゃないだろ」

「気にしなくてよろしい! まあ、か弱い女の子のわがままだったと思って見過ごしなさいな!」

「はぐらかすなよ。なあ、俺とお前って……」

「秋人は秋人だよ。だから、君の人生を大事にしてね。……ということで、美桜のことよろしく!」



 少女は陽気に挙げた右手を、そのまま秋人へとかざす。

 元の世界に戻そうとしていることを秋人が察した時には、既に身体は煙のように薄く消え始めていた。



「ちょっと待て、話しはまだ終わってねえぞ!」

「残念ながら、この世界での全ての権限は私にあるのだ! 観念して消えるがいい!」

「最後までおちゃらけてんじゃねえよ! なあ、さっきの映像は……んぐっ」



 秋人の言葉を遮るように、少女は秋人の口をつまんだ。

 少女はそんな秋人の顔を見て笑いながらも、どこか悲しげな表情を秋人に向ける。



「さあ、これで本当にお別れだね。あー、あと私もついでに言っておこうかなー」



 少女は秋人の口から手を離し、消えかかっている秋人の胸にもたれかかる。

 秋人に表情を見られぬように俯きながら、か細く震えた声で言葉を発した。



「大好きだよ……全真ぜんしん……」

「みこ……」



 次の瞬間、秋人の身体はこの世界から姿を消した。

 少女は消えてしまった秋人の温もりを、感触を思い返すように、自分の掌を見つめる。

 果てしなく闇が続くこの世界で唯一の色づいた存在となった少女は、紛れもない孤独であった。

 しかし、少女に悲壮感はなく、長い長い旅の終わりに辿り着いたかのような満ち足りた表情を浮かべていた。



「……あはは、何年かかったことやら。でも、これで私も――」

 


 そう呟きながら、少女はゆっくりと目を閉じる。静寂に包まれながら、少女の身体は闇に飲まれるようにゆっくりと消えていった。





◇◇◇



 神社の本殿の中で、秋人は目を覚ました。

 

 身体の節々に微かな痛みを感じながら身体を起こすと、隣で美桜がスースーと寝息をたてながら眠っていることに気がつく。


「先に戻ったはずなのに、なんで俺のが目覚めんのが早いんだよ……。おい、美桜! 起きろ!」


 秋人は呼びかけながら美桜の身体を揺するが、眠りが深いのか中々目を覚ましそうな様子がない。



「……まあ、呼吸してるし大丈夫か。その内起きんだろ」



  秋人は立ち上がり、四畳程の神の間を見渡す。あちらの世界に飛ばされる前と様子に変化はなく、見上げた先に祭壇が目に入った。

 変わらず祀られている小さな石を秋人は手に取る。


 "コンッコンッ"とノックをするようにその小石を小突いてみるが、光り輝くどころか空虚な音が鳴り響くだけであり、なんの反応も得られない。


 呼びかけるまでもなく、ただの小石であることを察した秋人はため息をつく。



「……ったく。本当に自分勝手なヤツだな」


 丁寧にその小石を祭壇に戻し、秋人は手を合わせ呟く。


「随分待たせちまった。悪かったな……」


 



 美桜は変わらず赤子のような無垢な顔で眠っており、目が覚めた後この子供がこの世界に押し潰されないようにと秋人は祈る。


「本当に大変なのはこっからだぞ。頑張れよ?」


 美桜は眠りながらも明らかに怪訝な表情を浮かべる。秋人はその顔に笑いを堪えながら、美桜の頭をクシャクシャと撫でた。

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