第30話 遡及②

 相変わらず少女はへらへらとしており、全くもって緊張感のない空気に若干イラつきながら秋人は問いかけていく。


「とりあえず、お前は何者だ? あの神社の神様か?」

「さあ? 何者なんだろーね?」

「てめえ……さっきからおちょくってんのか?」


 秋人は再度拳に力を込める。しかし、少女は

ムッとした表情を浮かべた。


「もう、そんなすぐ怒らないでよー! 秋人カルシウム足りてないんじゃないのー?」

「そもそも、てめえのせいで飲まず食わずなんだよ」

「確かに!? これは一本とられた!」


  秋人は全く進まない話にため息をつく。

  いちいち反応するのもバカらしくなり、握りこんでいた拳の力をゆるめた。


「……自分の存在がなんなのかわからないってことか? それとも、何者なのか答えられないのか?」

「うーん、前者だね。まあ、特殊な力を持った地縛霊とかそういうものなのかな? きっと、未練がなくなったらスーっと消えちゃうんだろうね! まあ、そういった存在も君達が神様と呼ぶなら、神様なんだろーけど」

「……さっきの映像お前だろ? 死んで、ここに縛られてんのか?」

「これまた難しい質問だねー。まあ、死んでここで守り神みたいなことをしながらゆっくり待ってたって返答が一番しっくりくるのかな」



 少女の返答に、秋人の脳裏にさっきまでの映像がよぎり顔をしかめる。

 詳しいことはわからないが、とても平凡な死を遂げたとは言い難い……いや、凄惨な死だったことは実際その目で見てきたのだ。

 

 秋人は少し言葉に詰まる。


「ほらほら、質問はもうおしまいー? 積極性のない子は点数あげないよー」

「何の点数だよ。……なんで俺を巻き込んだ? たまたま神社に来たからってワケじゃなさそうだが」

「んー、秘密」

「俺のことを知ってるらしいな。約束やらなにやら言ってたらしいが、何のことだ?」

「うーん、秘密!」

「……神社で俺を拉致るときも声が聞こえた。あれはお前の言葉だよな?」

「ひ・み・つ!」



 痺れをきたした秋人の拳が少女目がけて放たれるが、少女は余裕の表情でその攻撃を交わした。



「あぶないよー! 女の子に対して殴りかかるとはけしからんぞ!」

「質問に答える気ないなら、さっさと俺を元の世界に戻せ」

「答える気がない訳じゃないけど、私と秋人の関係性に関しては言葉ではちょっと話したくないのよ。わかってほしーな?」



 上目遣いでぶりっ子する少女の顔を見て再度手が出そうになるが、この超常の力を持つであろう少女に自分の非力な攻撃など無意味であることは秋人は察していた。

 必死に我慢するがイラつきを隠せない秋人に対し、少女は"フッ"と愛おしさを示すように鼻で笑った。



「……ねえ、秋人は美桜の嘘にはいつから気づいてたの?」

「あん? なんでお前が質問してんだよ」

「別にいいじゃん、ケチんぼ」

 と少女はほっぺたを膨らませる。


「……割と序盤には気づいてたよ。あいつ、上手く嘘つけるような器用さ持ってねえし」

「じゃあ、最初から問い詰めてもよかったんじゃないの?」

「このワケわからねえ世界で早い段階に問い詰めてあいつが逃げたり、嫌われたりした時のリスクがでかかったんだよ。この世界で生き続けるにしても、脱出するにしても、美桜がキーマンなのは確かだったからな」

「ふーん、秋人はバカなのか賢いのかわからんね」


 美桜にバカ呼ばわりされ、更にこんな少女にもバカ呼ばわりされ釈然としない秋人は、"パンッ パンッ"と場をしめるように手を打った。

 

「お前が大して質問に答える気ないならもう終わりだ。そもそも、そんなに事の真相に関しては興味ねえし、さっさと元の世界戻せよ」

「本当に秋人はせっかちだねー。そんなんじゃ、女の子にモテないよー?」

「余計なお世話だ。それに、先に美桜は戻ってんだろうが。俺が戻ってこないと、あいつ泣き叫びそうだから早くしろよ」


 秋人の発言に、ニマニマと少女は笑う。


「おやー? おやおやおやおや?」

「その、うぜえ顔やめろ。変な意味はねえよ。ただ、美桜が元の世界に戻った時には、誰かが隣いてやんねえといけねえんだよ」

「……秋人は根っこからの優男だね。本当に何も変わってない……」


 意味深な少女の言葉に秋人は眉をひそめるが、その部分に踏み込んだところで、またはぐらかされるのはわかっていた。

 これ以上無駄なやり取りはする気は更々なく、目で"早くしろ"と訴える。


「わかったよー。ただね、一つだけ言いたいことがあるんだ。それだけ聞いてくれる?」

「……なんだよ?」


 少女は秋人の目を見つめる。

 その瞳に吸い込まれそうになり、秋人は目をそらすことができずに一瞬で引き込まれた。

 それと、同時に自分の胸……心が揺さぶられるような感覚に陥る。

 二人は見つめ合ったまま、少女は口を開いた。


「ねえ、全真ぜんしん。私は、毎日楽しく過ごしていたよ? だから、大丈夫。約束を果たしてくれてありがとう」

「何を言って……?」


 秋人が問い終える前に、両頬に冷たい感触が走った。

 気づくと、秋人の両目から大粒の涙が流れ落ちていた。

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