第29話 遡及

「おい、ふざけんなって! 聞こえてんだろ! さっさと俺も帰せよ!」


 必死に秋人は空に向かって訴えるも、反応は得られず、世界は着々と崩壊へ向かっていた。

剥がれ落ちていく世界の破片の先に見えているのは、宇宙のように果てしなく暗い無の世界である。

 

 崩壊が進むにあたりその空間が自分の周辺まで迫ってきており、身動きがとれなくなった秋人を更に焦らせる。



「待て待て待て、なんでこんな……。おい! 頼むから早くどうにかし……うわっ!」



 ついに秋人の足元まで崩壊は及び、呆気なく秋人は落ちた。暗い暗い闇の世界の中を、しっかりと重力のままに落ちていく。


 今何が起きているのかもわからず、声も出せず、ただ落下していく感覚に恐怖を覚えながら、秋人は目の前に流れていく映像をじっと見つめていた。



(なんだこれ……走馬灯か……?)




 深い深い山の中であろうか。少年が少女の手を引き、何かから逃げるように必死に走っている。

 しかし、少女がつまずき地べたに転がった。少年は少女に駆け寄り手を伸ばすが、少女は顔をあげずに首を横にふる。

 何か言葉でのやり取りもしている様子であるが、口元が動いているだけで声が聞こえない。



 そうしている内に、鬼の形相を浮かべた大人達がやって来て、多人数で二人を取り囲んだ。

 

 少年は少女を庇うようにして大人達に立ちはだかるが、大人達の容赦のない暴力によって成す術なく引き剥がされる。



 拘束された少女は泣き叫びながらも大人達を制止しようとしているが、その声虚しく少年は既に血まみれになっている。

 地べたを這いずるようにして少年は少女へ向かおうとするが、大人が上から背中を踏みつけ動きを止めた。

 それでも手を伸ばそうとする少年に、少女は涙を流しながら何かを呟いた。


 涙でぐちゃぐちゃになった顔に必死に笑顔を作りながら、少女は腰元に隠し持っていた小刀を引き抜き自分の首元に当てる。


 少年が必死に叫ぶが、少女は次の瞬間首を――



 少年は瀕死になりながらも、這いずりながら移動し血まみれになった少女にたどり着き必死に何かを訴えている。


 "必ず……会いに行くから。どれだけかかろうと……必ず生まれ変わって……必ず……"


 

 そして、少年の意識が……命が途絶えた。












「……っ! なんだよ、今の……」


 秋人は我に戻る。気がつかない内にさっきの映像に取り込まれていたのか、意識が別の場所に飛んでいたようだ。

 もうさっきまでの落下していく感覚はなく、身体はまるで宇宙空間に浮遊しているようであった。


 そんな真っ暗な世界で、色づいた存在が少しずつ自分に向かってくる。


 近づくに連れその存在が人間であることに秋人は気がつくが、何やら様子がおかしい。

 様子がおかしいというより、身振りがおかしい。両手を大きく秋人に振りながら、さぞ陽気なオーラを纏いつつ近づいてくる。


「なんだ、ありゃ……。いや、さっきの映像のやつか?」


 その存在は少女であり、さっきまで見ていた映像の中の少女と顔が一致する。

 その少女は楽しげに秋人に声をあげた。


「やっほー! あきと!」

「……やっほー、じゃねえよ。お前が今回の黒幕か?」

「黒幕だなんて、人聞きが悪い! ちょっと秋人のこと拉致して、閉じ込めただけだよ!」

「主犯じゃねえか」


 こんな宇宙空間のような世界に似合わない、古臭い着物を着た少女はニコニコと笑顔を浮かべている。

 調子を狂わせられながらも、秋人には問い質したいことが山ほどあった。


「お前が美桜の言っていた女の子ってやつだな。一体、どーいう……」

「ぶふっ! "俺を選ぶっていうなら全人類から選べ!" ……ぶふっふ!」

「あん?」


 少女は、必死に笑いを堪えながら秋人の顔を見つめている。


「"選んで欲しいならいい女になれ" "全人類の中から美桜を特別にしてやんよ"……って、あっはっはっは! どこぞのホストか! 女子高生を口説くな口説くな!」

「……ぶん殴るぞ?」

「もう見てて色んな意味で鳥肌たったよ! ここまで全身むず痒くさせるなんて、ある意味才能だよ秋人! グッジョブ!」


 秋人は顔を真っ赤にさせながら、固く拳を作り少女に近づいていく。


「待った待った! 冗談だって! そんな怒らなくていいじゃん!」

「俺は、お前のせいで中々とんでもねえ目に合ってんだよ。そのおちゃらけた態度、やめろ」

「もう、秋人はせっかちだねー。まあ、わかったよ。お待ちかねの、質問タイム始めようか」

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