第27話 その胸の中で②
その静寂の中でやっと聞こえるような小さな声で、美桜はそっと口を開く。
「……なぜ話したのですか?」
「あ? お互いさらけ出すって言っただろうが。俺だけ隠してたら、フェアじゃねえだろ」
秋人の言葉に美桜は目を丸くする。
予想していなかった返答に困惑の表情を浮かべながら、再度尋ねる。
「えっと……。本当のことを話して、私を絶望させてからこの世界に置き去りにする為に……とか?」
「は? 何言ってんだお前?」
秋人の素の反応を見て、ずっと下がっていた美桜の口角があがり、"ぷ……くっくっく"と必死に笑いをこらえながらも、声が漏れだす。
「何笑ってんだよ」
秋人は意味がわからないという表情を浮かべながら尋ねる。美桜は笑いをこらえながらも、なんとか声を出し答えた。
「秋人さん、そのお仕事向いてないですよ。転職をお勧めします」
「なんだよ急に……」
「秋人さんはやっぱり私の思っていた通りの人ですよ。優しくて、お人好しで、かなりのバカです」
「割とバカから、かなりのバカになってるじゃねえか」
不満げな秋人の顔を眺め、美桜は瞳に溜まっていた涙を腕で拭いながら話をする。
「本当の悪人だったら、そもそも私のことをこんな風に構ってませんよ。そんな大事なことわざわざ暴露して、その理由を向き合うだの、フェアじゃないだのって……ただの正義マンじゃないですか」
「正義マンというか……俺は別に」
「どう悪ぶっても、秋人さんには悪人の才能はないですよ。諦めましょう」
そう言い切られたことに対し、"チッ"と舌打ちをしつつ、秋人は話しを戻す。
「……いい加減ちゃんと説明しろよ、陰湿メンヘラ嘘つき女」
「私のあだ名どんどんひどくなってません?」
苦笑いを浮かべながら、美桜は一呼吸整える。
色々と整理しているのか少し時間をとった後、"わた……"と話し出そうとするものの、顔が青ざめて、言葉が詰まる。
震え出す美桜の様子を見て、秋人は軽く頭をかいた後、美桜の手をとり、握りしめた。
「あ……秋人さん!?」
「いいから、話せ。話し終えるまでは手握っててやる」
美桜は恥ずかしさを感じながらも、自分の震えが止まっていることに気づく。
秋人の手を握り返しながら、意を決めて話し出した。
「……私、死のうとしてたんです」
そう話した美桜に対し、特に反応もせず、何も言わないまま秋人は待つ。美桜はゆっくりと自分の言葉を紡いでいく。
「秋人さんのご存知の通り、私中学の頃やらかしてしまって……。でも、それだけなら耐えられたんですけど、母との関係もあって……私なんの為に生きてるんだろうって……」
美桜は頭の中に流れる過去の映像、言葉達に押し潰されそうになりながらも、手から伝わってくる秋人の温もりを頼りに話しを続ける。
「死のうと決めた日、神社で女の子と出会ったんです。その子は死ぬ前に消えてみろってこの世界を作ってくれました。でも、私全然弱くて……一人じゃ生きられなかったんです。かといって、元の世界にも戻りたくなくて泣き喚いて……。そんな私を見て、その子がもう一度人と関わってみろって連れてきてくれたのが秋人さんでした」
「その女の子ってのが神様か?」
「……わかりません。私もあまり正常ではなかったので、その子がどういった存在なのか、何者なのかということは尋ねませんでした。知りたくもなかったですし」
そう言いながら俯く美桜の様子を見て、秋人はなんとなく心情を察しつつ、別の質問を投げかける。
「何で俺が連れてこられた? あの神社にいたからか?」
「えっと……ごめんなさい。詳しいことはわかりませんが、秋人さんのことを知っていると。約束が果たされると言っていました」
「……約束?」
その言葉に、秋人は自分がこの世界に連れてこられた際に聞こえてきた少女の声を思い出す。
しかし、軽く記憶を辿ってみるが、思い当たるようなことは浮かばなかった。
「その……私自分の為に秋人さん巻き込んで。
私の運命勝手に背負わせて、でも嫌われたくないから嘘ついて。自分勝手で……」
「んで? それだけじゃねえだろ」
初めて美桜の言葉を秋人は遮った。美桜は狼狽えながらも言葉を探す。
「あ、あの。本当にごめんなさい。謝っても許されるようなことじゃないのはわかってい……」
「そうじゃない」
「えっと……、あ、大丈夫です。秋人さんが望めばきっと元の世界には戻れ……」
「違う、とりあえず謝罪と説明はもういい。手握っててやる内に話したいこと話しちまえ」
「話したい……こと?」
秋人が何を言いたいのかわからず、美桜は困惑する。
「青ざめて、震えが止まらなくなるようなことずっと一人で抱えて生きてきたんだろうが。どうせだから出しちまえ。そんだけこじらせちまってるのは、吐き出してこなかったからだよ」
「でも、何を話したらいいのか……」
「いいから、話せ」
有無を言わせない秋人の態度に困惑しつつも、美桜は少しずつ思い出す。それと同時に、こちらの世界に来る前に全て置いてきた感情、想いが腹の底から湧き出てくるのを美桜は感じた。
黒いものが自分の中に巡り、溢れてしまいそうになるのを必死に堪える。
その様子に秋人は気づき、声をかける。
「吐き出しちまえ」
「……汚いです。真っ黒ですよ」
「そんなもんを中にためとくからいけねえんだよ」
美桜は躊躇するも、自分のことを真っ直ぐに見つめる秋人の瞳に吸い込まれる。
ただ純粋に自分と向き合おうとしてくれているその視線に誘導されるように、美桜はその黒い物達をゆっくりと吐き出しはじめた。
「……みんな、嫌い。お母さんも、同級生も……。私は頑張ってただけなのに、なんで? なんで私が悪者なの。人が傷つくことなんて気にもとめないで、大して頑張ってもいないアイツらがなんで笑ってるの? 幸せそうなの? ずるい……ずるいずるいずるい! 嫌い、大っ嫌い!」
必死に叫びながら、美桜は秋人の手を更に強く握りしめる。その力を感じながら、秋人は黙って美桜の話を聞く。
「教団のやつらも! 私達の不幸を使って……お父さんの死を、お母さんの悲しみも利用して! 優しかったお母さんもあんなに腐らせて! なにが神様……何が幸せだ! 嘘ばっかりついて!」
正気を失ったかのように怒鳴り続け、軽く息を切らしながら、次第に瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……私は。私はいい子でなんていたくなかった。お父さんが死んだ時も、みんなから嫌われた時も、泣き喚きたかった。嫌だって駄々こねて、誰か助けてって叫びたかった……。たったそれだけのことだったのに、なんで、私……。ずっとこんなに……一人で……」
言葉に詰まった美桜の手を引き、秋人は美桜を自分の胸にもたれかかせる。
美桜は驚き、とっさに顔をあげ秋人の顔を見ようとするが、それを抑えるように自分の胸に頭ごと抱き寄せ言葉をかけた。
「頑張ったな」
その言葉に、その温かさに包まれながら、美桜は秋人の胸の中で子供のように泣き続けた。
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