第四章 消える世界

第26話 その胸の中で

 美桜が必死に空へ、もとい少女に対して訴えかけた言葉は沈黙の中に響き渡るだけであった。


 なんの反応も得られない美桜は焦りながら言葉を続けた。


「私を殺すのが嫌なら、秋人さんを元の世界に戻して! もういいからっ!」


 美桜の言葉に反応し、秋人は自分の身に何か起きるのかと身構えるが、状況は変わらず少女は沈黙を貫いていた。



「な……なんなの。もうやめて、やめてよ」



 何もアクションを起こしてくれない少女に対し、美桜は憤りと焦りを感じながら涙を流し続けた。



「なんだよ、ちゃんと空気読んでくれるじゃねえか。神様よ」



 美桜の呼びかけに、確実に第三者が関わっていたことを察した秋人は呟く。

 そして、そのままゆっくり美桜に近づいていく。



「こ、来ないで下さい! ごめんなさ……私……嫌……!」


 美桜は狼狽えながら、秋人に背を向けて全速力で走り出した。


「ったく、パニック起こしてんじゃねえよ」


 逃げ出した美桜を追いかけるように、秋人も走り出す。どちらかといえば虚弱体質であり運動等は不得意である秋人だが、成人男性の脚力が女子高生に負けるはずはなく、すんなりと美桜に追いついた。



「……ちょっと待て!」



 走り続けていた美桜の腕を、秋人は捕まえる。



「やだ、嫌だ! やめて、離して下さい!」



 背を向けたまま美桜は必死に秋人の手を振り払おうとするが、腕を掴む力を緩ませることはなく秋人はガッシリと掴み続ける。



「……大丈夫ですから! ちゃんと元の世界に帰れます! だから……」

「……見ろ」

「嘘をついていたことは謝ります! だから、もう私を――」

「いいから俺を見ろって言ってんだよ!」



 そう叫びながら秋人は美桜の腕を引き、力づくで美桜の身体を自分に対面させる。


 涙で溢れ返った瞳と目が合うが、すぐに美桜は顔を逸らした。しかし、秋人は美桜の両頬を掴み無理矢理自分の瞳と向き合わせる。



「何にそんなに怯えてんだよ。俺の視線がそんなに怖いか?」

「……人からの嫌悪が。負の感情が……怖いです」

「んなこと聞いてねえだろ。俺の視線が怖いかって聞いてんだよ。いつ俺が美桜に嫌悪を向けた?」

「だって! 私はずっと嘘をついて……知らないフリをして……」

「だから何だよ?」

「だから、秋人さんはもう私のこと嫌いで……」


 

 辿々しく話す美桜を見つめつつ、秋人は軽くため息をつき、つまんでいた頬から手を離す。



「誰が悪いとか、好きだ嫌いだのは後の話しなんだよ。俺がお互い全てさらけ出すって言った意味をちゃんと考えろ。気持ちが本物だって言うなら、まずは逃げねえで向き合え」

「向き合うも何も……だって」

「それとも、俺に向けた気持ち自体も嘘だったのか?」

「……嘘じゃない。嘘じゃないです」



 震えながらも、美桜は精一杯の声を必死に絞り出すように答えた。



 その言葉を受けて、秋人は話し出す。



「俺はな、美桜の父親が事故で死んだ時の慰謝料を狙って、母親から金を搾り取ろうとしてた。いわゆる悪党だ」

「……どういうことですか?」



 秋人の言葉に美桜の表情が曇る。

 その顔を確認しながらも、秋人は続ける。



「俺の仕事は探偵だ。ただ、人様の為になんていう考えは一切ねえ。利益だけを考えて行動する。信頼させておいて掘った情報を第三者に売る。掴んだネタを使って金を脅しとる。捜索依頼なんかは、調査を無駄に長引かせる為に状況や人を操作する。美桜の場合はこのパターンだな」

「いなくなった私の捜索をしていたということですか? 母から依頼を受けて……」



 秋人の話しに、まだザワついている心をおさえながらも、美桜は必死に理解しようとする。



「そうだ、今話した通り純粋な捜索依頼として立ち回る訳じゃねえけどな。グレーゾーンぎりぎりを責めて、金を絞りとるようなやり方だ」

「だから私のこと知らないフリをしていたのですか? 私には言えないようなことをしていたから……その、色々と操作しつつ母からお金を巻き上げようと……?」

「理解がいいな。言っただろ、俺は善人じゃない。元々、美桜の思ってるような人間じゃねえんだよ」



 その言葉を聞き、美桜は俯き押し黙る。

 入ってきた情報を整理しようとしているのか、そのまま沈黙が流れた。

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