第25話 あなたの手

「さて、これからある青年を招き入れる。ただし、君の事情も話さず、同意も得ずに単純に拉致する。先にネタばらしするけど、その彼は君の人生を変えてくれる"運命の人"だ」



 運命の人? 招き入れる?

 

 詰め込まれた情報に私の頭はパンクしそうになりながら、その男性は少女の知り合いであるのかを私は問いました。



「私は知っているけれど、彼は私を知らない。

でも彼は最初からここに来ることになっている。そういう運命の中にいるからね!」



 少女の抽象的な説明に私は何を言っているのか全くわかりませんでした。

 私は頭にクエスチョンマークを浮かべたままくすぶっていましたが、そんなことはお構いなしに少女は話を進めます。


「ぶっきらぼうだけど、とても優しい魂を持った人物だ。安心していい。ただ、君には何も知らないフリをしてほしいかな。そうだねえ……、記憶がない設定とかにしようか」


 少女の提案に、私はその理由を問いかけます。


「経緯を話してしまったら、その青年にとって私達は悪者だからね! 関係性も何もなくなってしまうだろ? 君の心のリハビリをハードモードにしても仕方ないからさ! あ、変な罪悪感は感じなくていいよ。さっきも言った通り、最初から彼はここに来ることになっていたんだ。そして、私との約束が果たされる。それだけの話なんだよ」


 

 何かを隠している。少女の真意を誤魔化したような言い振りに私は違和感を覚えます。

 ……ただ、そこに悪意のようなものは感じませんでした。負のオーラに関しては人一倍敏感な私にはなんとなくわかるのです。


 "彼女は味方だ" と。



「変な心配はしなくていいよ! 彼が望む限り必ず元の世界に戻すことも保証するから。……ということで、レッツ拉致っ!」



 そう言い残すと、かすかに漂っていた少女の気配が消えました。その青年の元に行ったのだと理解をすると、私の胸は緊張で高鳴りはじめます。


 トントン拍子ながら、強引に進んでしまった展開に、まだうまく整理されていない頭で私は必死に考えます。

 


 運命の人。私の人生を変えてくれる人。

 

 真偽はどうであれ、彼女のような存在が招き入れるということは特別な存在であるのは確かなのでしょう。



 ……それ以前に、人と会う。人と話す。人を視界に捉える。そんな当たり前のことのやり方を忘れている私が、うまくやれるでしょうか。


 人と関わるというのならば、以前のように辛気臭い顔をしていてはいけない。常にニコニコしていた方がいいのでしょう。

 そういえば、クラスで人気があった女子は活発な人が多かった。少しおてんばなくらいが男の人は好きなのかもしれません。


 ……こんな世界に連れてこられたら、彼は恐らく大きく動揺するはずです。どんな事情があろうと罪悪感を感じるなと言われる方が難しい話です。

 少しだけ私のワガママに付き合ってもらったら、少しずつ打ち明けて、沢山謝って……



 色々なことを考えている内にだいぶ時間が経っていたのでしょう。気がつくと少女が目の前に立っており、私は声を出して驚きました。



「随分と人間らしいリアクションをとるようになったじゃないか」



 そう話しながら少女は微笑み、続けます。



「このまま真っ直ぐ歩いて行ってごらん。あとは私は見守ることしかできないから、最後に一つだけ。良い出会いを」



 そう言い残し、再度彼女は姿を消します、

 


 消えたり現れたりなんとも忙しいものだと思いつつ、私は深呼吸をし、若干戸惑いながらも歩みを始めました。


 しかし、進むにつれて段々と自分の身体に異変を感じました。足が震え出し、足取りがおぼつかなくなり、呼吸が荒くなります。やがて幻聴のように同級生達の声が聞こえてきました。


 自分を否定する言葉達が私を包み込み、足の動きが止まります。

 心は進むことを決めているのに、身体が動かないのです。



 やっと希望と向き合おうとしているのに、この呪いはいつまで私を捉え続けるのかと悔しさに潰されそうになった時。


 私の手を誰かが握りしめました。


 その手は大きく、頼もしく、そして優しく私の手をゆっくりと前へと引き、固まってしまっていた足を歩ませます。



 少女ではありません。この手の温もりを私は知っています。この優しい後ろ姿を覚えています。何度も何度も何度も何度も会いたいと願ったこの人を、世界で一番大好きなあなたを私が間違えるはずがありません。



 私の身体は手に引かれるがままに、歩みを進めます。何を話したらいいのか、なんと呼びかけたらいいのかわからず、ただ繋がっている手を見つめながら言葉を探していると、歩みが止まり繋がれていた手が離されました。



「僕の幸せはね、美桜が笑っていることなんだよ」



 私に語りかけたその声はあの頃のままで、泣きじゃくっていた私をあやす時のように優しさに溢れていました。


 その人は、振り向き私の頭を撫でながら微笑みます。



「行ってらっしゃい」 


  "お父さ――"



 私が呼びかける前に、父は煙のようにスッと姿を消していきました。


 気がつくと足の震えは止まっており、同級生達の幻聴も消え、私の心は万能感で溢れていました。今のが幻だったのか、少女の力なのかはわかりません。


 ただ、確かに父の声が、言葉が私の心を優しく守ってくれていました。そして、私は力強く返事をします。


 "行ってきます"






 そのまま歩みを進めるとすぐに、遠くの方で男の人が仰向けで寝そべっているのを見つけました。

 恐る恐るながらも、その男性に近づき様子を伺います。



 身勝手にこの世界に連れ込まれ、私の運命を勝手に背負わせられたこの人に対して、私は心の中で謝りました。そして、同時に願います。


 あなたとなら笑顔でいられますように。



 胸に手を置き、私は一呼吸整えて私は呼びかけました。



「もしもーし、生きてますかー?」

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