第24話 黒い世界②

 私は涙をぬぐいながら、頭の片隅に置いておいた疑問を今さら考えます。少女が頑なに"人"と関わるべきだと言っていたことに、改めて彼女自身は人ではないのだと理解します。

 超能力者でもなく、魔法使いでもなく、人外の者。要するに――


 そこまで考えたところで、私は結論を出す事をやめました。その存在を認めてしまったら、私が今まで信じてきたものの存在も証明されてしまう。全てが本当であったなら、母が正しく、自分は無能で愚かなだけであったという事実が生まれてしまう。


 そんな非情な結末は私には耐えられず、うずくまりながら、この先のことだけを考えました。


 ごちゃごちゃの頭で、少女の言葉を整理します。要するに"もう一度人と接してみろ"ということでしょうか。


 人間がいる世界から逃げ出してきた私に対してなんとも勝手な事を言って消えてくれたものだと思いつつ、少女が語った言葉達を思い出し鼻で笑いました。


 私が救われるはずがない。誰かが私を幸せにしてくれるはずがない。大切にされるはずがない。そんなことは、とうの昔に諦めたことです。無責任な希望なんてものを与えないでほしい。


 しかし、そんな言葉達を頭では否定しても、心は反応していたのでしょうか。ふと、頭の中である光景がフラッシュバックしました。


 大きな大きな桜の木の下です。世界で一番大好きな人が私の事を抱きしめてくれています。


「美しい桜は僕の大事な宝物なんだよ」


 その温もりが、その言葉が、鮮明に蘇ると同時に私を包み込み、ずっと殻に閉じこもっていた心が騒ぎ出しました。


 もう絶対手に入れることはないと思っていたもの。諦め続けてきたもの。それでも、本当は心の奥でずっとずっと求めていたもの。


 それを自覚したと同時に、私は涙を流しながら本当の願いをポツリと口に出します。


  "愛されたい……"


 そう私が口に出した瞬間、闇に包まれていた世界が私の足元から崩れるように白色へと変化していき、どこまでも果てしなく白い花が無限に咲いていくように、この世界を一瞬で白色へと染めあげていきました。

 

 私の中に必死に閉じ込めていたものは、解き放たれてしまえばなんてことはなく、まっさらな希望となって広がっていき私の世界の色を変えていったのです。



「この世界は君のものであると同時に、君自身なんだ。純粋にわがままに求めてみればいいよ」


 姿も見せずに、どこからか語りかけてきた言葉に嫌悪感を感じることはもうなく、私の頭に素直に入ってきました。

 そして、その言葉に返答するように私は頷いていました。


 どうせ捨てようと思っていた命です。また傷つくかもしれない、絶望するかもしれない。そうなったら、今度こそ潔くこの命を終わらせよう。


 だから、その時まではもう一度求めてみてもいいのかもしれない。最後くらい私の心の中に誰かを招き入れてみよう。もう一度大切な人ができたなら、その大切な人が私を抱きしめてくれたのなら、私はまた生きる理由を見つけられる。

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