第23話 黒い世界
次の日、私は下校中に神社へ向かいました。
いつものように石段に腰をかけ目を閉じます。しかし、あんなに大好きだったこの空間にも全く心は反応せず、私はもう壊れてしまったのだと気づきました。
沢山頑張ってきました。沢山我慢してきました。誰のせいにもせず、ひたすら一人で耐え続けてきました。
それは母のことが、父のことが好きだったから。大切だったから。
しかし、私のせいで不幸なのだと。私の存在が母を父を不幸にさせているのだと、あの時私は言われたのです。
そんなにも邪魔なのであれば、いらない存在なのであれば、消えてしまおう。
これ以上苦しむ必要なんかない、傷つく必要なんかない。早く父のところへ行こう。
歳を重ねなくても、あっちの世界に行く術なんていくらでもあるじゃないか。優しい優しい父が私を待っているんだ。何も怖くなんてない。そう思い、目を開けた時。
私の目の前には着物を着た少女が立っていました。
しかし、既に私には驚く気力もなく、虚ろな瞳のまま少女を見つめることしかできませんでした。そんな私に、少女は少しおどけた調子で言います。
「いつも来てくれる常連さんに特別サービスだ。君の願いを叶えてあげよう!」
何を言っているのだろうと思いつつも、まともに状況の整理もできない頭は、願い事という単語にとても素直に反応しました。
そして、小さくか細い声で私は願います。
"死にたい"
少女は少し間を空けた後、私の頬に手を当てて返答しました。
「……死ぬのではなく、まずは消えてみようか?」
言っている意味がわからず、何も反応することができない私に対して、少女は続けます。
「君の世界を作ってあげる。何もせずとも生きていける楽園だ。この世界から消えて、君の世界で生きてみたらいいよ」
私の世界。私だけの世界。そんな世界があったらなんて平穏なのだろう。それに、私は早くこの世界から消えきゃいけない。私は存在してはいけないのだから。
色々な思考が私の中で駆け巡りつつ、自分でも訳がわからないまま私はただ頷いていました。
私の返答を受け取った少女は、頬から離した手を、私にかざしながら言います。
「君は幸せになるべきだよ」
次の瞬間私の視界は閉ざされました。
◇◇◇
目を覚ますと、どこまでも果てしなく黒に染まった世界が私を待っていました。
現世ではないということが瞬時に理解ができるほど異質な空気感に、私は記憶を辿ります。
そして、心の底から安堵しました。
"ああ、これで終わってくれたんだ……"
そう思い、私は膝を抱えうずくまりました。
ここには私を傷つける何ものもない。悪意のない平和な世界。今はただこの静寂に包まれていよう。
私はその場から動くこともなく、目の前に広がる果てしない夜を、ただボーッと見つめていました。
眠くなったら眠り、起きれば何もせずうずくまる。ひたすらそんな時間を繰り返していたと思います。廃人とも言えるような日々だと自分でも認識していましたが、元の世界に比べたらよっぽどマシだと思っていました。
しかし、この世界に来て数日経った頃だと思います。休養をとった私の頭がやっと動き始めたのでしょう。ふと、一つの考えが頭をよぎります。
"私はこの先どうなるのだろう"
それと同時に、とっくに死んでしまったと思っていた私の心がざわめき始めます。
私はこの先一人でこの世界で存在していくのか。確かにそれこそが私の望んだものであったのかもしれませんが、胸の奥から湧き出てきたある感情に私は飲み込まれました。
そして、気がつくと私は大粒の涙を流しており、そのまま子供のように泣き喚きました。
"寂しい 寂しい 寂しい 寂しい"
人から逃げる為にこの世界に来たのに、私は今人を求めている。あんなにも怯え続けてきたのに。あんなにも苦しめ続けられてきたのに。
そんな矛盾を心に抱えて、グシャグシャになった顔をあげると、あの少女が目の前に立っていました。
少女は私の目線に合わせてしゃがみこんで問いかけます。
「元の世界に戻るかい?」
その言葉を聞いた瞬間私は全身に鳥肌がたち、全力で拒否しました。
私の心に刻みこまれたものは、こんなひと時の感情で覆せる程浅くはありませんでした。
それでも涙は止まらず、自分でも何が正解なのか、どうすれば楽になるのかを考えながら泣き続けました。
そして、一つの結論に辿り着きます。
"もう……いいです。殺してください……"
終わりにします。感じることをなくすことが、私にとっての願いなのです。負の感情に包まれて生きることに私はもう疲れたのです。
少女は私の言葉を受け、抱きしめようと腕を回しましたが、直前で止まり、その腕をゆっくりと引いていきました。
「私じゃ願いを叶えることはできても、君の心を救ってあげることはできない。もう一度だけでいいから君は人と関わるべきだ。人の温かさに触れるべきなんだよ」
私は少女の言葉に首を横にふりました。今さら私に人との関わりなどできる訳がありません。しかし、少女は構わず続けます。
「大丈夫、君には幸せになれる未来がある。あとは、君自身がその道を歩むかどうかだ。そして、そこに導いてくれる運命の人だっているんだよ」
何も返答できず、俯いたままの私に
「ゆっくり考えてみてごらん」と、一言残して少女はフッと姿を消しました。
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