第22話 疑心

 目を覚ますと、私は保健室のベットに寝ていました。少し頭がぼやけながらも、先程までの光景がただの悪夢であったことを願いました。


 しかし、目を覚ましたのが保健室であったこと。そして、保健室の先生が私が突然教室で倒れたと説明してくれたことで、私は夢でなかったことを悟ります。


 先生から体調の確認をされた後、貧血のようなものだとは思うが一応病院に行った方がいいと、早退を勧められました。


 母にも連絡をとったが、繋がらなかったと話す先生に対し、母も忙しいので一人で帰れる旨を伝え早々に帰り支度を始めました。


 一分でも一秒でも早く、私は学校から離れたかったのです。


 その後、倒れた原因等わかりきっていた私は当然病院などには行かず、家に帰り震えながら布団の中でうずくまっていました。


 投げかけられた言葉達と、明日からの不安に押し潰されそうになりながら、色々なことを考えます。


 なぜ、テリア神は私を守ってくれなかったのか。なぜ、みんなあんなにも私を嫌ったのか。

 

  "カルト教" "イカれ女" "キモい"


 その言葉達の意味を一つずつ考えていきます。


 そして、一つの可能性が脳裏にチラつき始めます。おかしいのは皆の方ではなくて、自分なのではないのか。私が信じてきたものは全て嘘だったのではないだろうか。


 そんなことを考えているところに、母が帰宅をします。母の顔を見ると不敬の思想を抱えていたことに罪悪感を覚えました。


 疑心はあれど、自分の中に染み付いた信仰心が簡単に抜けていく訳がありませんでした。


 早い時間に帰宅をしていた私に対し、母から理由を尋ねられます。

 私は余計な事は話さず、体調が悪くて早退をしたと伝えました。


「そう……。布教の方はうまくやりなさいね」


 そう一言私に伝えると、母は私に背を向け家庭用の祭壇にいつものように祈りはじめます。


 "学校での布教活動は順調に進んでいる、もう何人もの子に声をかけ理解をもらっている"と既に母に話しをしていた私は、俯きながら考えました。


 もし今日の出来事を母が知ってしまったらどう思われるのだろうか。失望されるのでは、見捨てられるのでは。なんと不出来な娘だと、泣き喚くかもしれない。

 母の背中を眺めながら、私は思いました。


 "絶対にバレてはいけない"


 私は、明日からの悲惨な学校生活よりも母を失望させることを恐れたのです。



 次の日、私は吐き気を催しながらも母には笑顔を見せ、いつも通りに学校へ向かいました。

学校が近づくにつれ目眩が増し、足取りがおぼつかなくなりながらも、必死に歩き続けました。


 俯きながら、誰も視界に入れないように。

存在感を消しながら、誰の視界にも入らないように。


 そんなことを考えながら歩いている内に、気がつくと教室のドアの前に立っていました。

 

 昨日の光景がフラッシュバックし激しい動悸に襲われながらも、なんとかドアを開け誰とも目を合わさないように自分の席に座りました。


 私が教室に入った瞬間空気が静まりかえったのは感じましたが、顔をあげられない為皆がどんな顔をしていたかはわかりません。


 只、見なくても感じる負の視線。身体にまとわりつき離れないあの気持ち悪さは、私を硬直させました。


 その後のことは、あまり記憶にありません。


 椅子に根を生やしたかのように一歩も動かず、顔もあげず、一日を過ごしたような気がします。

 気がつくと放課後になっており、私はそそくさと帰宅をする。そんな異常な一日は、それから私の日常となっていきます。


 誰とも話さず、関わらず、幽霊のように一日を過ごす。とにかくみんなを刺激しないようにする。それが私の処世術となりました。


 そうしていく内に、次第にみんなは私を"いないもの"として対応をしてくれるようになります。

 無視も立派なイジメですが、私にとってあの視線を向けられるよりはよっぽどマシでした。


 すれ違い様に心のない言葉を投げかけられたり、私を集団で笑っていたり等、小さな嫌がらせは続いたのですが、表立ったイジメがなかったことだけは救いだと思っていました。

 問題になったら、母にバレてしまうからです。


 只、今となれば最初の時点でバレていた方がよっぽどマシだったのかとも思います。


 学校での布教活動は問題外。かといって、中学生の私に学校外でのコミュニティに関わる事などできず、勧誘活動をうまく行えない私に対し母は段々と責めるようになります。


 "ごめんなさい" "頑張ります" そんな言葉を繰り返す内に着実に私の心は死んでいきました。


 母との関係性も段々と悪くなり、学校にも家にも居場所がなくなり始めた頃、全てが灰色に映る下校中の視界にふと長い長い階段が目に入りました。


 その長い階段の先に神社があることは知っていましたが、木々に囲まれた薄暗い道が不気味に感じ、訪れようと思ったことはありませんでした。


 しかし、その時は何かに呼ばれているような不思議な感覚に襲われ、気がつくと私はその長い階段を登り始めていました。


 息を切らしながら階段を登り切ると、あまりにも古ぼけた神社が待ち受けており、私は本殿に繋がる石段に腰をかけ目を閉じます。


 凛とした静けさや、人の匂いがしない自然の穏やかさに、私の心が少しだけ生き返ったような気がしました。


 それからというもの、私は定期的にこの場を訪れます。何をする訳でもなく、静寂の中で古びた家屋と生い茂る木々の香りに包まれながら、ただ目を閉じる。

 誰からも傷つけられない、誰にも縛られることもない、平穏な自分だけの世界。歪んだ日常から、私の心を唯一守ってくれる場所でした。


 そんな時間を心の拠り所にしつつ、何も変わらずとも時間だけは流れていきます。


 進路を決める頃、遠くの高校へ進学をしたいことを一度だけ母に言いましたが、教団へ通えなくなることを理由に当然の如く却下されました。

 最初からほぼ諦めていた私は、それ以降意思を示す事はなく地元の高校へ進学します。


 多くの中学の同級生も同じ高校に進学していた為、私の噂が広まるのにも時間はかかりませんでした。

 とはいっても、噂があろうとなかろうと、大して状況は変わらなかったのかもしれません。


 その頃の私はもう人が怖かったのです。まともな他人との関わりなどできなかったでしょう。

 私は中学と時と同じように、三年間大人しくやり過ごそうと心に決めていました。



 しかし、家庭内での私は少しずつ変わっていきます。遅めの反抗期というのでしょうか。

その頃には信仰をする気力もなく、薄々と自分が、母が信じていたものの異常さにも気づいていました。


 只、それを口にした時の母の反応等わかりきってはいたので、大きな反発もせず適当に合わせるように過ごしていたのです。


 その態度に母も気づいていたのでしょう。ある日、そんな私に対して狂ったように怒鳴り続けます。

 私はいつもの如く、内容もまともに聞かず"ごめんなさい" "頑張ります"を繰り返していました。


 すると、母は私の髪の毛をつかみ、俯いていた私の顔を無理やりあげました。


 私の目に久しぶりに映った母は、優しかったあの頃の面影など一欠片もなく、全く知らない他人のように感じました。

 そして、ボロボロ泣きながら私の目を見つめて言います。


「あんたのせいで、私もお父さんも幸せになれないのよ」


 とても真っ直ぐに私に振りかかったその言葉は、心の中に残っていた何かを根こそぎ刈り取り、私を完全に殺しました。

 そして、私は悟ります。


   "ああ、神様なんかいやしないんだ"


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