第21話 悪意
中学生になると、"布教義務"というものが生まれます。いわゆる勧誘活動を行わなければならないのです。
中学入学と同時にそれを説明された私は、必ず結果を出そうと息巻いていました。
そして、私は一つのタブーを犯します。
基本的に生活範囲内での布教は慎重に行わなければいけません。
学生ならば尚の事、自分の所属する学校では確実に内密に行える信頼関係のある人間にのみ、ゆっくりと時間をかけて布教しなければなりません。
しかし、洗脳し尽くされた私の頭は、それを行わなかった時のリスクなど考えることが出来ませんでした。
皆も大事な人達を幸せにしたいに決まっている。それなのに、その方法を教え広めるという高尚な行為を、なぜコソコソとやらねばならないのかという思いがあったのです。
私はとても安易に、"いい話がある"と小学校から仲がよかった女友達二人に自分の信仰、思想を語り、一緒に幸せになろうと誘いました。
しかし、二人の反応は悪く、苦笑いをされ早々にその場を去られてしまいました。
去りながら二人はコソコソと何かを話しながら、こちらを振り向き今まで見た事がない目で私を見ていました。
今となれば、あの視線の意味がわかります。毎日のように浴びさせられてきた、幾度となく私を傷つけてきたあの視線の正体は、軽蔑の目です。
しかし、"いい事をしている"と信じきっている私が、その危険信号に気づけるはずがありませんでした。
二人とも私の話が理解できなかったのであろうと解釈をし、同じことを他数人にも行い、同じ反応をされるという行為をその後も繰り返します。
当然、周りの様子が変わり始めるのに時間はかかりませんでした。
私が何を話しかけても、皆そっけなくなり、すぐその場を離れようとするのです。
何が起きているのか、なぜみんなが怒っているのか私はわかりませんでした。
そして、ある日の朝事件は起きます。
登校をし教室に入ると、黒板一面に文字が書かれていました。
"朝日一家はカルト教" "キモい" "学校来んな" "消えろ" "イカれ女" "カルト教の娘 カル娘"
言葉の文字の筆跡がそれぞれ違い、それが多人数で書かれた事に私は気付きました。
そして、周りを見回すと教室中の視線が私に集まっていました。
指をさして私を笑う者、コソコソと何かを話している者、敵意を持って睨みつけてくる者。
その反応を見て、瞬時に私は今"悪者"になっているということを理解しました。
足がすくみ、このまま泣きながら逃げ出してしまいたくなりました。しかし、なぜこうなったのかという理由に気づいてしまった私は、逃げるという選択をすることは出来ませんでした。
理由は間違いなく、布教活動です。
私がここで退いてしまったら、私達が悪であると認識されたまま終わってしまう。
そんなことになってしまったら私は悪評を広げた戦犯です。そんな行為は不敬にあたります。
私は黒板まで強気な足取りで歩き、書いてある文字を一通り消しました。
そして、足を震わせながらも振り返り、私に集まる嫌な視線を振り払うかのように大きな声で語ります。
いかにこの思想が素晴らしいのか必死に訴えました。皆も幸せになりたいのであらば共に信仰するべきだ、皆も大事な家族がいるはずだと。
恐怖に負けることなく、伝えるべきことを全て伝えた私をテリア神は必ず守ってくれるであろうと私は思っていました。
皆理解をしてくれ、また平穏な日々が戻ってくると。
しかし、私の耳に聞こえてきた言葉達はそんな希望を簡単に打ち崩しました。
"やべえよ、あいつ‥本物だ" "キモい……" "一人でやってろよイカれ女"
次々と浴びせられる負の言葉達に、私は戸惑い動けなくなります。こんなはずがない、こんな状況あり得ないと頭の中はパニックになりながら、私は皆の嫌悪の視線に頭を揺さぶられている感覚になりました。
悪意に酔うというものを、私は初めて経験します。
次々と私にのしかかる言葉達に段々と気持ちが悪くなり、視界が霞み、意識が遠のきます。
そして、視界が閉ざされる前に最後に聞こえてきた言葉が私の胸に突き刺さりました。
"死ねばいいのに"
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