第20話 テリア様
その休日に、私は母にとても大きな建物に連れて行かれました。
中に入ると少し薄暗く、おかしな音楽が流れていました。その不気味な雰囲気に怯え私は母の手を握ります。
その建物には大人達が集まっていて、その奥の方にいた不気味な服を着た男の人が、こちらに気がつき近づいてきました。
母は私の手を離し私の頭を下げさせ、母もその男の人に深々とお辞儀をします。
「そちらが、朝日さんの娘様ですね。こんなにも幼い内から加護を受けられるなんて、日々の朝日さんの努力の賜物ですね」
そう男の人が母に言うと、母は顔をあげ答えます。
「それも、テリア様と私達を繋げてくださった柳様のおかげです。感謝しています」
そう笑う母の顔を見て、母がいつも電話をしていたのはこの"柳"と呼ばれた男であったのだと直感的に私は気づきました。
どことなく醸し出される優しい雰囲気が何となく父に似ており、だからこそ私は嫌悪感を抱きました。
父の偽物が、母と親しくしていることが許せなかったのです。
私が警戒心を持って柳を睨みつけていると、その視線に気づいた柳が私の目線に合わせてしゃがみ、話しを始めます。
「僕はね、君のお父さんと友達だったんだ。だから、僕は君のお父さん含め、君達家族全員が幸せであってほしいんだよ。その為に、これからお母さんと一緒に頑張ろうね」
私は柳が何を言っているのかわかりませんでした。そんな私の顔を見て察したのか、柳は続けて話しをします。
「簡単に言うとね、神様に沢山お祈りをするんだ。そうすると、神様が私達を幸せにしてくれる。君が神様を信じれば信じた分だけ、君だけじゃなくてお母さんも、亡くなってしまったお父さんも神様が幸せにしてくれるんだ」
なんと返事をすればよいかわからず、私は戸惑いながら母を見ました。
母は私を見つめ、優しい声で言いました。
「お父さんの為に、頑張ろうね美桜」
その一言が、私の呪いの始まりでした。"父の為に" この言葉はこの先私を縛り続けることになります。
私は何を頑張ればいいのかもわからないまま、静かに母の言葉に頷きました。
その様子を見ていた柳が薄気味悪く笑ったのが横目に見え、とても嫌な予感を感じながらも、私に拒否権など最初からなかったのです。
私が頑張らなければ空の上にいる父を幸せにすることができない。
その脅迫とも思えるような言葉は、それが正しいのかおかしいのか私に考えさせる事すらさせませんでした。
それからというもの、私は大人達と同じように動き、同じような言葉を語る事に必死になります。
間違った事をしないよう、常に緊張感を抱かなければならない事が初めは苦痛でしたが、人間というものは慣れるもので信仰は日常の一部となっていきます。
信じることも、祈ることも、当たり前になっていきました。
そして、お金をかけることもです。
学校の友達が、お誕生日やお年玉でゲームやおもちゃを買ったと話す中、私は献金や宗教用品の購入を望みました。
今となると本当にそれが嬉しかったのかもわかりませんが、そうすれば母は喜んでくれました。ならば、父も喜んでくれているだろうと。
そして、私は他の子供達とは違う。私は特別な人間なんだ。おもちゃやゲームで喜んでいる普通の子供とは違うのだと段々と考えるようになります。
一度、活動や信仰を友達に話したことがありましたがみんな"何を言っているのかわからない"という顔をしていた為、それからはその話題を話すことはやめました。
私の話しがわかる子なんている訳がないと、内心みんなを見下しながらも、小学校時代は大きな問題はなく生活をすることになります。
地獄の日々が始まったのは中学校に入ってから、すぐのことでした。
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