第19話 美桜②
黒い服を着た大人達が次々とやってきては、母に一礼をします。
かくいう私も朝から全身黒い服を着せられ、着心地の悪さに嫌気がさしながらもワガママは言いませんでした。
今日は父の大事な日だと聞いていたからです。
あの日、母は私に父が目を覚まさない理由を教えてくれました。
父は怪我のせいでお空の上の世界に行ってしまったのだと。
すぐ様"私も行く"と返しましたが、どうやら私が何度もお誕生日を迎えて沢山歳をとらないと行けない世界らしいのです。
そして、それは母も同様であると。
そこでようやく私は、母がなぜずっと泣き続けていたのかを理解しました。私も母も、父には会えなくなってしまったのです。
泣き叫ぼうと思いました。この悲しい気持ちに包まれたまま、嫌だと駄々をこねて泣き喚こうと。
でも、私は胸の奥から湧き出てくる衝動をこらえました。理由は簡単です。父がいないからです。
私がどんなに泣き喚こうと、私を包んでくれるあの優しい腕はもうないのです。それを目の当たりにした時、私は今以上の悲しみに包まれそうで怖くなってしまいました。
話しに対して素直に頷いた私に、母は複雑な表情を浮かべ、抱きしめてくれました。
とても暖かったけれど、優しかったけれど、身体が覚えている温もりの違いに私は涙を堪えました。
"父とのお別れの日"は幼い私には全く理解できませんでした。
おかしな服を着たおじいさんが呪文の様な言葉を繰り返し、大人達は静かに手を合わせる。
そんなことをして父が喜ぶのでしょうか?
空に向かってみんなで呼びかけて、父への気持ちを一人ひとり伝えていった方がよっぽどマシです。
お歌を歌ってあげるのもよいでしょう。
そんな事を思いながら、"もうやめようよ"という言葉を何度も口に出そうと思いましたが、涙を流しながら手を合わせる母の顔を見てやめました。
私は父がいなくなるまで、気丈である母が泣いている姿など見たことはありませんでした。
そんな母が涙を流している姿を見て、私は"いい子"であろうと決めたのです。
これ以上母を困らせないように、これ以上悲しい顔をさせないように。
私は母のことも大好きだったから。
父のことは忘れられませんでしたが、それからは母と二人仲睦ましく生活をしていました。
只、一年ほど経ち私がランドセルを背負うようになった頃、母の様子が少しずつおかしくなります。
初めの頃はよく電話をしていたのを覚えています。私を構ってくれる時間が減ったことに少し寂しさを覚えましたが、同時に安心もしました。
父が亡くなってからというものの、どこか悲しそうに笑う母があんなにも幸せそうに笑っているのは初めて見たからです。
話している内容は難しい言葉ばかりでよくわかりませんでしたが、母が電話をしている間は邪魔をしないよう大人しくしていました。
私は"いい子"でいることを決めたのです。これ以上母を悲しませてはいけないのです。
だから、私が学校から帰っても母がいない日が増えようと、家の中によくわからないガラクタがどんどん増えていこうと、何も言わず大人しくしていました。
そしてある休日の朝、私は母に言われます。
「ねえ、美桜。神様って知ってる?」
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