第17話 嘘
「何を言うんですか。ずっと言ってるじゃないですか? 自分のことは名前くらいしかわからないんです」
秋人の言葉に動揺の表情を浮かべたものの、それを隠すように美桜はなるべく淡々と答えた。
「じゃあ、何で最初に会った時俺をストーカー呼ばわりした? 記憶がなければ俺が知人であるかどうかもわかる訳ないだろ」
「……歳が離れてそうだから知り合いではないと勝手に思っただけですよ。そんなに深い意味はありません」
それなりに辻褄が合う返答でもあるが、秋人は構わず話しを続ける。
「そもそも、最初から美桜は自分の記憶の補完に無頓着すぎる。俺が知人でなかったことにも喜んでたよな。自分を知っている存在でなくて安心したかのように見えたよ」
「無頓着というか……。自分を知るのが怖かっただけであって……」
「"知るのが怖い"というよりも、"知りたくもない"っていう印象だったな。最初から本来の自分をネガティブに想像して、この世界をポジティブに捉えてた。自分の最悪な過去よりこっちの世界の方がマシだと言っているようで、違和感があった」
秋人の言い分に美桜は唇を軽く噛み締める。
真っ直ぐと美桜の目を見つめながら話しをする秋人の視線から目を逸らしつつも、美桜も言葉を繋ぐ。
「……そんなの、全部秋人さんの推測じゃないですか。ちゃんとした根拠もない、ただの勘ですよね」
「まあな。でもな、勘で恐ろしい程ズバズバ当てちまうヤツもいるんだよ」
「それに対してなんて答えればいいんですか。勘で物事を決めつけていたら、私が何を反論しようと無駄じゃないですか」
強気に反論する美桜に対し、秋人は一呼吸する。
憐れむような目を美桜に向けながら、最後の切り札を口に出す。
「だから、もう反論する必要なんてないんだよ。なあ? カル娘ちゃん」
秋人の言葉に一瞬にして美桜の顔が大きく歪む。
信じられないものを見たかのように、二度と聞きたくない言葉を聞いたかのように、大きな動揺がそのまま表情に現れた。
「な、なんで……。その呼び方……」
その反応を示した時点で美桜が黒であったことを自白しているのは明確であった。
だが、秋人は続ける。
「思い出せないっていうなら教えてやるよ。
朝日美桜、広陵高校の一年生。父親は幼い頃に事故で他界。それからはカルト宗教にどっぷりハマった母親と二人暮らし――」
「や、やめて……。やめて下さい……」
美桜は掠れた声を絞り出す。
「母親の影響で半強制的に宗教活動に参加するも、中学での勧誘活動後からイジメにあう。高校に入ってからも扱いは変わらず、今でも呼ばれている名前は"カル――」
「やめて! もうやめてよ!」
初めて聞く乱暴な大声で、美桜は秋人の話を遮る。呼吸は荒くなり、涙がポロポロと流れ
始めた。
そんな美桜に対し、秋人は何も言わずじっと見つめる。その視線に気づいた美桜は尋常じゃない程の怯えた反応を見せる。
「見ないで、やめて……」
美桜は視線から逃げるように頭を抱え、うずくまる。
「嫌だ……。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。お願いだから見ないで。そんな目で私を見ないで。私を嫌いにならないで……傷つけないで……。お父さん、助けて……」
うずくまりながら、美桜はひたすら言葉を繰り返す。何度も何度も呪文のように、子供のわがままのように繰り返す。
その様子を秋人は視線を逸らす事なく見つめている。
不意に美桜は思い立ったかのように、涙でグシャグシャになった顔をあげ、空に向かって衝動的に叫び出した。
「ねえ、もういい、もういいから! 早く……早くしてっ!」
「早く……。私を……殺して」
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