第三章 美桜

第16話 告白

「理科」 「管理!」 「りんどう」

「うり!」「……リス」 「スリ!」 「り……リンボー……ダンス……」

「あ、それ最初の方に言いましたよ! アウトです! 勝利です!」


 たかがしりとりでの勝ち星に飛び跳ねるがごとく美桜は喜ぶ。その反応を見て、秋人は若干イラっとする。


「その"り"責めやめろよ。やり方が陰湿なんだよ」

「何を言いますか! 同じ頭文字でハメるのはしりとりでの常套手段です!」

「そもそもなんでしりとりやってんだよ……」


 秋人と美桜がこの異空間で出会ってから数日が経っていた。

 とはいっても、変わらず日付けや時間を確認する術はないので秋人達にとっては体感上の経過時間である。


 "神様の捜索"と名を打ったものの、これといった特別なアクションを起こせるはずもなく、美桜の言った通り情報収集という名のお散歩をひたすらするだけで無為に時間が過ぎていた。


 しかも、広大な自然や謎だらけの未開地の散歩であったならまだマシであったのだろうが、何も変わらない白い景色をただ歩き続けるストレスは耐え難いものであり、時折このようにくだらない息抜きを行っていた。


「結局何も見つかりませんねー。もう一度天に向かって呼びかけてみます?」

「あれはもうやらねえ。返事がねえとただの狂ったやつみたいで恥ずかしいんだよ」


 とりあえず神とコンタクトをとろうと、秋人は上空に必死に呼びかけたことがあった。もちろん秋人が何を話そうと返事が来る訳もなく、その後に訪れた沈黙は秋人にとって軽いトラウマになっていた。


「あー、確かに。"神よ! 応えたまえ!"って両手広げてましたもんね。私笑い堪えるので必死でしたよ」

「うるせえよ、陰湿メンヘラ女」

「秋人さん、悪口の単語が一つ増えてます」


 二人の距離感は多少なりとも縮まっていた。

 秋人にとってもこの何もない世界での唯一の支えは美桜であり、時折悪態をつきつつも美桜との関係は崩さぬように大事にしていた。


「たくっ。こんなんで、いつになれば元の世界に戻れるのかね」


 秋人は伸びをしながら、ポツリと呟く。


「んー……。まあ大丈夫でしょう! 秋人さんが望む限り元の世界へは帰れます!」

「……随分ポジティブシンキングになってきたじゃねえか」


 そう言いつつ、秋人はぐしゃぐしゃと荒っぽさを出しつつ美桜の頭を撫でる。


 "へへへ"と、美桜は恥ずかしさを混じらせつつも嬉しそうにはにかむ。だが、その笑顔は続かず、何かが美桜の頭によぎったのか複雑な顔を浮かべた。


「……秋人さん。あのですね。あの……」

「あ? なんだ、どうしたよ?」

「あー、……いや、やっぱり何でもないです! さて、捜索再開しましょう!」


 歯切れが悪い態度を取りつつ、美桜はそそくさと先に歩き出す。


「おい、なんだよ。言いたい事あるならはっきり言っとけ」


 そう秋人が呼びかけると、ビタっと美桜の足が止まり少し間を置いた後振り向く。

 表情と身体はぎこちなく、初めてのお遊戯会の場に出た子供のように、挙動不審に緊張していた。


「あの、ちょっと秋人さんに聞きたいことが……ありまして」

「聞きゃあいいじゃねえか?」


 そんな美桜の様子が明らかにおかしいのは秋人も気づきはしたが、またはぐらかされても進まない為なるべく穏やかに返答する。


「その……。秋人さんが元の世界に戻りたい理由っていうか。なんかこう、特別な理由があったりとかしますか?」

「そんなの最初に言っただろ。俺は早くビールが飲みたいんだよ。いや、タバコが優先か……? 飯は、やっぱり焼肉か。いやいや、寿司も捨てがた――」

「そ、そうじゃなくて!」


 美桜は必死に秋人の話を遮る。


「秋人さんの帰りを待つ特別な人がいたりとかするのかなー……って」

「特別な人ってなんだよ」

「た、例えば! 例えばですよ!? ……彼女とか?」


 そう言いながら美桜は真っ赤に染まった顔をこれ以上見られぬよう俯いた。


「彼女がいるかどうかってことか? あー、そうさな。今付き合ってんのは4、5人くらいか」

「し! しごにん!?」


 予想外の返答に美桜の頭が一時停止する。茹でダコのようであった顔から段々と血の気が引いていくと共に、口をポカンと開けたまま秋人の返答の意味を解釈しようと頭を必死に働かし始める。


「あ、あー。なるほど……しごにんさんっていうんですか。それは変わった名前ですね」

「どこのゆるキャラだよ」


 美桜の思考内パニックはまだ続いており、一人でブツブツと"一夫多妻制"やら"受け入れる心"やら呟いている。

 そんな美桜を見てさすがに不憫に思った秋人は声をかける。


「いやいや、間に受けんなって……。鬼畜上司のせいで毎日多忙で彼女作る暇なんかなかったよ」


 完璧に目が死んだまま何かを受け止めようと自分の世界に入っていた美桜が、秋人の言葉にやっと反応する。


「……え? じゃあ、秋人さんがインドに移住して合法にするお話は?」

「だから冗談だって。脳内で何が起きてたんだよ……」


 やっとある程度話を理解したのか、途端に美桜の顔がにやつき始める。


「あ、あー。冗談ですか! 彼女いないんですか! へー! まあ、仕事忙しかったなら仕方ないですよね!」


 ニヤニヤが止まらず、"彼女がいなくて超嬉しいです"と言葉にせずとも伝わってくる美桜の反応に、さすがの秋人も察する。


 美桜は自分に対して好意を持っている。


 そしてそれは単純な好意ではなく、男女感の中で生まれる特別な好意である。要するに恋愛感情だ。


 だが、美桜は自分の仕事上でのある意味ターゲットであり、本来であれば安易に関わってよい存在ではない。


 只、それ以前に秋人には美桜の気持ちを受け入れてはいけない理由があった。

 その理由は自分の意地と美桜に対しての精一杯の優しさなのだが、それを美桜に突きつけるということはリスクがある。

 どうしたものかと、まだ考えが定まらないまま、とりあえず自分の話題から話しを逸らす。


「まあ、美桜は彼氏いるだろ。高校生だろ? その年頃ならいない方が珍しいからな」

「いや、いませんよきっと」

「そんなこと言って、戻ってみたらイケメン彼氏が待ってるかもしれねーぞ」


 おちょくるような口調で話す秋人に対して、ムッとしながら美桜は返す。


「いや、いません。絶対にいません。いたとしても別れます。即座に」

「いやいや、なんでだ――」


 つっこみ終える前に、秋人は自分の失言に気がつく。

 "なぜ"など理由は明白であり、その理由を言わせる事は秋人にとって不本意である。

 しかし時すでに遅し。美桜はモジモジしつつも口を開いた。


「なんでって……。私は他の誰かじゃなくて……」


 "やばい"と秋人は内心焦るが、美桜はそこまで話しつつ、言葉をおさえた。

 色々と考えているのか少し間をとり、恥ずかしさで早まった呼吸を落ち着かせ話しを続ける。


「あの、元の世界に戻ったとしたら……私と生きてくれますか? 秋人さんがいてくれれば私はきっと……だから」

「……前も言ったろ。何かあった時は会ってやるって。話し聞いて尻叩いてやる」


 美桜の言いたい事はすでに秋人は理解していた。しかし、故意に話しをはぐらかす秋人に美桜も食い気味に返答する。


「そうじゃなくて! その、日常的に会いたいというか。特別にそばにいて欲しいというか……」


 そう話すと、そのまま言葉に詰まり美桜は俯きつつ固まってしまった。

 そんな美桜の姿を見て、秋人は小さくため息をつく。


「何言ってるのかわかんねえよ。それより、そろそろ行くぞ」


 秋人は美桜に背を向けて歩き出す。その姿を見て即座に美桜は顔をあげ、秋人を呼び止めた。


「……ちょっと待ってください!」


 秋人が呼び声に振り向くと、何かを決意した目をした美桜が秋人を真っ直ぐ見つめていた。

 ここまで流れが出来てしまったら、これ以上はぐらかすのは難しいことを秋人は察する。



「……なあ、アダムとイヴはなんで愛しあったと思う?」


 流れにそぐわない秋人からの質問に、急にどうしたのかと美桜は首を傾げる。


「……なんですか急に。単純に好き合ってたんじゃないですか? お互いが特別な存在で……」

「俺はそうは思わない。あいつらは他に人間がいなかったんだ。最初から選択肢なんかなかったんだよ」


 秋人が言わんとしていることに、美桜は薄々と気がつく。


「何が言いたいんですか……。私達の今の状況と同じだってことですか」

「他に選択肢もないこんな世界で、俺に対して生まれたその感情は特別なものなのか?」


 秋人に自分の気持ちが伝わっていたことに美桜は少し動揺をする。

 だが、頬を染めてる暇などなく、秋人の言葉にはすぐ様反論をせざるを得なかった。


「そ、そんなに軽く見ないでください! 私はその……本気で秋人さんのこと!」 

「俺の何を知っている? そもそも俺は美桜が思っているような人間じゃない。本当のことを何も知らないまま、この世界でその気持ちが育っていくのは危ういんだよ」

「私は知っています! 秋人さんがとても優しいこと! 私みたいな人間にも本気で考えて接してくれること。頭良さそうに見えて割とバカで可愛いところ……それから! それから……」


 顔から火が出そうになりながらも、自分の言葉で必死に秋人へ好意を伝えようとする。

 そんな純粋な好意を受ける事が嬉しくない訳もなく、本来ならば無下にできる訳もない。


 だがそんな美桜の無垢な感情が育ってしまう前に、秋人にはやらなければいけないことがあった。


「……わかったよ。どっちにしろ最終的にはこの手段をとろうと思ってたんだ。リスクを負うには丁度いいタイミングだ」

「……何をするつもりなのですか?」

「試すんだよ。お互い全てさらけ出して、それでも何も変わらなければそれは本物だ」


 秋人の言っていることの意図がいまいち理解できないままであるが、不穏な空気だけは感じ取り美桜も警戒する。


「秋人さん。さっきから何を言って……」

「そもそも、お前記憶あるだろ。最初から何を隠してる?」


 美桜の顔が小さくゆがんだ。

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