第14話 着物の少女②

 "コツン"


 坂崎は、想像していたよりも遥かに小さな衝撃を頭部に感じた。

 さすがにこれで終わりではないであろうと、暫く目を閉じて待っていたが特にそれ以上のアクションが起きることはなかった。


 "くっ……くっくっくっ、あっはははは!"


 急に大きな笑い声が響き渡る。

 さすがに何事かと坂崎は目を開ける。開けた視界の先には坂崎を指さしながら笑い転げている少女の姿があった。


「……それで? これは一体どういう状況かしら?」


 すでに大まかに何かを察知した坂崎は、額に青筋を張りつつ問いかける。


 遠くで東郷がまだ、「てめえ!」「この野郎!」「花代!」と叫び続けているのも段々と煩わしくなり、

「こんのクソゴリラ、空気読め! とりあえず大丈夫そうだから黙ってなさい!」と一喝した。


 いつもの調子の怒号が聞こえてきたことに、坂崎の無事を感知した東郷は心から安堵する。

 もがき続けていた身体を収め、坂崎の言葉に従い遠目から大人しく状況を見守ることにした。


 一通り笑い終えた少女は"ひっひっ……"と、まだ引き笑いを残しつつ話し始める。


「いやー、ほんとウケる! さすが秋人の友達、いくらなんでも肝座りすぎでしょ! 意地貫いてあんなに潔く死ぬとかどこぞの武士よ!」


 自分で突っ込んだ言葉に反応し、"ぶ、武士……。あっはっはっは!"とまた少女は笑い転げる。

 

 坂崎はイラつきを覚えつつも、喋り方含め、さっきまでとの変貌ぶりに一応警戒は解かずにいた。だが、少女は追い討ちをかける。


「あんなにいい笑顔かまして、"私の分まで人生楽しみなさい……"ってかっこよすぎでしょ! まあ、結局生きてるから何にもかっこよくないんですけど! ぶふっ!」


 今までの流れからとりあえず様子をみて我慢をしてきた坂崎の頭から遂に"プツン"と何かがキレる音がした。


「東郷今すぐ立ち上がりなさい。こいつ殺すわよ」

「無茶言うなって。本当にこれ動けねえんだよ……」


 いまだに地べたに貼り付けられ身動きが取れない東郷を見て、少女は思い出したかのように声をかけた。


「あー、東郷くん? だっけか。そんなに痛めつけるつもりはなかったんだけど、思った以上に盛り上がっちゃってさ! ごめんね!」


 そう言いつつ、少女は東郷に向かって手をかざす。抑えつけられていた力がスッとなくなり、東郷は身体の自由を取り戻す。


「神さんの力ってのは凄えもんだな……」


 そう呟きながら、東郷は立ち上がり自分の袖口で唇の血をぬぐった。



「っていうか! 私迫真の演技じゃなかった!? 私のお気に入りの場面はね、"供物になる時間よ……"って殺意ばら撒きながらゆっくり近づいてくとこ! まじビビったっしょ!?」


 自分のペースで一方的に喋り続けている少女に坂崎が口を開く。



「……あんた、そのキャラと喋り方何よ。どこぞのギャルじゃない」

「はて? 最近の子ってみんなこんな感じでしょ?」

「そもそも、あんた最近の子じゃないでしょうが。その古臭いルックスに対して死ぬ程似合ってないのよ」


 今いちノリと会話が噛み合わない状況にイライラしつつ、坂崎は続ける。


「まあ、いいわ。とりあえずあなたには聞きたい事が山程あるんだけど」

「はいはーい、何でもお聞きなさいな!」


 楽しげに片手を挙げつつ、少女は答えた。


「とりあえずさっきまでの流れは何? 私達に危害を加える気はもうないのかしら」

「だから、演技だってば。まあ、あまりにも花代ちゃんが無茶するから脅かしてやろうかなって思っただけ。あと、秋人のお友達ならちょっと話しておきたいかなって思ったの」


 秋人という言葉に、"ピクッ"っと坂崎は反応する。


「その秋人はどこにいるのかしらあなたが連れ去ったのなら返して欲しいのだけれど」

「んー、さっきも言ったけど、ちょっと訳あって別の世界に行ってもらってるんだ。只、必ず帰ってくると思うよ。秋人が彼女の世界を選ぶとは思わないし」

「……彼女?」

「とりあえず秋人も無事ってことだな? それだけわかれば俺は充分だ」


 いつの間にか近づいてきていた東郷も会話に入る。袖と口周りについた血が、どこぞの凶悪犯かと思わせる様な見た目に仕上げ立てていた。


「今秋人のおかげで少しずついい方向に向かってるの。もう少し待ってて貰えると嬉しいかな」


 少女の言葉に、今までのピースをはめ込みつつ坂崎は少し考えこむ。


「それにしても、神さんの演技は凄かったな! てっきり、騙されちまったよ!」

「でしょー! 表情の作り方とか間の持たせ方とか結構気使ったんだから!」

「こいつあ、主演女優賞ものだなぁ!」


 雰囲気バカ同士、何か通じるものがあるのか坂崎を他所に二人で盛り上がる。


 一人で色々と思案を続ける隣でぺちゃくちゃと二人は話し続け、"駅前の人気店のシュークリーム食べた?"という話題に入ったところで、坂崎は東郷の尻を蹴り上げた。


 "いでっ!"と東郷は尻を押さえる。


「ちょっとー! あんまり東郷ちゃんイジめちゃダメだよ」

「ねえ、あなた朝日美桜も拉致してない? 秋人を攫ったのもそれに何か関係してるんじゃないの?」


 少女は心底驚いた表情を浮かべつつ坂崎を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る