第13話 着物の少女

 見た目は13〜15歳程であろうか。背丈も特に高い訳でもなく、歳に似ついた身長をしている。

 肩まで伸びる黒髪と共に前髪は眉毛辺りで真横に切り揃えられており、いわゆるおかっぱ頭をしていた。

 少し吊り上がった大きな目と艶やかな唇が、幼い髪型に対しどこか大人びた印象を醸し出している。

 只、私服であれば少し不思議な雰囲気を纏った少女で済んだのだが、誰もが気にかかる異質さを一つ持ち合わせていた。


「……着物?」


 坂崎は呟く。五月初め特有のジメジメした気候には似合わない、分厚い着物を少女は纏っていた。

 何かに勘づいた坂崎はその少女を睨みつける。


 東郷は自分の腹上で睨み続ける坂崎を軽々と持ち上げ、ゆっくりと横にどかし、立ち上がる。そのまま逆に見下ろす形で少女に声をかけた。


「すまねえな、お嬢ちゃん。ちょっと今立て込んでてよ……。せっかく来てくれたところ悪いんだが、お参りは今度にして……」

「東郷! 構えなさい!」


 無防備に、少女に語りかける東郷に坂崎は怒号を飛ばす。その声に瞬時に反応した東郷は一歩後ろに下がり、防御、攻撃が出来る様に構えをとる。


「あはは、そんなに警戒をしなくてもすぐには攻撃したりなんかしないよ」


 その行動に対し、無邪気な声色で少女は返す。


「"すぐには"……ね。こんなにも簡単に姿を見せるなんて、ちょっと予想外ね」

「賢い君なら、こうやって認知されてはいけない存在が堂々と姿を見せているってことがどういうことだか、想像はつくかな?」

「そうねえ。記憶を消すつもり……。もしくは異空間に閉じ込める。一番手っ取り早い方法は……殺す、かしらね」

「さすがだね。まあ、君はその賢さと強欲さ故にこれから命を落とす訳になるのだけれど」


 そう言いながら、ニヤリと少女は笑う。


「おい、坂崎……。何の話しをしているんだ? この娘と知り合いか?」

 

 変わらず構えつつも、この状況に戸惑いを隠せない東郷は坂崎に問いかける。


「東郷、今忙しいから簡単に説明するわ。この娘は多分ここの神様。私達を殺そうとしている。神様との話しは私が全てするから、あなたは黙って構え続けなさい」


 そう説明しつつ、自分が持っていたメリケンサックを東郷に渡す。

 意図を読んだ東郷は、ゴクリと生唾を飲みつつ両手にその凶器を嵌め込んだ。


「もう、物騒だなー。そんなの嵌め込んで」

「私達を殺そうとしてるあんたに言われたくないわよ。……なんで私達を殺すつもりなのかしら? 口封じなら記憶を消すくらいに留めておいてもらいたいんだけど」

「そりゃあ、罰だよ。記憶を消すことも出来るけど、私に無礼を働いた報いはちゃんと受けてもらわないとね」


 話す内容とは裏腹に、とても楽しそうに、とても陽気に少女は語る。

 その無邪気さに、坂崎は危うさを感じた。


「……元はと言えばあなたが悪いのでしょう。秋人を消したのはあなたよね? 彼は無事なのかしら?」

「ああ、秋人ね! ちょっと今別の世界に行ってもらってるけど、生きてるよ。まあ、用が済んだら面倒だから殺しちゃおうかな」


 その言葉に明らかに坂崎の表情が強張る。

 しかし、頭に登った血を下げるように一度深呼吸をし落ち着いたトーンで話しを続ける。


「煽るのが上手な神様ね。ちょっとお願いがあるのだけれど、聞いてくれるかしら」

「うーん。話してごらん、単純な命乞いなら聞くつもりはないけど」

「とりあえずこれからこのゴリラが全力であなたに挑むわ。でも、あなたにとって実力が格下であっても命はとらないで欲しいのよ」

「……命乞いなら聞くつもりはないって言ったはずだけど?」

「命なら渡すわよ。私のね」


 その言葉に対し「おい、坂崎! 勝手なこと……」と東郷が入ってくるも、「あんたは黙ってて」と一蹴される。


「そもそも、ここに来て無礼を働いたのは私。東郷が扉を壊したのも、秋人がここに調査に来たのも私の指示。全部私に責任があるわ。だから、二人の命は助けてあげてくれないかしら?」

「……そんなお願い聞くと思う?」

「あら、生贄がいれば神様はお願いを聞くものでしょう? ……貴方の時のようにね?」


 坂崎の言葉に対し余裕の表情を崩さなかった少女の顔がゆがみ、怒りの色を示す。


「君も煽るのが上手だね……。まあ、お願いをしている相手を怒らせる意味がわからないけど」

「私の最期の意地かしら。やられっぱなしは趣味じゃないのよ」

「最期……ね。この短時間で覚悟が決まるのは凄いと思うよ。その意地と、豪胆さに敬意を示してお願いは考えておいてあげる」


 二人の会話を黙って聞いていた東郷が、大きくため息をついた。


「なんだかよくわからんのだが……、とりあえずこの神さん抑えこめばいいんだろ?」

「抑えこむというか、殺すつもりでいきなさい。相手もそのつもりだから気にしないでいいわよ」

「見た目少女だぞ……。相変わらず無茶を言う。坂崎はちょっと離れててくれ」


 坂崎が数十歩程遠のき、自分の射程外から充分に離れたのを横目で確認する。

 東郷は一つ大きく呼吸をし、覚悟を決めた。


「悪いな嬢ちゃん、いくぞ」


 一瞬で東郷は距離を詰め、少女に対し下から突き上げるように腹部を狙い殴りあげる。

だが、その剛腕は空を切りいつの間にか少女は東郷の後ろに回っていた。

 "くっ"とその気配に反応し、瞬時に後ろ回し蹴りを東郷は放つが、大木のような足の蹴りを少女は片手で止めた。


 驚きの表情を浮かべる東郷に対し、少女は止めた逆の手を東郷にかざす。

 その瞬間、東郷はみるみると空中に浮きはじめ、そのまま思いっきり背中から地面に打ちつけられた。


 "ガハッ"とさすがの強靭な肉体もダメージを受けるが、すぐ様東郷は立ち上がろうとする。

 しかし、目に見えない力で身体中が抑え込まれており身動きがとれない。


「な……なんだこれは……」


 必死に起きあがろうと力の限りもがくが、ジタバタすることさえできずに東郷は固まる。


「……凄い力だね。そもそも、社の扉も結構な力で開かないようにしてたんだけど、こじ開けちゃうんだもん。びっくりしたよ。人外ってこういう人のことを言うんだろうね」


 素直に驚きの表情を浮かべつつ、少女は話す。


「人外の力と表現されても、本物の人外の力に対しては成す術もないのね」


 腕を組みつつその一瞬の戦いを見守っていた坂崎は、この結果にも動揺する様子はなく淡々としていた。


 少女は離れた坂崎をジロリと睨み、歩み寄っていく。


「さあて、供物になる時間だよ」


 一歩一歩ゆっくりと坂崎に近づいていく少女を見て東郷は叫ぶ。


「……おい、坂崎! 逃げろっ! 今すぐ走れ!」

「心配してくれてるところ悪いけど無駄よ。こいつの力は身を持って感じてるでしょ。とても逃げられるものじゃないわ」


 坂崎は腕を組み、偉そうに仁王立ちをしたまま近づいてくる少女を待ち構える。


「逃げ回ってくれてもよかったのに」


 残念そうに少女は坂崎に話しかける。


「私が逃げ回る? 馬鹿言うんじゃないわよ。惨めたらしく逃げ回るくらいなら、潔く逝くわ」

「あはは、本当に凄いね! その意地の貫き通し方は、この時代の人間じゃまずお目にかかれないよ!」

「褒めて頂けて光栄ね。そこのゴリラも痛めつける程度で済ましてくれてありがたいわ。……お願い聞いてくれるわよね?」


 坂崎の言葉に、少女は少し怪訝な顔を見せつつ数秒考え込む。


「まあ……確かに生贄の対価は与えないといけないね。神様だものね」


 その言葉に坂崎は"フッ"と笑みを浮かべ「約束よ」と目を閉じた。

 少女はそんな坂崎に対し腕を振りかざす。


 その光景を見た東郷は大声で叫ぶ。


「おい、花代に指一本でも触れてみろっ! 容赦しねえからな!」


 力の限りもがき続けているも身体は全く動かないままであり、東郷は自分の不甲斐なさに唇を噛み締め血を流す。


「本名で呼ぶなって言ってるでしょ。……秋人にも伝えて。あんた達は長生きすんのよ」

「殺すなら俺にしろ! 生贄が必要なら俺がやる! いますぐその腕を下ろせ!」


 そう叫び続ける東郷を薄目で確認し、坂崎は笑いを浮かべた。


「私の分まで人生楽しみなさいよ」


 少女の腕が、坂崎の頭部目掛けて振り下ろされた。

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