第12話 仁科神社②

「これ、秋人の鞄だよな。いつも使ってた愛用の……」

「東郷は入らないで。私は中で痕跡調べるから」


 坂崎は靴を脱ぎ爪先立ちで最小限の歩数で中に入っていき、落ちている鞄を拾い東郷に投げ渡した。


「すぐに、中身の確認をして」


 東郷は言われるがままに、鞄を開け中に入っているものを確認していく。


「タバコに、書類……は朝日との契約書だな。その他もろもろ。まあ間違いなく秋人の鞄だな」

「貴重品は?」

「財布も丸々入ってる。中に数万の現金、クレジットカード類も無事だな」


 建物自体があまり光を通さず薄暗い為、坂崎は携帯を取り出しライト機能で照らしつつ四方八方じっくりと観察していく。


「ふーん。争った形跡はなし。血痕もなし。貴重品も無事……」

「まるで、この場でスッと消えちまったみたいだな」

「あら、東郷。その結論は中々面白いわね」


 そう笑みを浮かべつつ、坂崎は祭壇に丁重に祀られている石に視線をやる。

 数秒じっと見つめた後、スッーと大きく息を吸いこみ小さな身体には似つかない怒号を飛ばした。


「こんのクソ神っ! 秋人をどこやった! あんまり舐めたことしてんと承知しないわよ!」


 東郷はいきなり何を言い出したのかと目が点になる。


「おい、坂崎……。その、何ていうか……大丈夫か?」

「東郷、調査の基本ってのを教えてあげる。まずは、あらゆる可能性をあげること。そして、正解に辿り着くまでその可能性を一つずつ潰していくことよ」

「……それで、今はどういった可能性を潰してるところなんだ?」

「ここの神様に拉致られた可能性かしらね」


 大真面目にそう話す坂崎を見て、冗談ではなく本気で言っていることを東郷は察する。


「しかし、そんなチンピラみたいに怒鳴り散らそうと、神さんが返事してくれるとは思えんが……」

「まあ、それもそうね。じゃあ、反応せざるを得ない状況を作り出そうかしら」


 坂崎は祭壇に祀られていた手の平サイズの石を少し背伸びをしつつ手に取る。

 恐らく神様が宿っているのであろうその御神体を無礼にも自分の足元に置き、ポケットの中から東郷から没収したメリケンサックを取り出し、右手に嵌め込んだ。

 その時点で、何かとんでもないことを仕出かそうとしていることに東郷は気づき呼びかける。


「坂崎……? まさか、やらんよな?」

「大丈夫よ、安心しなさい。私空手習ってたからこんな石の粉砕なんて余裕よ」


 全く話が通じない坂崎に、東郷は冷や汗を垂らす。もちろんそんな東郷なんぞ完璧に無視し、坂崎は片膝をつき石に対して垂直に拳を振り下ろせる様に体勢を作った。


「さて、最終忠告よ。秋人を返しなさい。このままだんまりを決め込むつもりなら容赦なく振り下ろすわよ」


 しかし、暫し反応を見たが坂崎の忠告に対しても状況は変わらず何かが起きる様子はみられない。


「はあ……。うんともすんとも言わない神様がいけないのよ。悪く思わないでよ……ね!」


 坂崎は力の限りに拳を振り下ろす。

 それと同時に石が小さく発光を始め、振り下ろされた拳が石に届く直前でピタっと止まった。

 坂崎が意識的に止めた訳でもなく、まるで重力を拳の進行方向の逆へ思いっきり当てたかのように、その力に逆らえず腕が自然に止まってしまった。


「な……!?」と坂崎が状況を理解する前に、今度は坂崎の身体が宙に浮く。そしてそのまま外へ向かって、もの凄い勢いで吹き飛ばされた。


「坂崎!」と入り口前で待機していた東郷が瞬時に反応し、吹き飛ばされてきた坂崎を抱き止める。


 しかし、その力は凄まじく小柄な坂崎だけでなく2メートルを超える大男も一緒に巻き込みつつ、入り口から外へ二人は吹き飛ばされた。


 東郷は自分がクッションになる様、空中で坂崎をしっかり抱きかかえる。

 二人は本殿から10メートル程吹き飛ばされたところで地面に打ち付けられるも、実際に打ちつけられたのは東郷のみで、抱えられたままの坂崎は無傷で済んだ。


「いてて……。坂崎、大丈夫か……?」


 呼びかけに対し坂崎は反応をせず、東郷の腹上で仰向けのまま空を見つめ呆けていた。


「おい、坂崎! 大丈夫か!」

 

 再度東郷は呼びかける。

 すると、"ぷっ‥くっくっくっくっ"と坂崎は笑い出した。


「……頭でも打ったか?」と心配する東郷をよそに、坂崎は笑い続ける。

 ひとしきり笑い終えたところで目を輝かせながら坂崎は口を開いた。


「……東郷! やっぱりこの世界は面白いわね! 私の知らない事はまだまだ溢れてる! ワクワクさせてくれるわ!」


 そう語る坂崎を見て、とりあえずいつもの調子に戻ったと東郷はホッとする。

 それと同時に、少女の様な声が聞こえてきた。


「楽しそうにしているところ悪いんだけど、そろそろ話しかけてもいいかな?」


 坂崎と東郷は瞬時に声のする方へ目を向ける。すると二人の目の前にはまるで湧いて出たかのように少女が立っており、二人を見下ろしていた。

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