第11話 仁科神社

「俺は初めて来たが、全く整備されていないな。草木が無造作に生え放題じゃないか」


 しばらく階段を登ったところで、東郷はそう漏らす。

 坂崎を背負っているものの、その足どりは軽くひょいひょいと一段飛ばしで上がっていく。

 側から見るとその体格差もあり、まるで子をおぶる父親のようである。


「まあ、それくらい人の寄りつかない場所ってことよ。担当の神主もいるんでしょうけど、立地の悪さから放置されてるんでしょうね」

「それは、なんとも可哀想な神さんだな」

「そうね、生贄になっても尚報われないわね」

「生贄……?」


 その不穏な言葉に東郷は反応を示す。


「人柱ってやつよ。大昔、ここら辺は土砂崩れの災害が多かったの。それを神の怒りだと判断した人々は、怒りをおさめるために若い女の子の生贄を捧げた。その女の子の魂を祀る為に建てた神社らしいわよ」

「そう聞くと本当に危険な場所に思えてきたな……」

「まあ、人柱なんて伝説の類で、大体は作り話よ」


 話しをしている内に、赤い大きな鳥居が見えてくる。


「お、着いたか」

「なんでもいいけど、アンタ登るの早すぎでしょ。しかも、息一つあがってないってどんな身体してんのよ」


 階段を登り切り、鳥居をくぐったところで坂崎はパッとしがみついていた両手を離し、地面に着地した。


「はあー、疲れたわ。辿り着くのも一苦労ね」

「登ったのは俺だけどな……」


 そんな東郷の言葉は無視し、坂崎は境内を一瞥する。


「ふーん、臭うわね……」

「く、臭かったか? そんなに汗はかいてないと思うんだが……」

「怪しいってことよ。あんたはちょっと黙ってなさい」


 坂崎は境内四方八方をまるで観光客のようにゆっくりと見て回る。東郷もその後ろをついて回り、彼なりに注意深く観察をする。

 しかし、ただの廃れた神社であるということを再認識できた程度でこれといって何も見つけることはできなかった。

 坂崎は特に焦ることもなく澄んだ表情のまま口を開く。


「朝日翔子との契約後に、秋人にはこの神社の調査を頼んだのよ。携帯の位置情報も合わせて

考えると、ここで何かが起きたのはほぼ間違いないと思うのよね」

「事件的な何かに巻き込まれてるってことか?」

「可能性としては高いかもね。例えば、朝日翔子との契約で教団関係に目をつけられて人気のないこの場所で拉致られたとかね」

「とすると、教団関係の方に探りを入れるか?」

「それも、手だけど……。なーんか、ピンとこないのよね」


 そう話しつつ、坂崎はもう一度境内四方を見渡す。

 すると、何かに気づいたのか坂崎の口角があがり、"ふっ"と笑いが漏れた。


「あらあら、私としたことが一番怪しい場所を調べ損ねていたわ」


 坂崎の視線の先は廃れた本殿を指していた。その視線に気づいた東郷は恐る恐る尋ねる。


「まさか、あの社の中か? どう見ても入っちゃいけない場所だろ……」

「入るわよ」

「いや……。バチあたりというか……」

「入るわよ」


 有無を言わさず真っ直ぐに坂崎は歩みを進める。もう何を言っても無駄だと察した東郷も後ろについていく。

 本殿入り口前で坂崎は仁王立ちでドンと構え、引き戸に手を伸ばし開けようとする。

 だが、中々開かない。


「やっぱり鍵とか、かかってるんじゃないか……?」

「かかってたらぶっ壊せばいいでしょ。何の為にそのでっかい身体があるのよ」

「いや、実行犯は俺かよ……」

「それに、これ古くて立て付けが悪いだけよ。安心して、思いっきりいきなさい」


 坂崎は"さあ見せ場よ"と言わんばかりの視線を送り、その場を東郷に譲る。

 全く気が乗らないまま、東郷は仕方なしに引き戸に手を伸ばす。


「……これ立て付けが悪いとかの問題じゃない気がするんだが。変な力がかかってるというか……」


 何度かそれなりの力をかけて開けようとするも、開く様子はなく東郷は不審に思う。


「あんた本気出してないでしょ? 立て付けが悪かろうが、施錠されてようが、摩訶不思議な力が作用されてようが、とにかく力の限りやりなさいよ」

「……たくっ。どうなっても知らないからな!」


 東郷は自分の力の全てを込めて戸をこじ開ける。"メキッ" "バキバキ"とたててはいけない音を鳴らしつつ戸は半壊するも、入り口は開かれた。

 東郷は"やっちまった……"と顔を青ざめさせるものの、対して坂崎は中にある物をいち早く見つけ笑みを浮かべる。


「ほーら、ビンゴじゃない」


 四畳半程の神様の間には似合わない、ビジネスバックが落ちていた。

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