第10話 濡れたゴリラ②
全身を拭き終えた東郷は、オフィスの中に入っていきロッカーの中から新しい服を取り出していく。
「ところで、秋人との連絡は?」
「つかないままよ」
「音信不通のまま3日目……か。あれだけこまめに報告をする奴があり得んな。どうする?」
大きくため息をつきながら坂崎は答える。
「どうも何もないわよ。アイツが契約書持ってんだから何としてでも見つけ出すわ」
「無事だといいがな……」
「どうかしらね。あいつアウトローに憧れて悪ぶってるだけのただのいい奴だから、甘っちょろさしかないのよね」
東郷は上の服を脱ぎ、着替えを始める。
「そんなこと言いつつ、こんなアコギな仕事に引き込んだのは坂崎だろ?」
「別に否定している訳じゃないわよ。ああいう人間にしか出せない雰囲気っていうのがあるの。交渉の場においては強い武器よ。それより東郷、私の視界の中で下まで着替え出したら容赦なくチョン切るからね」
上衣を着替え終わり、ベルトに手をかけていた東郷は何をチョン切るつもりなのかはあえて問わず、無言で下の着替えを持ちトイレへ入っていく。
「しかし、どうやって秋人を見つけ出すんだ? 秋人に捜索指示を出した場所を片っ端から探すか?」
トイレの中から、東郷は話しを続ける。
「そんな面倒臭いことやってられないわよ。秋人の携帯の位置情報を辿って探知不可になる前の最終位置を把握してあるわ」
「なんだ、そんな便利な方法があるのか。なら、朝日美桜の捜索にも使えばいいじゃないか」
着替えを終えた東郷が疑問を呈しながらトイレから出てくる。
「使えるなら母親が捜索願い出した時点で、とっくに警察がやってるわよ。あの娘普段から携帯を持ち歩かないみたいで、失踪日も丁重に自宅の机に置きっぱだったの」
「今時の娘にしては珍しいな」
「連絡がきても煩わしいものしかなかったんでしょう。それより、すぐ出るわよ。あんたが帰ってくるの待ってたんだから」
そう話しながら、坂崎はデスクの籠に大量に積んである苺ミルク味の飴を一つ頬張り、身支度を始める。
「秋人の手がかりを掴んだなら俺の帰りを待たずとも先に動いてよかったぞ? あんなに秋人のこと心配してたじゃないか」
「心配してたのは、秋人じゃなくて契約書の方よ。それに、とてもじゃないけど一人じゃ調査に行けない場所だったのよ」
「坂崎が一人で向かうのを躊躇うほど、危険な場所なのか……?」
東郷に緊張が走る。
もう準備を終え出発をしようとする坂崎に置いてかれぬよう東郷も急いで準備をし始める。
自分のデスクの引き出しを開け、メリケンサックを取り出し両手に嵌め込む。一度深呼吸をし、覚悟を決めた目を見開いた。
「大丈夫だ、坂崎……。心配せずとも必ず俺が守るからな!」
「はいはい、よろしく。あと、不審者の仲間だと思われたくないから離れてついて来なさい」
飴を舌上で転がしながら、坂崎は早々と部屋を出る。
「ま、待ってくれよ‥」
2メートルを超える大男が、親を追いかける子供のように必死に坂崎の後を追っていった。
道中、といってもタクシーに乗り込む為事務所最寄りの駅まで徒歩で移動をしていたのだが、メリケンサックを嵌め込んだ大男はただの不審者であり案の定道行く人から畏怖の目で見られていた。
さすがに駅に着く前にこのままでは通報されると坂崎は東郷に視線を送るが、目が合うと"俺に任せとけ"と言わんばかりにドヤ顔をされ、その表情のウザさに彼女のイライラが臨界点を超えた。
「東郷、そのメリケンサック少し貸してもらえるかしら?」
「ん? 構わんが、坂崎には少し大きいかもしれんぞ」
その凶器を受け取り、坂崎は"ふむふむ"と感触を確かめつつ手にはめ込む。
そして、全くの躊躇なく渾身のボディーブローを東郷に打ち込んだ。
"ゴフッ"と訳もわからず殴られ、その場で東郷はうずくまる。
「あー、スッキリした。とりあえずこれは預かるから」
「いや……、坂崎……」
説明を求めると言わんばかりに東郷は坂崎を見つめる。
「あと、あんたと乗ると圧迫感凄いからタクシー分けるわよ。後ろからついてきなさい」
もちろん説明などなく、有無も言わさず坂崎はスタスタと先に歩いていく。
東郷も腹部を抑えつつ、頭にハテナマークを抱えたままついていった。
◇◇◇◇
「相変わらず無駄に長い階段ね」
一足先に目的地に到着し果てしない階段を見上げていた坂崎から少し遅れ、東郷もタクシーから降車する。
目的地も知らされず坂崎のタクシーの後を只追いかけてもらい、やっとたどり着いた場所を見て東郷は首を傾げる。
「……おいおい、この先って神社だろ? そんなに危険な場所なのか?」
「そうね、もしも私がここを登りきったら明日は筋肉痛で動けなくなる程危険な場所ね」
「坂崎……。お前、まさか……」
東郷が答えを言う前に、坂崎は人差し指を下にチョイチョイと動かし、"しゃがめ"と言わんばかりにジェスチャーする。
小さくため息をつきつつも、言われるがままに東郷はうずくまり、その背中に坂崎は覆い被さる。要するに"おんぶ"である。
「さあ、行きなさい! あと、変なとこ触ったらけっとばすから!」
「いや……。蹴っ飛ばしたらお前落ちるぞ」
そうツッコミつつ、東郷は軽々と坂崎を背負い長い階段を登り始めた。
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