第7話 白の世界③

「じゃあ、可能性が低い順からあげていく。とりあえず、仮説1 "ただの夢"説。これが一番何でもありな故に全てのことに辻褄が合う。どんな現象も"夢だから"で片付けられる」

「おー、初っ端からラスボス感がします!」

「だがな、この説は却下。美桜、自分のほっぺたをつねってみろ」

「……痛いれすね」

「な? 夢ならば痛くはないはずだ。俺もさっき引っぱたかれた時痛かったし。従ってこの線はなし!」

「……あきとさんって思ったよりバカなんですかね」


 睨みつける秋人に対し、「次行きましょー」と美桜は話を進める。


「仮説2は"拉致されて実験されてる"説。ただこの無限だとも思えるような四方八方真っ白な空間を現代科学で生み出せるとは思えない。ましてや、食料も水もいらず生きていけるサイボーグ人間に改造されたような形跡もない。この線もだいぶ薄い」

「では、次からの説が本命枠ですかね!」


「仮説3は"死後の世界"説。俺的にはこれが一番最悪の仮説だな。だが、この現実離れしている空間や現象は明らかに異世界だと俺は思っている。現世から別世界に一番手っ取り早く行く方法は死ぬことだ。ただ俺は死んだ覚えはない。何より天使の輪っかがあるわけでも、足がないわけでもないのが気にかかる」

「……秋人さんってお約束的な事を信じ込むタイプなんですね」


 美桜はなんとも言えない苦笑いを浮かべる。


「最後の仮説は、"神隠し"だ」

「……神隠し? ですか?」

「俺はある神社にちょっと用事があって訪問したんだが、そこで現実離れした出来事が起きた。最終的に祀られていた石の光に包まれて気がついたらここにいた」

「石に……?」


 秋人の嘘のようないきさつに、美桜は眉をひそめた。


「あの時は何だかよくわからなかったが、あの石は多分御神体だ。神様に飲み込まれた。もしくは別の世界に飛ばされた。すなわち神隠しだ」

「この説が一番可能性が高いということですか?」

「まあ、事の流れとしてはな。俺は神様なんざ信じちゃいないが」


 いくつか仮説はあげてみたものの、秋人はほぼ間違いなくこの現状はあの神社が起因していると考えていた。

 自分自身の体験もあるが、それ以上に美桜との遭遇が決め手である。


 そもそも失踪時美桜の向かった可能性がある為、秋人は神社への捜索に訪れている。

 あの神社を訪れた者同士がこの世界に取り込まれているのだとしたら、必然的に原因は仁科神社へと繋がっていった。


「んー、私も秋人さんの意見に賛成ですねえ」


 静かにおっとりと美桜が口を開く。


「ん? ああ、やっぱりその可能性が高いよな」

「あ、ごめんなさい。仮説の方ではなく、"神様なんざ信じちゃいない"という点に関してです」

「あ? それってどういう――」

「秋人さんは元の世界に戻りたいですか?」


 美桜は秋人の言葉を遮る。

 ニコニコしているものの、どこか貼り付けた様な笑顔が秋人には少し不気味に感じた。



「そりゃ、当たり前だろ。誰が願ってこんな何にもない世界にいる事を望むんだよ」

「私は……怖いです。自分がどんな人間だったのか。どんな環境で、どんな人達と関わりながら暮らしていたのか。それを知るのには勇気がいりますね」

「……要するに美桜は元の世界に戻りたくないってことか?」

「どうですかねえ……。ただ、記憶がない分秋人さんのように元の世界に未練がないのは確かかもしれませんね。だからとりあえずここで、のんびり過ごすのもいいかなーって」


 そう語る美桜に対して、秋人は言葉が詰まる。


 何も知らなければ適当ながらでも前向きな言葉をかけられたのだろうが、秋人は元の世界に戻った際に美桜を待ち受けている環境が決して温かい物ではない事を知っていた。

 そんな事は関係なしに下手な慰めや励ましを言ってもよかったが、彼女の世界の残酷さを思うと無責任な言葉を吐き出すのは少し気がひけてしまったのである。


「……秋人さん! 私の仮説も聞いてもらえますか?」


 美桜は言葉に詰まった秋人を見て一際声を張り、一瞬静まった空気を動かす。


「美桜にも仮説を立てられる頭が一丁前にあるんだな」

「私のことなんだと思ってるんですか!」

「はいはい。いいから、言ってみろ」


 美桜は立ち上がり、選挙演説でも始めるかのように"あ、あー、"と声の調子を伺いつつ、背筋を伸ばす。


「えー、私が唱えさせて頂く仮説は、"世界は滅亡しちゃった"説です!」

「いや、いきなり不穏すぎるだろ……」

「世界は何らかの理由で滅亡して私達だけが生き残りました! そして、私達は新世界のアダムとイヴになったのです。ここは食べることも飲むことも必要もなく、苦労も憂いもない"エデンの園"なのでした! めでたし、めでたし!」


 美桜は手をパチパチ叩きながら、少し不自然なほどにおちゃらける。

 その様子に、静かに秋人は問いかける。


「……仮説というより、願望のように聞こえるが?」

 

 秋人の言葉を受け、少し困ったように笑いながらも美桜は話しを続けた。


「ごめんなさい、秋人さんには不愉快だったかもですね。でも、この世界を前向きに捉えてあげた方が気も楽になるかと思いまして……」

「世界滅亡が前向きだとは思えんけどな」

「あはは、確かにそうかもですね。でも、私今なんだか楽しいんです。こうして秋人さんとお喋りしてるだけでとても幸せなんですよ」


 そう照れ臭そうに語る美桜の事を、秋人はじっと見つめる。


 これが普通の女子高生だとしたら、恐らく現状に絶望し、こんな目に合う自分はなんて不幸だと泣き喚くだろう。

 しかし彼女はこんな訳のわからない世界で出会ったばかりの男との会話の時間が楽しいと、幸せだと話した。

 記憶がないだけで、こんなにも楽観的に現状を捉えられるものか? それか、以前の世界での悲劇から目をそらすように、ここでの平穏を無意識的に求めているのかもしれない。


 秋人は目の前の少女の言動について、色々と思案していた。

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