第6話 白の世界②

 思いがけない探し人との出会いに、この少女にどのように振る舞うか考える。その間を不自然に感じたのか美桜が尋ね返す。


「あの……。私のこと知ってるんですか?」


 表情はだいぶ険しい。

 その様子を見て秋人は怪しまれたかと少し焦りつつ、どう返答をするか考える。


「いや……。少し知人に雰囲気が似てたから一応尋ねただけだよ。名前も違うし、よく見たら顔も背格好も違うな。勘違いだったみたいだ」


 そして、否定を選択する。

 標的に対しご丁寧に自己紹介をし、"あなたのことを探していました"など現段階で話した際のリスクを秋人は考えた。本当に家出だった場合、逃げ出される可能性だってある。

 やっと出会えた人間に対し、警戒心を与えたくなかった。


 しかめっ面だった美桜の顔がパーッと明るくなる。


「そうですか! 変態さんの上に、私のこと知ってるストーカーさんだったらどうしようかと思いましたよ! 私もお名前伺ってもよろしいですか?」


 美桜は、ニコニコしながら声を弾ませる。


「俺は、桐谷秋人きりやあきと。歳は22だ」

「なんと! もっと歳上かと思ってました!」

「老けてるって言いたいのか?」

「いえいえ、大人びてます! スーツ着てるのもあると思いますが……。顔も男前だしモテそうですね!」

「そいつはどうも。っていうか、俺を起こす時思いっきりはたいただろ。普通に起こせよ」

「だって呼びかけてるのに全然起きなかったんですもん! 意識がないのか、ましてや死んでるのかと思って内心本当に焦ったんですよ!」


 やや無愛想な秋人に反して、終始ニコニコしながらテンション高く返答される。そんな美桜に秋人は違和感を覚え続けていた。


 そもそも、初見で朝日美桜だということに気づけなかったのは気が動転していたからだけではない。

 あまりにも写真で見た朝日美桜とはイメージが違いすぎるのだ。彼女の境遇も知っているから尚更である。


 "根暗、コミュ症、無愛想、声が小さい" そんなイメージを秋人は勝手に持っていた。

 しかし、実際に対峙した朝日美桜は全て正反対の雰囲気を醸し出しており、同一人物だとは思えなかったのある。


 しかし、そんなことは今はどうだっていい。それよりもこの状況を説明してもらう事が秋人にとっては先決であった。


「……とりあえず、お前以外の人はどこにいる? 状況の把握をしたい」

「私以外の人はいませんよ? 最初に言ったじゃないですか。この世界で私にとっての第一村人は秋人さんです!」

「……は?」


 嬉しそうに語る美桜を尻目に秋人は困惑する。


「じゃあ、ここはどこで何でこんな所にいるのか。何が起きてるのか、どうすれば帰れるのか……」

「あ、私も何がなんだか全然わからないです! お揃いですね!」



 秋人は頭を抱え込む。

 戻れると思った。いや、戻れずともある程度現状の把握が出来て、そこから脱出への道筋が見えるのではないかと。

 しかし、唯一の希望であった少女の口からは"私もワケがわからない"と放たれ、秋人は失意に沈む。


 そんな姿を見て「あの……。ごめんなさい」と、さぞ申し訳なさそうに美桜は声をかける。

秋人は顔をあげ、一つ深呼吸をした。


「いや、別にお前が悪いわけじゃないだろ。むしろ明るく振る舞ってくれてんのに空気悪くして悪かったよ」

「はい……。でも、なんか……その。ごめんなさい……」


 美桜は顔を伏せる。そのまま少し沈黙が流れ、"どうしたものか"と秋人は頭をかいた。


「ほら、まあ……お互いの情報を集めれば何か進展するかもしれない。とりあえずお前はどうやってこの世界に来たんだ? やっぱりあの神社絡みか?」

「あのー。とっても言いにくいんですけど。覚えてるのは名前くらいで、この世界に来る前の事とかわけわからんちんなんです」

「……記憶喪失ってやつ?」

「おそらく……」



 そしてまた沈黙が流れる。

 さっきまでヘラヘラしてた分、急に落ち込まれると秋人も調子が狂う。


 只、朝日美桜のキャラのギャップの理由が秋人の中で少し判明した気がした。


 "過去の自分"がなければ人間の振る舞いなど定まらない。

 そもそもこの姿が朝日美桜が元々持ち合わせていた性質なのだとしたら、何とも不憫なものだと秋人は思う。生い立ちや周りの環境であんなにも絶望を抱えた人間へと変えてしまったのだとしたら、ただの悲劇だ。

 

 本当は捲し立ててでも色々と思い出させ少しでも情報を手に入れたいところであったが、少し同情してしまい、秋人は追求するのはとりあえずやめることにした。


「まあ、その内思い出すだろ。あんま気にすんな」

「……秋人さん、普通に優男ですね」


 美桜は秋人が気を使っていることに気づいたのか、再度笑顔を作りトーンをあげて話しだす。


「私目が覚めてだいぶ長い間一人でいたんですけど、この世界で会えたのが秋人さんでよかったです!」

「……ちょっと待て。長い間ってお前どのくらいここにいる?」

「えっと。正確な時間はわからないです。よくわからずボーッとしてた時間もあるので。でも、何日間もまたいでるくらい時間は経っていると思いますが」


 よく考えてみると美桜が失踪したのは3日前である。

 失踪日からこの世界に捉われているとなれば秋人の中に一つ疑問が生まれる。


「なあ、なんでお前そんなに元気なんだ? 何日間もどうやって生きてきた? どっかに食料や水があるのか?」

「おやおや……。どうやら秋人さん気づいてしまったようですね! その謎はこの世界におけるキーポイントとなるところなのですよ!」

「いや、そういうのいいから早く説明しろ」


 秋人の言葉に、嬉しそうに得意げに語っていた美桜の顔がむくれ顔に変わる。


「教えてもいいですけど、さっきから私気になることがあるんですが!」

「何だ?」

「私の名前は"お前"じゃないです。ちゃんとした名前があります! 美しき桜という素敵な名前が!」

「ああ……。わかった、悪かったよ。教えてくれ、美桜」


 美桜の顔が真っ赤になる。


「じ、実際に男の人に名前で呼ばれると気恥ずかしいものですね……!」


 "なんなんだこいつは……"と心の中で思いつつ、軽くため息をつく。モジモジしてる美桜をジトっと見つめ秋人は目で訴えた。

 そんな秋人の視線に気がついたのか、美桜は急いで話しをはじめる。


「し、失礼! どうやって何日間も生きてきたかですよね。結論から言いますと、特に何もしていません」

「どういうことだ?」

「それがこの世界のすごいところなんですよ、お客さん! なんとここでは特にお腹も空かないし、喉も渇きません! ずっとゴロゴロしてよーが生きていけちゃうわけなのです!」

「……何言ってんだお前?」

「あ、またお前って言った! インチキ! インチキ野郎です!」


 ギャーギャー騒ぎたてる美桜は一旦放り秋人は考え込む。


(例えば本当は食料を確保しているが、分け与えたくない。もしくは、強奪されるのを恐れて嘘をついているということも充分に考えられる。だが、そんな嘘時間が経てばすぐバレる。そもそも、コイツがそんな思慮深く考えて発言をしている様には思えない。だが、事実だとしてそんなことあり得るか? いや……現状自体あり得ない事が積み重なってるんだ。そんなびっくり設定が出てきてもおかしくはない。おかしくはないが……)



「美桜、目が覚めてから俺に会うまでのことも教えてくれないか? 今は少しでも情報が欲しい」

「目が覚めてから……ですか。ずっとボーッとしてました。何も考えられず、ただこの世界を見つめていた気がします。何度か眠った記憶もあるので数日近くはそんな感じだったかと」

「その後は?」

「えーと……。ふと我に返ったんです。急に寂しくなって、怖くなって歩きまわってました。そしたら秋人さん見つけて叩き起こしました」

「そうだな、文字通り叩き起こされたな」


 秋人は睨みつけるが、美桜は惚けた顔をしつつ目線を逸らした。


「歩きまわってる間何か見つけなかったか? 気づいた事とか、気になった事でもいい」

「ただ白い空間が続いていただけで特には何も……」


 自分が歩きまわっていた時と見ていた物はほぼ同じなのであろうと推測をし、また秋人は考えこむ。


「……何かわかりましたか?」

「事実はわからないが、仮説はある」

「ほほう……。お聞きしましょう!」


 美桜はちょこんと正座をし、かしこまって聞く体勢に入った。

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