第5話 白の世界

 白い。果てしてなく白い。真っ白な空間がどこまでも続いている。黒いスーツがこの空間では異彩を放っており、肌の色さえ違和感を感じる。

 ここでは自分自身が異物のようだ。


 訳もわからないままとにかく歩き続けていた。不安に押し潰されそうになりながら半ばパニックになりながらひたすら歩いた。しかし、人もいなければ埃や塵一つ見当たりはしない

 音もなく、響くのは自分の足音だけ。息があがり、自分の心臓の音さえ聞こえてくるのではないかと思う程静寂の世界である。

 

 そもそも、本当に進んでいるのか? 

 ただ足踏みをしているだけなのではないかと思ってしまう程、何も変わらない景色に焦りが増していた。


「だ、誰か! 誰かいないのかよ!」


 狂ったように走り出す。が、フラフラの足がもつれ、盛大にコケた。


 身体に痛みが走りながらも、顔をあげすぐに周りを見渡した。もちろんそんな自分を嘲笑してくれる人などはおらず、そのまま大の字に仰向けになった。


 空もなく、天井もなかった。






◇◇◇◇




 秋人が目を覚ましたのは一時間程前のことである。どのくらい気を失っていたのかはわからないが、身体の節々に痛みを感じた。

 自分に何が起きたのかを理解する為に記憶を辿る。


「確か神社で、石が光って……」


 目前には白い空間が広がっていた。モヤがかかっている頭を働かせる為タバコを取り出そうとするが、愛用していたビジネスバッグがない事に気がつく。


「チッ、なんだよ……。携帯は……」


 かろうじてポケットの中に携帯は入っており、取り出し確認をするが機能を停止していた。日付、時間さえも確認できない。


 起き抜けでまだ呆けていた頭が段々と動き出す。神社からの一連の流れ、そして明らかに現世とは思えないような空気感に異常事態が起きていることをやっと察知し始める。


「いや、その前にどこだよここ……。おい、誰かいるか! どういうことだか説明してくれよ!」

 

 秋人は辺りを見回しながら力の限り叫ぶものの、無駄に通る自分の声だけが無益に響き渡った。


「洒落になってねえだろ……」


 冷や汗が流れ出てくる。じっとしていられずおもむろに秋人は立ち上がり歩き始めた。

 状況把握の為でもあるが、それ以上にまずは自分以外の人間と出会いたいという気持ちが強かった。


 異常事態を察知し一番最初に秋人の脳裏にちらついた最悪のシナリオは、このワケのわからない空間で、ワケのわからないまま孤独に朽ち果てることである。

 そんな虚しい最期だけはどうしても避けたかった。

 焦りだけが増す中、不安を紛らわす為にも秋人は闇雲に歩き続けることしかできなかったのである。





 盛大にコケた後、ボケっとしながら何もない真っ白な空を見上げていた。

 次第に非現実的なこの世界を視界に入れることも嫌になり、目を閉じ思考だけを巡らせる。


(そういや鞄の中に契約書入ってたな。失くしたとなったら、アイツぶち切れるだろうな。

っていうかアイツの指示でこんな事になってんだから俺が責任感じることでもねえな。んなことより俺このままじゃ死ぬだろ。まだやりたいこと沢山あったのにな……だめだ。このまま潰されちまう前に少し眠ろう。これは只の悪夢で目が覚めればいつものベットの上かもしれない……)


 見たくない物から、存在したくない世界から自分を遠ざけるように段々と意識を切り離していく。

 疲れきった身体と頭が休息に入ろうと準備を始めた時、意識の片隅に雑音が聞こえてきた。



 <……し……もーし。……て……すかー?>



 何か聞こえてくる事はわかったものの、既に眠りに入ろうとしていた頭は中々目を開ける指示を出してはくれなかった。

 しかし、その雑音から暫し時間が経った後、

頭まで突き抜けるような"バチン!"という快音が鳴り響く。

 それと同時に秋人の右頬に衝撃が走った。


「いっ……てえ!」と叫びつつ飛び起きる。やっと、開いた視界の先には制服を着た少女がいた。


「よ、よかった! 生きてたっ! 第一村人、生存を確認しました!」


 意気揚々とその少女は声を張り上げる。


 秋人は辺りを見回す。日常に戻ったのかと期待をしたが変わらず世界は白いままであった。

 只、明らかにさっきまでとは違う事象が起きていた。それは秋人が探し続け望んでいたことであった。


「ひ、人か?」

「人ですねえ」


「人間……なのか?」

「人間ですねえ」


 目をパチクリさせながら淡々と少女は答えるが、秋人の目は感動のあまり段々と潤み始めていた。


「た、助かった!」

 

 感情が抑まらないまま秋人は少女に抱きついた。

 それと同時に少女の顔は一瞬で真っ赤に染まり、半ばパニックに陥りながら"バチン!"と秋人の頬から容赦なく二度目の快音を響かせた。


「な、なにすん……」

「こ、こっちが何すんだですよ! こ……こういうのは、ちゃんと段階を踏んでからっ……!」


 少女は軽く目を回しながら訴える。

 そんな少女の姿を見て、秋人は少し冷静さを取り戻した。


「わ、悪かった。ただ、人に会えたのが嬉し――」


 ここである事に気づき言葉が止まる。そして、その少女の姿を秋人は観察する。

 

 青いチェックのスカートに、白いワイシャツの上には紺色のブレザーを羽織っている。

 律儀に、赤いネクタイをシャキッと締め上げており優等生感が滲み出た女子高生である。

 この空間と同化してしまいそうに肌は白く、髪はショートでパッチリと目は大きい。かわいらしい顔立ちをしている。

 恐らく自分の記憶の中にあるこの少女を、秋人は食い入る様に見つめていた。


「こ、今度は視姦ですか! へ、変態さんなんですか!?」


 少女は顔を真っ赤にしたたま再度訴える。

 よくもまあ、女子高生が視姦なんて言葉を口に出したものだと思いつつも秋人は尋ねた。


「悪いが、名前を聞いてもいいか?」

「え……? あ、美桜ですけど……」



 ここで秋人は確信する。やはり間違いない。

 朝日美桜だ。

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