第4話 仁科神社
「あ、あとそこから近くに"仁科神社"ってあるでしょ? ついでに寄ってくれない?」
「仁科神社……? ってあの廃れた神社か? 誰も寄りつかない無人神社だろ」
「カル娘ちゃん御用達の場所みたいよ。中学生の頃から神社へとあがる階段を一人で登っていくのを何度も目撃されてるのよ。まあそんなことしてるからさらに気味悪がられてたみたいだけどね」
テリア様という人がありながら他の神様に手を出すなんて、あの母親が知ったら汚れだのなんだのと憤慨する顔が簡単に秋人の目に浮かんだ。
「いくら思い入れがあろうとさすがにあんなとこで死なんだろ? 物好きな参拝者が来たら一発で見つかるぞ」
「本殿の中で首吊れば大丈夫じゃないかしら? 誰も入ってこないだろうし」
「あんまバチあたりなこと言うなよ……」
相変わらず頭のネジが外れていると、秋人の顔がひきつる。
「私は契約更新に使えそうなネタを形にしとくから、あんたも自分の行動は全部見られているものだと思ってシャキッと動きなさいよ」
そう言い残され、ブツリと一方的に電話は切られた。
"全部見られている"という言葉にアイツならやりかねないと身震いをさせつつ、秋人は無意味にあたりを見渡す。
気づくとまわりの景色も薄暗くなっていて、思っていたよりも時間が経過していたことに気がついた。
「仁科神社か……。本格的に暗くなる前にちょっと行ってみるか」
もう少し休憩をしたかったと訴える重たい腰を上げ、秋人は神社への道を歩み始めた。
◇◇◇◇
正式名称は
仁科の森とは呼ばれているものの、木々のほとんどは既に開拓されており、境内とそこへ続く道周りのみが深い緑に囲まれている。
その為入り口の階段は公道に面しており、人通り自体はあるものの境内へ辿りつくまでにかかる千にも及ぶ階段の過酷さや、整備が全くされず無造作に散らばる草木達に地元の人間はまず登ろうとはしない。
そしてその階段を目の前にした秋人も同様に、境内まで駆け上がる気力は失せていた。
何もなかったように振り返り、そのまま来た道を帰ろうとするが、頭の中に"全部見てるわよ"と先ほどまで会話をしていたどす黒い声が響く。「くそっ」と観念し、秋人は長い階段を登り始めた。
「ハアッ……ハアッ……。なんだよ、この階段。ふざけんなっ……」
数十段登っては横っ腹が痛くなり、悲鳴をあげる足を労っては休憩を繰り返していた秋人が階段を登りきるには、大分時間を要してしまった。
これといった外灯がある訳でもなく、木々に囲まれた境内は光も差し込みにくい為すでに辺りは夜陰に包まれていた。
拝殿はなく、さほど広くはない境内の先に廃れた本殿のみがズンと構えている。
雑草に囲まれまともに整備もされていないその成り立ちは、廃神社と呼んでもおかしくないほど薄汚い印象であった。
その不気味さに秋人は思わず生唾を飲む。
「参ったな……。グロいのも苦手だけど、ちょっと心霊系も苦手なん――」と呟くと同時に、
〈……ん……しん……〉
掠れた声がどこからか聞こえてきた。秋人はビクッと肩を振るわせ、キョロキョロと辺りをみまわす。
「だ……誰かいますのでしょうか……!?」
何故か敬語になりみっともなく腰が引けたまま呼びかけるが、どこからも特に返事は返ってこない。
風が吹き、木々達がざわめく様子でさえ恐ろしく感じてしまい秋人の顔が強張っていく。
「……しかしこう暗いと何も見えないし、あちこち調べるのは難しいよな。仕方ないけど今日はもう帰るしかない。うん、仕方ない」
自分に言い聞かせながらへっぴり腰のまま回れ右をし、あんなにも苦労をして登って来た階段を早くも下る決断をした。
階段に差し掛かる前に一際大きな鳥居があり、「それでは、お邪魔しました……」と、律儀に挨拶をし通ろうとする。
その瞬間、やや前かがみぎみに歩みを進めていた秋人の頭部に衝撃が走る。
「痛っ!」
何かにぶつかった。
その場で尻餅をつき、何にぶつかったのか額をさすりながら目を開き確認する。しかし、変わらず鳥居の向こう側には帰路の階段が続いており、そこを隔てるものは何もない。
「な、なんなんだよ……」
立ち上がり、恐る恐る再度鳥居を通ろうとするが、くぐれない。
何かに阻まれている。見えない壁とでも言うのだろうか。
「冗談だろ……」
秋人は何度も隔てる空間を押し、叩き、蹴り付けた。しかし、ピクリともしない感覚だけが伝わってくる為、次第に秋人は手をゆるめ別の手段を考える。
「わ、わざわざここ通らなくたっていいか。鳥居の外側からなら……」
移動し、鳥居外側から階段を目指すが変わらず見えない壁に阻まれる。「嘘だろ……」と壁を伝いどこまであるのか確認していくが、境内四方を囲うように隙なく外界との空間を隔てていた。
全く整理がついていない頭のままだが、いよいよヤバいことが起きているということは理解した。
「閉じ込められた……のか?」
秋人の顔からどんどんと血の気が引いていく。
「そうだ! 携帯!」と取り出すが、全く電波が入っておらず圏外表記になっている。
最後の望みを断たれたように、秋人はその場でうずくまった。
<おかえり……ぜんしん……>
今度ははっきりと少女の様な声が聞こえてきた。
「だ、誰だよ! これはお前の仕業か!?」
声を荒げるものの、やはり返事はない。返事はないが、どこからか異音が聞こえてきた。
その音の出所を探そうと、周りを見回す。
すると、普段開かれることはないのであろう本殿への入り口の引き戸が"ギギギ"と軋みながらゆっくりと開いていくのを秋人は目にする。
「入ってこいってことかよ……」
理解はするが、恐怖に足が竦み動き出せない。
しかし、他に選択肢はないのだろうと薄々感じとった秋人は、強ばり思うように動かない足を殴りつける。
「くそっ! 行ってやろうじゃねえか!」
半ばヤケクソになりながら本殿へ向かい歩みを進めた。
開いた入り口に立ち、中を恐る恐る見渡す。
だが、暗くどの様な内装になっているのかはっきりと確認できない。
脳裏で"中で首吊ってるんじゃない?"とさぞ楽しげに坂崎さんが語りかけてきた。
「どいつもこいつもっ……!」
秋人は段々とこの理不尽な状況に怒りの感情が湧き出る。
中に足を踏み入れ、持っていたライターを取り出し僅かながら辺りを照らした。
思ったよりも間取りは狭く、広さは四畳程であろうか。余計なものは特になく、変哲もない祭壇のみが広がっていた。
とりあえず死体がなかったことに秋人はホッと胸を撫で下ろす。
だが、そこで異変を感じる。祭壇に祀られていたものが僅かながら発光を始めた。秋人は祭壇に近づき、その光の元を凝視する。
「なんだこれ。石か……?」
祀られていたものが小さな石であることを確認すると同時に、強く目が眩む程の光に秋人は包まれた。
「……なっ!?」
異変を感じとり、すぐ様逃げようとするが身体が動かない。
「何が……どうなって……」
光に包まれながら段々と意識が遠のいていく。完全に意識が途絶える前に、またあの少女の声が聞こえてきた。
<やくそく>
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