第3話 坂崎さん

「大体あんな客にどんだけ時間かかってんのよ。あんたが悠長にヘラヘラしながらおしゃべりしてる内に私がどれだけ仕事をこなしてると思ってるの。少しでも時間を節約してほかの仕事に貢献しなさいよ、ゴミムシ」


 夕暮れがはじまり静けさが増す中、秋人を罵る声が電話越しから響いていた。


「その罵詈雑言が無駄話の気がするんだが……」と秋人はタバコに火をつける。


「あら、罵詈雑言なんて言葉知ってるなんてすごいじゃない。ゴミムシからクソムシへ格上げしとくわね」

「それは格上げされてるのか……?」


 昼間からありがたいお言葉達を聞かされ耳が疲れている中、容赦ない罵倒が追い討ちをかけてくる。秋人の今の癒しは肺の中に取り込まれる白い煙だけだった。

 大きく一吸いして、秋人は話を戻す。


「契約は済んだよ。あいつ、調査費三桁で提示しても眉一つ動かさなかった。きちんと金銭感覚が麻痺してくれてる」

「まあ、カルトにハマってる人間なんかそんなものよ。事故で亡くなった旦那の慰謝料もあるからね。これで契約失敗しましたとおめおめと報告してきたら、害虫駆除を業者に頼まなきゃいけないところだったわ」

「俺を害虫扱いするなよ……。そうだ、一応娘の情報聞いてきたがいるか? 顔写真もあるが……」


 秋人が眺める写真には怪しげな服を纏った少女が映っている。恐らく教団の制服だろうか。

 

 髪はショート、鼻立ちもスッとしており目もぱっちりと大きい。いわゆる可愛らしい顔立ちをしている。

 そう間違いなく可愛いのだが、写真越しからでも伝わってくる負のオーラというのだろうか。幸が薄いとかのレベルではなく、生気がない。生きているというよりかは、ただそこに存在をしているだけという印象である。


「こりゃもうダメだな。心が死んじまってる」

 

 秋人は煙を吐き出しながら、静かに呟く。


「情報は別にいいわよ。写真も入手してるし、どーせあの親のことだから手がかりになりそうな情報なんて何も聞けなかったでしょ?」

「だな。失踪の心当たりも、行きそうな場所も、仲のよい友達もさっぱりだったよ。写真も多分教団用に撮ったやつだろうな。最近の写真はこの一枚しかねえとさ」

 

 秋人は憐れみの視線を写真の少女に向けつつ、鞄の中にしまいこんだ。


「とりあえずあのゴリラには先に動いてもらってるわ。あんたにも一通り情報渡すから、さっさと動きなさい」


 坂崎の言葉に、秋人は怪訝な表情を浮かべる。


「……もし東郷が見つけ出しても変に近づけさせんなよ? 騒ぎになったら、最悪だぞ」

「あら? 随分バカにしてるようだけどあれはゴリラでも優秀なゴリラの類よ。ちょっと人語が苦手だから人との対話には向かないけど。頑張ってるゴリラにバナナでも差し入れしてきなさいな」

「お前が1番バカにしてんじゃねえか……」



 よくもまあこうも人をバカにする言葉がスラスラと出てくるものだとある意味感心しつつも、その頭の回転の早さと語彙力を人を労わる方向へ使ってもらえないものだろうかと秋人は考える。

 

 考えるが……そのプライドの高さと自分に対する絶対的自信。人を見下すような声質に、人が嫌がる顔を生きがいにしていますと言わんばかりの言動。

 つまり"坂崎さん"は産まれついてのドS気質であり、絶対的いじめっこである。自分以外の人類は全ていじめられっ子であり、労わるなんて思考が生まれるわけがない。


 その癖、お客様を見つけた際には"私は人と人との絆を信じます"と言わんばかりの聖人面をひっさげ絶対的な信頼を築く。

 そんな、とても優秀な嘘つきを秋人がどうこうできる訳がなかった。


「探し人は朝日美桜、お客様の一人娘。通称"カル娘"ちゃん。歳は一六の高校一年生ね」

「なんだよ、カル娘って? あだ名か?」


 あだ名にしてもおかしな響きに、秋人は眉をひそめる。


「あだ名というか蔑称ね。中学の時に学内での宗教勧誘やらかしてイジメを受けてたみたい。その時からカルト教の娘、カル娘ちゃんでそこそこ有名みたいよ。高校に入っても腫れ物扱いされてて、交友関係もないから情報仕入れるのにもそこそこ苦労したわ」

「そいつはご苦労様だな。ある程度居場所に目星はついたのか?」

「そうねえ……。まあお空の上でしょうね」



 少し間が空いた後、秋人は理解する。


 あの家庭環境に学校生活も過酷であったのだとするのならば、人生のリタイアを考えてもおかしくはない。

 秋人は写真で朝日美桜を見た時から薄々とは察していた。未成年で家を出て生きていくには心の強さが必要だ。方法や手段を選ばなければなんとか生きていくことはできる。

 しかし、彼女がそこまでして生きることに意味を見出せるとは思えなかった。



「いなくなったのは三日前の五月二日。普通に高校に通って下校するところまで確認してるけど、そこからの足どりがないのよね。明らかに人気のない場所、目撃されない場所へ向かってるわ。公共機関も使った形跡がないから、徒歩で向かえる範囲で可能性が高い場所何ヵ所か送るから動きなさい」

「ちょっと待て。普通に高校通って、"帰宅ついでにちょっくら死のうかな"なんて不自然じゃないか? 飛び込みでも飛び降りでもないのなら死ぬ為に道具だって必要だろ?」


 見通しに対して疑問を程するが、電話越しでさぞ面倒臭そうにため息をつかれる。


「精神やられてる人間なんていつ死のうとするかなんてわからないわよ。"ああ、今日は天気がいいから死のう"なんてスキップしながら逝っちゃう人だっているんだから。それに大層な道具なんかなくても、ロープとネット情報さえあれば簡単に死ねちゃう時代よ」

「いや、まあ。確かにそうかもしれんけど……」と秋人は口籠もる。



「もちろん事件に巻き込まれた可能性もあるわ。下校中に拉致された。もしくは誰かに人気のない場所に呼び出されてそのまま……とかね。でも、その可能性は低いわね」

「根拠は?」

「勘よ」

 

 ここまで自分の疑問に関して捲し立てられつつも説明をされてきたが、ここにきて急に直感を突きつけられたことに秋人は少し戸惑う。


「あんたも写真見た時なんとなく感じとったでしょ? "ああ、この娘もうこの世界に希望なんてないんだな"って。そういう感覚的なものって結構当たるものなのよ」

「……わかったよ。とりあえずお前の指示に従う。捜索場所送ってくれ」


 秋人が言うと三秒もしない内にメールが入る。電話は繋げたまま、メールを確認していくと段々と秋人の顔が曇っていく。


「おい……これほぼ山じゃねえか?」

「そうね、山よ」


 澄んだ声で返ってくる。

 無言の抵抗と言わんばかりに秋人は押し黙るが、坂崎は反抗は認めず追い込みにかかる。


「じゃあ、あのゴリラと捜索場所変わる? あっちは川付近よ。あいつのことだから、今ごろ素潜りで川に流されながら下流の方まで探してるんじゃない?」

「……山でいいです」


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