第1話②

 梅雨入り前、木津川で地域の大学や府の芸術部門と連携した花火大会が開かれることになった。テレビやネットでも広告がうたれて、当日は見物人で木津川の周辺がごった返しになった。



 昔、山城国と呼ばれた地域一帯も、現在は田園と住宅と寺社が混在して古今が入り混じる土地になっている。そんな地域のとある山にて。

 近場の大学に通う学生四人――ヤガミ、ユースケ、マサミ、キョウコ――はSNSで見つけた穴場スポットにやってきていた。

 そこは山の中腹にある神社。廃墟同然の荒れ具合で名前さえもわからない。


「ここだ。この先にあるくぼ地にできた池が目的地だ」


 ヤガミが意気揚々とそう紹介した。


「雰囲気あるね。ね、ユースケ。ビビってるでしょ?」

「ビビッてないって……」


 ユースケを茶化したマサミは寂れた神社をスマホで撮影した。物珍しいから、『面白いものフォルダ』に保存するつもりだった。

 気を紛らわせようと、わざとらしくユースケはヤガミに声をかけた。


「誰もいないマジの穴場だな。こんな花火スポットをよく見付けたよ。な、ヤガミ?」

「あ? ああ……。ちょっと黙ってて」


 ヤガミは動画の自撮りを始めた。


「こんばんは~。ヤガミでーす」


 スマホをぐるりと回して、ヤガミは他三人を順繰りに映す。動画を撮るなんて聞かされていない三人は困惑の表情を浮かべる。


「今回は仲間もいま~す。まずはビビりのユースケ」

「おい、何撮ってんだよ。ていうか、ここってどういう――」

「はい、次―。同じゼミの紅一点、マサミですっ」

「ちょっと。撮影許可撮ってよね」


 絡んでくるヤガミを鬱陶しく思ったマサミは、ヤガミに先回りして友達のキョウコの前を陣取った。人付き合いが苦手なキョウコはヤガミの調子に乗ったノリが苦手で、マサミがよく庇っていたのだ。

 マサミの心配は的中し、神社の朽ちた鳥居を観察していたキョウコにヤガミがスマホを向けた。


「じゃ、最後にこの子。マサミのお友達でキョウコちゃん。ね、そんなの見てて楽しい?」

「え。えっと……こ、この神社の名前がわからないかなって」

「あーそう。そんなのどうでもよくね?」

「ヤガミうるさい。ていうか、なんで動画回してるのよ。何か裏があるんじゃない?」

「はいはい。口うるさいお姉ちゃんが未来の民俗学博士をお守りするんですね」


 二人のいつものやり取りを尻目にして、キョウコは鳥居やその周囲をよく観察する。その様子は真剣で周囲の音など気にしていない。


「ここ……地域の地図にも載ってなかった。一体、どうして……?」


 メンバーの紹介を終えたヤガミがスマホのカメラを自分に向けた。


「今日は知る人ぞ知る怪奇スポット、『おたけび神社』にやって来ました~」


 急にわざとらしい小声になったヤガミの言葉に、ユースケが敏感に反応した。


「おい。怪奇スポットってなんだよ。花火を観に行くんじゃなかったのかよ」

「花火も観れるよ。けど、ここは花火の穴場スポットじゃなくて、誰も近付かない都市伝説『おたけび神社』の聖地なのさ」

「そ、そんな話聞いてないぞ!」

「当たり前だろ。今回の企画はホラードッキリ&怪奇現象の検証動画なんだから」

「そんなことだろうとは思ったけどさ。なんであたしらが下らない認知度ゼロ動画に協力しなきゃなんないのよ。花火大会の会場に行った方が良かった」

「行けるのかなぁ~? マサミの大事な大事なお友達のキョウコちゃんは人混みが苦手なんだろう。だから、穴場スポットって話にも乗ってきたんだろ?」

「……ホント、最悪。あんた、更にムカつく奴になったね」

「失恋を経て成長したのかも。今は動画の方が大事だけど。ここはカットだな」


 そう言ったヤガミがずかずかと遠慮なしに鳥居をくぐって、三人の方に振り返って肩を竦める。


「ほら、行こうぜ。花火もしっかり見れるのはリサーチ済みだからいいじゃないか。ちょっと撮影に協力して、絶叫して、楽しく皆で花火観ようじゃない」


 それだけ言い残して、ヤガミはスマホを左右に振りながら先を進んでいく。

その身勝手さにマサミが呆れたと言わんばかりに頭を振る。


「はぁ……。ホント、子供なんだから」

「……その、マサミ。あんま気にすんなよ」

「は? 何が?」

「いや、その。お前ら……。オレ、ヤガミを追うから。遅れないようにな!」


 歯切れの悪いユースケはそれだけ言い残して足早にヤガミの後を追う。

 溜まった不満にマサミは溜息を吐いた。


「……何今の。あたしがヤガミと付き合ってたとか思ってんの? あのバカを振っただけだっての」

「マサミとヤガミ君、一時いっとき噂になってたから。それに最初は好きだったでしょ」

「今それ言わないでよ、キョウコ。自分の見る目がないって嫌になるから」


 キョウコはその言葉に小さな笑みを零す。


「また同じこと言ってる」

「……言ったな~!」


 声を弾ませたマサミがキョウコの脇腹をくすぐる。

 わちゃわちゃとじゃれあっていたキョウコだが、さっと表情を暗くしてここに来る原因となったことを謝罪する。


「マサミ、ごめんね。私のせいで」

「気にしなさんなって。バカの言う事なんだから。キョウコはあたしの目、あたしはキョウコの体だしね」


 マサミの言葉にキョウコはかすかにはにかんだ。


「で。もしかして神社への興味だけじゃなく、見えちゃった?」


 キョウコは所謂“見えるタイプ”だった。自分が見えているものが何かわからないけれど、それは他人には見えないものらしく、見えた時にはマサミを頼りにしていた。マサミはキョウコを怖がらず、一緒に居てくれるから。

 自称霊感ゼロのマサミはキョウコのその体質を面白がっていて、度々それを利用していた。彼女の『面白いものフォルダ』にはキョウコと一緒に遭遇した怪奇写真が多く残されている。


「うん。ここ、ヤバそう」

「マジかぁ。でも、どほっとく訳にもいかないしなぁ……しゃーない。行こっか」

「うん」


 二人も神社に足を踏み入れた。

 荒れた境内を進んでいると、崩れた本殿の裏に男子らが立ち止まっているのを発見する。マサミは言葉も発さないで何かを凝視しているユースケとヤガミに声を掛ける。

 

「ねえ、二人とも何してるの。何かあるの?」

「……やっと来たのかよ。見ろよ、これ」


 ヤガミが促した先には、道を塞ぐように立て札が打ちつけられていた。二人はこれを見て固まっていたようだ。

 顔色が悪いユースケが固い口を開いた。


「な、何かこれ。ここから先には進むなって感じがして……」

「バカ言うんじゃねえよ。ただの立て札だろ」

「お前だってずっと見てたじゃないか」

「俺は何か書いてあるから、読めそうなキョウコちゃんを待ってたんだよ。動画撮ってんだから書いてる内容がわかった方がいいだろ」


 強がりをのべるヤガミがマサミの後ろにいたキョウコを無理やり引っ張り出した。


「キョウコちゃん、これ読んでくれよ。読めるだろ?」

「あぅ、あ。ち、ちょっとま、待って……」


 ヤガミにビクつきながらもキョウコは立て札を観察する。

 立て札は相当に古いものらしく、苔が生えていたり雨で腐っている箇所もあった。それでも何かが書かれているのは確認できた。ミミズが這ったようにしか見えない文字らしきもの。それは簡潔な内容だった。


「『龍之鳥池入るべからず』……」


 怯え表情から一変して、真剣な顔つきになったキョウコは立て札の裏に回って――立て札の向こう側に行ってしまったけれど集中していて気づいていない――、裏面も確認する。


「……」

「なあ、立て札越えちゃってるけど」

「シッ。キョウコが集中してるんだから黙ってなさい」

「おい、読めんのかよ?」


 痺れを切らしたヤガミの言葉にキョウコは頷きを返す。


「うん。これ、警告文だ。表に、この先へ入るのは危険だから止めろって書いてる」

「そ、それって熊でも出るんじゃ」

「まさか雄叫びの正体は熊だっていうんじゃないよな。そんなの面白くないぞ」

「ね、表にってことは裏には別のことが書いてあるの?」

「あ、そ、それは……えと」


 マサミの疑問にキョウコは言うかどうか躊躇いを見せたが、言い逃れる言葉が見つからずに観念した。


「その、《怪物が棲む》って。他は掠れちゃってて読めない」


 怪物が棲む。キョウコが放ったその言葉に、他三人は別々の反応を示した。

 ユースケの顔色が更に悪くなり、周囲を執拗に気にしだした。怪物を撮影すると意気込むヤガミがスマホに向かって熱心に決意表明していた。マサミはキョウコと行動することが多いので慣れた顔で小さく頷いた。


「よっしゃ! さっさと先に進もうぜ。怪物なんて撮れたら絶対話題になるぞ」

「お、おい。ホントに行くのかよ? 花火は別にこの先じゃなくても観れるだろ。おい、ヤガミ」

「怪物なんて言われたらちょっと興味湧いちゃった。あたしたちも行こ」

「うん」

「おい! お前ら、置いてくなよ……!」


 立て札の警告を無視して、四人は道の先を行く。

 それぞれスマホのライトで足場を照らす。池に続くと思われる山道は獣道同然で、はぐれないように四人は自然と固まって歩いた。


「そういえばさ。神社の池にどうして怪物が棲むんだろうね」


 不意にマサミがそんな疑問を投げかけた。


「は? それがどうしたんだよ」

「だって怪物なんて物騒で悪そうなの、神社なら神様が追い払ったお話が残ってそうじゃない? 立ち入り禁止の立て札で封印までして、むしろ怪物の方が偉いって感じ」

「多分、逆なんだと思う」


 キョウコがおずおずと話し出した。


「神社の裏にある池に怪物が棲むようになったんじゃなくて、怪物の居る池の前に神社を建てたんだよ。その池の怪物を神様にして遠ざけるために。たとえば池そのものを神様にしたのかも。災害とか、とにかく悪いものの原因だと思って……」

「悪いものの原因ね。それが池の怪物で、雄叫びの正体ってことかな?」

「! 下らないこと話してんなよ、見えてきたぜ」


 四人は龍之鳥池に到着した。

 四人は気付ていなかった。

 龍之鳥池を囲むように並ぶ、最終通告の立て札の数々に。



            《龍之鳥池入るべからず》

             《神聖侵すべからず》

             《怪物が棲む池なり》

               《去るべし》

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