第43話

「シャーリー、すまない。やり過ぎた……」


フレッドがしょんぼりとしながらわたくしに謝罪をする。侍女達の視線が冷たい。


「良いの。わたくしも嬉しかったから」


結局、身体が動かなくてお母様について行く事は出来なかった。エリザベスが心配だから、通信をしたいんだけど……起き上がる事すら困難だ。


お母様が様子を見てきて下さるそうだから、待っておく方が良いかしら。


「奥様は旦那様に甘過ぎますわ!」


「そうですよ! 奥様は繊細な方なんです! 体力お化けの旦那様と一緒にしないで下さい!」


「面目ない……」


侍女達に叱られるフレッドがなんだか可愛い。昨日はあんなに侍女達に怯えられていたのに、今日は叱られている。


なんだかおかしくなって、クスクスと笑ってしまった。すると、フレッドも侍女達も目を見開いている。


「シャーリー……可愛い……」


「本当ですわ。なんて愛らしいのでしょう」


「しばらく2人にしてくれ」


「なりません。これ以上奥様を疲れさせてはいけません」


「うっ……」


「奥様は常識がおありですから、我々が居れば旦那様が迫っても止めて下さいます。ですが、2人きりにしてしまえば、また奥様が疲労してしまわれますわ」


フレッドと、侍女達が揉めている。


「あ、あの……!」


「どうした? シャーリー」


「どうされました? 奥様!」


フレッドと結婚してからは、いつもみんなが優しくしてくれる。ご飯だって美味しいし、ご機嫌を伺わなくても良い。


「フレッドは大好きだけど、今は少し休みたいわ」


こんな風に、自分の意思で発言できる。以前は、いかに姉や両親の機嫌を取るかしか考えてなかった。だって、わたくしが泣いても、喚いても、誰も聞いてくれないのだもの。先生やエリザベスのおかげで少しは話せるようになったけど、フレッドと結婚したら会話の前に悩まなくて良くなった。


今はみんながちゃんとわたくしの話を聞いてくれる。違う事は違うと教えてくれるし、認めてくれる時は認めてくれる。否定する時も、怒鳴ったり食事抜きだと脅したりしない。


だから、自分の意思で話せるようになった。フレッドに一目惚れしてフレッドの事しか考えずに結婚したけど、優しい家族が出来た。使用人も、みんなわたくしを大事にしてくれる。


前だったら、こんな風に言えば姉が怒って食事は抜かれていた。今はそんな事ない。


「分かった。オレは出て行った方が良いか?」


フレッドが寂しそうにしてる。そんな顔されたら、愛しくなってしまう。だけど、さすがにこれ以上は身体がもたない。


「一緒に居たいわ。だけど、身体がつらいから何もしないで欲しいの」


「……分かった。何もしない。約束する」


「2人きりにしてくれる?」


「承知しました。奥様、見事でございますわ」


侍女達は、ニコニコ笑いながら出て行った。フレッドは、そっとわたくしの頭を撫でてくれた。


「これくらいなら良いか?」


「ええ、ありがとう。ねぇフレッド……わたくし、とっても幸せよ」


「ああ、オレも幸せだ」


「こんなに幸せなのは、フレッドを紹介してくれたエリザベスのおかげなのよね。なのにわたくしは……エリザベスの助けになれない」


昨日からずっと、王太子殿下のお言葉が頭から離れない。


「エリザベス様はシャーリーを犠牲にしてまで自分の事を考えるお方か?」


「いいえ。エリザベスはそんな人じゃないわ。先生に相談役を頼めたのに、大事な生徒が居るだろうからって頼まなかった」


「なら、シャーリーが相談役になる事を望むとは思えない」


わたくしは、ハッとした。確かにフレッドの言う通りだ。


「そうね。フレッドの言う通りだわ」


「当事者であるエリザベス様もシャーリーも望んでいないのに、どうしてそんなにシャーリーに拘るんだろうな。シャーリー、王太子殿下に何を言われた?」


「エリザベスが心配ではないのか。親友のわたくしが支えてあげるべきだって仰ってたわ」


その瞬間、フレッドから殺気が溢れた。侍女が居なくて良かった。わたくしは平気だけど、みんなは怯えてしまうもの。


「へぇ……。エリザベス様は王太子殿下の妻なのに……シャーリーに支えろと言うのか……」


フレッドは低い声で何かを呟いている。だけど、声が小さ過ぎで聞こえない。


「ねぇフレッド、エリザベスは何かトラブルに巻き込まれているの? 茶会の時は、そんな話一切聞かなかったんだけど……。もしかして、わたくしに言えない悩みがあったのかしら? お茶会ではお互い惚気話ばっかりしてるのよね。嫌な事があればお互い愚痴は言うけど、そんなに悩んでるようには見えなかったの」


「気になるか?」


「ええ、気になるわ。心配なの。わたくし、あんなにエリザベスと話してたのに気が付かなかったのかしら……」


「安心して。内緒でカールに調べて貰ってる。けど、父上や母上にも言っては駄目。出来る?」


「出来るわ!」


「オレ達で調べるから、シャーリはしばらく王城に行かずに大人しくしておいてくれ。別棟に行く時はオレが連れて行く。もちろん、エリザベス様との会話は聞かないから安心してくれ。オレが不在の時に誰が来ても、絶対屋敷を出ないで欲しい。出来るか?」


「分かったわ。でも、どうして?」


フレッドは、今まで見た事がないくらい悲痛な顔をして、わたくしに向き直った。


【フレッド視点】


「確認なんだが、シャーリーはオレが辺境伯でなくても妻でいてくれるか?」


「そんなの、当然じゃない。辺境伯だからフレッドを好きになった訳ではないわ!」


迷いなく、真っ直ぐオレを見つめながら言い切るシャーリー。


「シャーリー……そうか……そうだよな。シャーリーはオレと一緒なら岩穴に住んでも構わないんだったね」


「なっ! なんで知ってるのよ!!!」


可愛い妻の頬が真っ赤に染まる。

ああ、なんて可憐なんだろう。こんな表情を見せてくれるのはオレだけにして欲しい。いっそ、どこかに閉じ込めてしまいたい。


「エリザベス様が教えてくれたんだよ。シャーリーと結婚してすぐに攫われた事があっただろう? その時教えて貰った」


「もう! エリザベスってば! 確かに言ったけど、フレッドに知られるとは思わなかったわ」


「……今も、その気持ちは変わらない?」


辺境伯夫人になったシャーリーは、今までのように予算の計算をする必要もなく、大量のアクセサリーやドレスを所持している。オレが贈った物が大半だが、シャーリー自身も事業を行っており制作した試作品などを夜会に着て行く事も多い。


本当は、全てオレが贈る物でシャーリーを飾り立てたい。だけど、あまり束縛すると嫌われるとクリストファーが脅すから、我慢している。


結婚前と違い、たくさんのものを手に入れたシャーリー。それは、多くの人にとって手放し難いものの筈だ。オレが辺境伯だから、シャーリーがその妻だから……現在の地位を手放せば全て失ってしまうものだ。


今のシャーリーは、オレと岩穴に住んでも構わないと思うのだろうか。もし、嫌だと言うなら……ドロリとした独占欲が身体中を駆け巡る。あちこちからシャーリーを奪おうとする男達。


イライラしたオレは、自分勝手な気持ちに囚われていた。


いっそ、シャーリーを表に出さなければ良いじゃないか。オレの事を疑わない純粋な妻。心配だからと言えば素直に屋敷に篭ってくれるだろう。


そのまま、ずっと屋敷から出さなければ良い……。


そんな自分勝手な気持ちは、シャーリーが満面の笑みを浮かべてオレに抱きついて来たから、消え去った。


「当たり前でしょ! フレッドが辺境伯でなくても、平民になっても、罪人になったってついて行くわ! フレッドが平民になったらゼロから2人で商会をやるのも良いわね! フレッドが罪人になるなんて、絶対何かの陰謀なんだから拘束されたら助け出す方法を考えるし、それが無理で処刑される事になるならわたくしも一緒に処刑されるわ」


事もなげに言う妻にゾッとした。

シャーリーが……オレのせいで……死ぬ?


そんな未来、絶対に受け入れらない。


今までの物騒な考えを捨てる。

シャーリーに嫌われるかもしれないと渡せなかった物。今こそ渡しておくべきではないか?


大丈夫、シャーリーはオレを嫌ったりしない。


「シャーリー、今まで渡せなかった物があるんだ。嫌じゃなければ受け取ってくれないか? もちろん、嫌なら受け取らなくて良い」


「フレッドからの贈り物は、全て宝物よ!」


「……そう言ってくれるのは嬉しいんだが、クリストファーにはやめておけと言われた物なんだ……束縛しすぎだと叱られた」


「そうなの? 大丈夫よ! 嫌なら嫌って言うわ。フレッドは、わたくしが嫌だって言った事はしないもの。だから、安心して教えて? こんな事言ってくるって事は、必要だと思っているんでしょう?」


妻の信頼が重く、心地良い。


こんなシャーリーだから、オレは自信を持って歩いていける。愛しい妻を抱き締めて、溜まりに溜まった秘密の贈り物を打ち明けた。

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