第42話【エリザベス視点】
「お久しぶりです。王妃様」
優雅に笑う前ドゥイエ伯爵夫人は、確実に怒っておられた。
「……き、急にどうしたのかしら?」
「あら? いつ来ても構わないと仰ったのは王妃様でしょう? それとも、過去の誓いなんてお忘れになってしまったのかしら?」
王妃であるお義母様にこんな態度を取れるご夫人をわたくしは知らない。
それだけで、どれほどの非常事態か分かる。
「エリザベス様、はじめまして。いつも娘がお世話になっておりますわ」
彼女の産んだ子どもは2人。フレッド様と、カール様だけ。娘は産んでいない。つまり、彼女の言う娘とはシャーリーの事だ。
良かったわね。シャーリー。貴女を大事にしてくれるお母様が出来たのね。
「はじめまして。エリザベスですわ。シャーリーとは仲良くさせて頂いております」
「ええ、存じております。シャーリーはエリザベス様の事をとても大切に思っておりますわ」
表面上は穏やかな語らい。だけど彼女はわたくしに、いや、王家に疑いを持っている。
当然ね。
辺境伯の宝物を奪おうとしたんですもの。あの人はここに居ない。国王陛下に、謹慎を言い渡されて部屋に居る。
どうしてあんな事をしたのか、何度聞いても教えてくれない。シャーリーが断ってくれて良かった。でないと、フレッド様がどれだけお怒りになるか……。我が家の領地のほとんどは海に面している。陸続きの国境を守れる辺境伯は現在はフレッド様だけ。彼の圧倒的な強さのおかげで、戦争にならず平和に過ごせている。
そんな事も分からないなんて思えない。一体どうなっているの?
フレッド様は王家に忠実なお方。
だから、何をしても良いと思ったの?
そんな事ない。フレッド様だって意思のある人間。フレッド様がシャーリーを溺愛しているのは分かっていたでしょうに。
わたくしはシャーリーを相談役に欲しいなんて思ってない。確かに、会える時間は短いし辺境伯の屋敷は通信魔法も出来ないから気軽には話せない。でも、それは王城も同じ。わたくしは特別な魔道具を与えられているからどこでも魔法が使えるけど……。
魔道具を与えられるのは、王族と……王族に尽くしたと認められる者だけ。サリバン先生は魔道具をお持ちだから、いつでもお話が出来る。まさか、それが理由?
確かにいつでもシャーリーと話せれば良いけど、それだけの為にフレッド様を怒らせるなんて……。いや、それは違うかしら。もしわたくしの為なら、わたくしが嫌だと言った時点で諦めて下さる筈。
シャーリーはフレッド様の側に居るのがいちばん幸せなのよ。岩穴に住んでも構わないなんて思うほど好きな方なのに、引き離す事なんて出来ない。
あんなに苦労していたシャーリーがやっと掴んだ幸せなのに。
通いで相談役の仕事が出来る訳ない。通いで良いとか、休みがあるとか嘘ばっかり吐いてシャーリーを誘おうとするなんて……どうしてよ……。
何度も駄目だと訴えた、シャーリーとは友達のままでいたいと言った。それに、フレッド様がお怒りになるとも言ったのに、あの人は鼻で笑った。必ずシャーリーをわたくしの相談役にすると言って出て行ってしまった。
そんなに、わたくしは頼りないのかしら。
シャーリーを付けないといけないと思われる程、王太子妃として不足があったの?
それとも……何か別の理由でシャーリーが必要なの? わたくしではいけないの?
夫の意図が全く分からない。
心の奥を悟られないように、笑顔の仮面を被る。彼女は間違いなく王家を探りに来ている。シャーリーを奪おうとした王家に疑いを持っているに決まっている。
これ以上辺境伯の機嫌を損ねる事はあってはならない。既に、シャーリーを相談役にと望んだ事で王家の印象は最悪だ。でないと、前辺境夫婦が揃って王城に現れるなんてあり得ない。彼らは王家に釘を刺しに来たのだ。
「嬉しいですわ。これからもシャーリーと仲良くしたいと思っております。たまにシャーリーと2人きりで行う茶会は、わたくしの息抜きなんですの。今まで通り、辺境伯夫人のシャーリーと交流を深めたいですわ」
シャーリーを相談役にするつもりはない。彼女は辺境伯夫人なんだから。
わたくしの言外の訴えは、届いたようだ。彼女を纏う圧がなくなり、穏やかな笑みを浮かべていらっしゃる。
「エリザベス様は今まで通りのお付き合いをお望みなのですね。嬉しいですわ。シャーリーに伝えておきますわね」
わたくしの意思は伝わったのだろう。良かった。最悪の事態は、避けられそうだ。
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