第35話

「はぁ……フレッドが居ないだけでこんなに寂しいなんて……」


フレッドと結婚して色々な事があったけど、最近は周りにも認められて、平穏な日々を送っていた。


つい、1ヶ月前までは。


隣国と小競り合いが起き、フレッドは国境を守る為に前線に立っている。わたくし達も、民と領地を守る為に必死で働いた。


起きている間は常に気を張っていた、いや、眠る時も気が抜けなかった。お義母様や義理の妹と一緒に必死で情報収集をし、屋敷の内外に指示を飛ばした。睡眠もソファなどで仮眠を取るだけ。だから、フレッドの居ない寂しさを考えなくてよかった。


家族は心配してゆっくり寝るように言ってくれたけど、みんな同じくらい寝ていないし、休んでいない。わたくしだけゆっくりベッドで休む気にはなれなかった。


どうにか平和条約が結ばれたのが先週。しばらくは侵略を心配しなくて良い。我が国の損害は少なく、フレッド達は大きな怪我もなく無事に帰って来る予定だ。


だが、帰って来るまでには1週間はかかる。帰って来るのは、明日か、明後日だろうか。フレッドに会えない日々が寂しくて仕方ない。


「……会いたい……な」


1ヶ月ぶりに夫婦の寝室に入って驚いた。埃一つなく整えられている。あんなに過酷な状況だったのに、侍女達は寝室を整え続けてくれていたのだと思うと嬉しかった。


「フレッド……」


ベッドに横たわり愛しい夫の名を呼ぶ。


せめて声を聞きたい。だけど、情報漏洩を防ぐ為にこの屋敷は全ての魔法が無効になるように設計されている。当然、通信魔法も出来ない。


連絡は、ゲートのある別棟で行う。

平和な時は、別棟でエリザベスとおしゃべりしたりもしていたんだけど、今は非常時。


別棟は、屋敷よりたくさんの人が出入りする。万が一スパイが潜んでいた場合わたくしは確実に狙われる。わたくしがフレッドの弱点であると誰もが知っているし、お義母様達のように身も守る術もない。


だから、わたくしは安全な場所にしか行かない。本当なら、今すぐフレッドの所へ行きたいし、せめて魔法で声が聞きたい。だけど、それは許されない。


だってフレッドはみんなのリーダー。兵士は魔法が使えない者も多い。部下が家族と話す事を我慢しているのに、上司であるフレッドがわたくしと話していたら士気に関わる。


フレッドはそう言って、出かける前に何度もわたくしを抱き締めてくれた。話せないけど、ずっとわたくしの事を想っていると。それなのに、わたくしは寂しくて泣いてしまった。辺境伯であるフレッドと結婚したのだから、こんな事があると覚悟しておかないといけなかったのに。


なんとか涙を止めて、みんなの前ではしっかりとフレッドを見送る事ができたけど、戦場に向かうフレッドに余計な心配をかけてしまった。


「駄目よ。しっかりしないと。わたくしは辺境伯夫人なのだから」


そう呟いてみても、どうしても心は晴れない。そんな時、城から連絡が来た。


「シャーリー、城からお呼びがかかったわ。ゲートで王城に行って来てくれる?」


「今からですか?」


「そうよ。平和条約が結ばれたから、交流をしたいと隣国から申し出があったそうよ。簡単な茶会をするから、1時間後に来てくれって言われたわ。わたくしとミリィはフレッド達が帰って来るまでここから離れられない。男達はみんな前線に出ているわ。心苦しいけど、シャーリーに頼むしかないの。こんなに早いタイミングで交流の申し出があるなんて、なんだか作為的なものを感じるけど……行かない訳にいかないわ。いい? くれぐれも気をつけて。1人にならないようにしなさいね」


「承知しました。エリザベス様から離れないように致しますね」


「そうね。それが良いわ。茶会が終わったら、失礼にならない程度に早く帰ってらっしゃいね。さ、みんな、急いでシャーリーの準備をお願い!」


「「「はいっ!」」」


最近は忙しくて最低限の身だしなみしか整えていなかった。たっぷりの花を浮かべた湯船に浸かり、全身を整えられて久しぶりにドレスアップする。


「相変わらずお美しいですわ!」


「本当に! 可憐な薔薇のようです!」


わたくしは成長し、少しだけ女性らしい身体つきになった。おかげで、以前は似合わなかった大人びたドレスも似合うようになったのが嬉しい。フレッドがしょっちゅう贈り物をしてくれるおかげで、ドレスや宝石には困っていない。


どれもとても大切なものだ。自分で買った物は手放せても、フレッドからの贈り物は手放せない。


普段は侍女任せなのでわたくしが買った物とフレッドからの贈り物を両方身に付ける事が多いけど、今回だけは寂しくて全てフレッドからの贈り物で揃えて貰った。フレッドは居なくても、存在を感じられるだけで心強くなれる。


髪飾りは、フレッドが出かける直前に贈ってくれた物だ。フレッドはわたくしが何を身に付けても似合うと褒めてくれるから、きちんと似合っているか分からないのが困るんだけど……ああもう! ついついフレッドの事ばかり考えてしまう。


「もうすぐ旦那様が帰って来られます。だから、元気を出して下さいませ」


「ええ、ありがとう」


侍女達に心配をかけてしまってはいけないわ。彼女達は優しくて、いつも嬉しそうにわたくしの世話をしてくれる。


フレッドの影響か、わたくしを褒め過ぎてるんじゃないかと思う事はあるけどそれも嬉しい。わたくしはフレッドと結婚して、たくさんの優しさを手に入れた。


彼女達の為にも、しっかり辺境を守らないと。


わたくしは気を引き締めて、ゲートで王城へ向かった。

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