第34話 愛しい妻の為に【フレッド視点】
「フレッド……どうして騎士服を着ているの?」
愛する妻は、本当に騎士服が好きだったらしい。真っ赤な顔で目を潤ませながらオレを見つめるシャーリーはとても美しく理性が擦り切れそうだ。
だが、借り物を汚す訳にはいかない。オレは平静を装ってシャーリーに話しかけた。
「やっぱりこの服が好きなんだね。この間仕事を手伝った報酬に1日だけ貸してもらったんだ」
「この間って、騎士団の訓練に行った時の?」
「そう、新兵の為に騎士団長と模擬戦をしたんだ。オレの剣は乱暴だから、騎士同士の戦いとは違うものを見せたかったらしい。以前から何度も頼まれてたんだけど、面倒だから断っていたんだ。けど、シャーリーがそんなに喜んでくれたなら受けて良かったよ」
「そのっ……どうして……知ってるの? わたくしが、フレッドの騎士服が好きだって……」
シャーリーは更に顔を赤くして俯いてしまった。
「どうしてもオレを引っ張り出したかった王太子妃様が騎士団長に耳打ちしたらしい」
エリザベス様から伺った時は半信半疑だったが、よく思い出してみるとシャーリーを助け出したとき最初に言った言葉は何故騎士服を着ているのか。だった気がする。
まさか、騎士服を着たオレを気に入っていたとは思わなかった。余程好きなんだろう。シャーリーは顔を背けながらもチラチラとオレを見ようとしている。動きが小動物のようで可愛らしい。
膝に乗せると、真っ赤な顔でオレの腕の中にすっぽり収まってしまった。こんなに華奢なのに、シャーリーの内面はとてもしっかりしている。そのギャップが良いのか、うちの家族は全員シャーリーに陥落してしまった。辺境を守る兵士たちもシャーリーを女神のように崇めている。
オレの妻を見るなと思うが、シャーリーは一生懸命辺境伯夫人の役割を果たそうとしているのだからそんな事は言えない。
たまに、嫉妬心で狂いそうになる事がある。
「フレッド、模擬戦をしたの?」
「ああ、そういえばシャーリーには言ってなかったか?」
「聞いてませんわ! 見に行きたかったのに……」
こんな時。だな。
シャーリーは心底残念そうにしている。
分かっている。オレの剣術を見たかっただけだ。
だが、オレの剣は騎士のように綺麗なものではない。敵を容赦なく潰す為だけに磨いてきた剣術だ。辺境は、いざこざも起きやすい。圧倒的な力を見せつければ諍いは減る。だからオレは、誰よりも鍛錬をしたし、美しさなんて欠片もない獣のような戦い方を身に付けた。
騎士団でオレとまともに戦えるのは騎士団長だけだ。彼はあんなに美しい剣術を使うのに、べらぼうに強い。今回の模擬戦も、本気で来いと言われていたから本気で戦ったが、一歩間違えば負けていた。本気で人間相手に剣を振るったのは久しぶりで、オレも良い勉強になった。
模擬戦で勝ったのはオレだが、新人騎士達は騎士団長の剣術に憧れを抱いているようだった。オレの剣は、どちらかというと野蛮で恐れられているといった感じだな。まぁ、辺境を守れさえすれば良いので騎士に剣術を認められなくても構わない。だが、シャーリーは別だ。
シャーリーがオレの本気の剣を見たがっているのは知っていた。でも、相手が騎士団長だからシャーリーには見せたくなかった。シャーリーは、オレを好きだと言ってくれるしその気持ちを疑う気はない。だけど、一度でもシャーリーが憧れた男とシャーリーを会わせたくなかった。夜会で会うのは仕方ないが、好き好んで騎士団に連れて行く気にはなれなかった。それに、オレの本気の剣が怖いと怯えられたら立ち直れない。
「シャーリー、そんなに模擬戦を見たかったの?」
「はい、とても見たかったですわ。フレッドの本気の剣は見た事がないのですもの」
……そうか、そうだった。シャーリーはそんな事気にする子ではなかった。騎士団長の話なんて出ない。見たかったのはオレの剣だと言う。オレはまた醜い嫉妬心でシャーリーを困らせるところだった。
嬉しくて笑みが溢れると、シャーリーの顔がみるみる赤く染まる。
「顔、真っ赤だね。そんなにこの服が良いの?」
わざとシャーリーの耳元で囁くと、涙目になりながらシャーリーがオレに縋り付いてきた。か、可愛すぎる。今すぐ押し倒したい。ダメだ。この服は返却するのだから、シャーリーとあまり触れ合いたくない。香水の匂いでも付いたら困る。
「騎士服は、フレッドに似合い過ぎますわ。同じデザインを作る訳には参りませんけど、似た型の服を作りたいくらいです」
「……なるほど。その手があったか。すぐに手配しよう」
「え、ええっ! 本当ですか?!」
何故思いつかなかったんだ。それならいつでも着られる。やはり借り物は気を遣うからな。
真っ赤になるシャーリーをいつでも見られるなんて幸せだ。
「やっぱりやめましょう! こんな素敵な姿のフレッドをいつでも見れるなんて心臓に悪いです!」
そう思っていたのに、可愛い妻にストップをかけられてしまった。仕方ない。こっそり作ってここぞという時に着るか。
「シャーリーは、本当にオレが好きなんだな」
「当然ですわ! 今更なんですの!」
「さっき、ちょっとだけ嫉妬したんだ。シャーリーは騎士団長が好みのようだから」
「もう! わたくしはフレッドしか愛しておりませんわ!」
「分かってる。けど、シャーリーに言わなかったのは、シャーリーは騎士をうっとりを見ている事が多いと聞いていたから、騎士達と関わらせたくなかったからなんだ」
正直に打ち明けると、シャーリーは小さな頬を膨らませながら訴える。まるでリスのように愛らしい。こんなに可愛い人がオレの妻になってくれて、オレにだけ愛を注いでくれる。幸せ過ぎる。シャーリーを紹介してくれたクリストファーには感謝してもしきれない。
「わたくし、確かに騎士様の逞しいお姿には憧れますけど、よそ見するような事しませんわ! フレッドを愛しておりますもの! それに、フレッドより逞しくて素敵な騎士様などいらっしゃいませんわ!」
そう言ってオレの腕に頬を擦り寄せるシャーリーは、幸せそうに笑っていた。オレしか見えていない。そんな顔をしていた。
「そうだったね。シャーリーは、そうだった。ねぇ、模擬戦を見たかったかい?」
「見たかったですわ! だって本気のフレッドの剣を見た事がないのですもの」
本気のオレの戦いが見たいのか。あんな乱暴な姿を見せても、シャーリーはオレに怯えたりしないだろうか。
「騎士団長相手なら、本気を出すしかないからね。けど、オレは騎士みたいな綺麗な戦い方をしないよ。新人達も、勝ったオレよりも騎士団長に憧れている者ばかりだったよ。オレの戦いは、醜い。シャーリーみたいな綺麗な子が見るものじゃない」
「まぁ! 何てこと言いますの! いくらフレッドでも許しませんわ!」
シャーリーが、目を吊り上げて怒っている。こんなに怒っているシャーリーを見るのは初めてだ。シャーリーが誘拐された時でも、こんなに怒っていなかった。
「ご、ごめん。やっぱり怖いよな」
必死でシャーリーに謝罪すると予想外の言葉が返ってきた。
「違います! フレッドが剣の腕をひたすら磨いたのは辺境を守る為でしょう?! お義母様から聞きましたわ! フレッドは跡取りとして幼い頃から鍛錬を欠かさなかったと! フレッドが努力を重ねて得た自分の剣術を醜いと表現するなんて、絶対許しません! 拘りのお髭を抜いてしまいますわよ!」
そう言ってオレの髭を触ろうとしたけど、しばらく迷ってシャーリーは手を引っ込めてしまった。愛する妻の怒りが収まるなら、拘りの髭を全部抜かれても構わないのだが、優しいシャーリーはそんな事は出来ないらしい。
オレが頭を撫でると、嬉しそうに擦り寄って来る。可愛い。可愛すぎる。しかも怒ったのはオレの為だなんてうちの妻はどれだけオレを夢中にさせれば気が済むんだ。
「そうだな。シャーリーの言うとおりだ。なあ、シャーリーはオレが獣のように剣を振り回していても怖くないか?」
シャーリーは怖がらない。そう確信していてもやっぱり不安で聞いてしまう。今までは人にとやかく言われてもさほど気にしなかったのに、シャーリーにだけはオレのことを気に入って欲しいと願ってしまう。
「獣は剣を振り回したりしませんわ。剣術が使えている時点で、フレッドは獣ではなく人間です。剣を生業としておきながら、フレッドの剣術を醜いなどと言う騎士は居ないと思いますけど、もし居たらわたくしが引っ叩いてやりますわ!」
そうか、オレは獣ではなく人間だ。当たり前の事なのに、散々お見合いで熊呼ばわりされていたからシャーリーの言葉が嬉しくて仕方ない。
「オレの妻は頼もしいな」
「当然です。わたくしは辺境伯夫人ですもの」
小さな身体で必死にオレと辺境を守ろうとシャーリー。愛おしさが溢れてくる。
「来月、もう一回模擬戦をして欲しいと頼まれたんだ。良かったら観に来るかい?」
「良いの?! 絶対行きますわ!」
「次は余裕で勝つから」
シャーリーに無様な姿は見せられない。鍛錬を増やして、シャーリーが憧れだと言っていた騎士団長に圧勝してやる。
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