第31話

今日はエリザベスのお家でお茶会。先生とエリザベスとわたくしの3人だけだし、エリザベスのお家からは出ないから安全なのにフレッドはわざわざ送ってくれた。


「では、私は退散しますね。夕方には迎えに来ますね」


「本日はわたくしと先生しか居ないからご安心下さいませ」


「ありがとうございますエリザベス様。じゃあな、シャーリー、ゆっくり話しておいで」


最近フレッドはいつも頭を撫でてくれるのよね。うれしいんだけど、恥ずかしいわ。……だけど、この間みたいな方を撃退するには効果的よね。


「フレッド、ありがとう」


フレッドの頬にキスをする。夫婦なら当たり前で、夜会でも見かけるんだけど、わたくしは恥ずかしくて人前ではなかなかできなかった。ふたりきりなら出来るんだけどね。


「なっ……」


フレッドはお顔が真っ赤にして、フラフラしながら帰ってしまったわ。


「シャーリー、この間から積極的ね」


「決めたの。もう二度とエレーヌ様みたいな人をフレッドに近寄らせないわ」


「やっと調子が戻ってきたわね。シャーリーは最近おとなしかったもの」


「だって、綺麗な人がいっぱいフレッドに話しかけるんだもの。自信がなくなってきてしまって……」


「フレッド様がシャーリーを離す訳ないでしょ」


「わたくしはフレッドが好きだけど、フレッドは何度もお見合いしてたでしょう。自分の方が先に出会ったんだって言われると不安なの。フレッドに見向きもしなかったのに今更何よって思うと、なんだかぐちゃぐちゃな気持ちなのよ……」


「それ、フレッド様に言った?」


「言えない……」


「言ってみたら良いじゃない」


「言えないわ! フレッドに嫌われたら立ち直れない!」


なんだか最近ぐちゃぐちゃな気持ちになる事が多い。特に、夜会に行った後はつらい。フレッドと居ると安心するから大丈夫なんだけど、離れるとすぐ嫌な気持ちになる。こんなみっともない姿、フレッドに見られたくないわ。


「わたくしだって婚約したばかりの時は、色んな令嬢に嫌味を言われたわよ。我慢もしたけど、辛い時はちゃんと相談していたわ。嫌味を言った令嬢が誰かまでは言わなかったけど、教養が足りないとか、もっと美しい令嬢が居るとかは王城に行く度に言われたわ。泣いた事だってある。あの方は、わたくしの話を聞いて下さったわ。直せる所は直して、あとは毅然としていたの。今は自信を持って王太子妃はわたくしが相応しいって言えるし、嫌味を言う令嬢も居なくなったわ。シャーリーも、自分で抱え込まずにフレッド様に相談すればいいと思うわよ。フレッド様なら、受け止めて下さるわ」


「……相談……?」


「シャーリーに足りないのは自信よ。マナーも問題ないし、所作も綺麗になったわ。あとは自信を持てば大丈夫。自信がなさそうにしているから、隙があると思って寄ってくるのよ。要注意な令嬢は教えてあげるから、その人の前だけででも自信を持った態度を取ってみて。演技力も必要よ」


「そうか……そうね。わたくし頑張るわ。それから、帰ったらちゃんとフレッドと話すわ」


わたくしが新たな決意をしたところで先生がいらっしゃって、お茶会がスタートした。


「ごきげんよう。先生、今日は楽しんで下さいね」


「ごきげんよう。招待してくれてありがとうエリザベス。素敵な会ね。茶器も菓子も、素晴らしいわ。さすが未来の王太子妃ね。シャーリーもお元気そうで良かったわ」


「ふふっ、久しぶりに先生に生徒として扱われて嬉しいですわ」


「招待状の宛名に、先生と書かれていましたからね。エリザベスはもうすぐ王太子妃でしょう。わたくしの方が格下なのだから、夜会ではこんな風に話せないわ」


「だから3人だけのお茶会を主催しましたの。わたくしもシャーリーも、たまにはあの頃のように先生と生徒に戻りたいのですわ」


「まぁ、嬉しい事を言ってくれるわね」


「わたくし、先生のおかげで変われましたもの」


「シャーリーは、人生変わったわよね」


「ええ、先生とエリザベスと会えたのはとても幸運だったわ」


フレッドに会えたのもエリザベスのおかげだもの。


「懐かしいわね。シャーリーと出会った時は泣いていてびっくりしたわ」


あの頃のわたくしは、心がギスギスしていて全く余裕がなかった。ふと、過去の事を思い出す。あの家にいた頃の事は思い出したくもないけれど、エリザベスと初めて会えた日は美しい思い出だ。そう、あの日は……。


「シャーリー様、アイリーン様はどちらですか?」


「お姉様は体調が悪く来れないとの事です。申し訳ありません」


「ではシャーリー様だけでも授業を受けませんか?」


「え……、姉が居ないのによろしいのですか?」


「シャーリー様もわたくしの生徒ですから、授業をするのは当然ですわ」


この時初めて、わたくしは先生にひとりの生徒として扱われていると知ったわ。嬉しくて気がついたら泣いていた。そこに、エリザベスが来たの。


「先生、お待たせして申し訳ありませんわ。あら? こちらがアイリーン様ですの? どうして泣かれていますの? 大丈夫ですか? こちら、お使い下さいませ」


エリザベスは、初対面のわたくしにハンカチを貸してくれたわ。


「アイリーン様は体調不良で来られないそうですわ。こちらは、一つ下の妹のシャーリー様です」


「そうなのですね。失礼しましたわ。わたくし、エリザベス・ドゥ・デミックと申しますわ。よろしくお願い致します」


挨拶をするエリザベスは、とっても優雅で美しかった。


「失礼致しました。わたくしは、シャーリー・デル・グラールと申しますわ。こちらこそよろしくお願い致します」


エリザベスをお手本にして、可能な限り優雅な所作で挨拶をする。満足そうに笑っている先生を見て、学んだ事が身についている事を実感したわ。


……この時、先生の生徒として恥ずかしくないように頑張ろうと決心して、更に必死で授業を受けた。


エリザベスとは、数回の課外授業ですっかり仲良くなった。ある程度心が通じ合わないと使えない通信魔法も、魔道具なしでできるようになって、よくおしゃべりをするようになったわ。先生が防音魔法も教えて下さったから、家族にもバレずに部屋でお話する事が出来た。


「家で嫌なことがあっても、エリザベスと話すと元気が出たわ。わたくしが強くなれたのも、先生とエリザベスのおかげよ」


「ふふっ、わたくしもあの頃は、妃教育があって参っていたの。シャーリーとのおしゃべりはとっても楽しみだったのよ」


「エリザベスは元気がなかったし、シャーリーもいつも思いつめた顔をしていたわ。あの後からね、シャーリーがわたくしを先生と嬉しそうに慕ってくれるようになったのは」


「先生からシャーリーと呼ばれた時は嬉しかったですわ」


「あの授業の時ね。授業だけじゃなくて、ずっと呼び捨てが良いって言って貰えて嬉しかったわ」


「あの授業があったから、フレッドともすぐ仲良くなれましたわ」


「仲良くどころか、即日結婚したわよね」


「あれは、クリストファー様のおかげね。賛成してくれた両親にも感謝してるわ」


「よく言うわよ。アイリーン様の為って連呼してたじゃない」


「だってフレッドを離したくなかったんだもの」


「仲が良さそうで良かったわ。わたくしの生徒はみんな幸せになって欲しいもの」


「先生は今も家庭教師をなさってるんですか?」


「ええ、今はひとりの生徒にかかりきりなの。少し手のかかる生徒だったんですけどね、最近は居眠りもせず真面目に授業を受けてくれるの。間違いを正すんだと、必死な様子は以前のシャーリーのようだわ」


「そうなんですね」


「もう少ししたら、新しい生徒を教える事も出来そうよ。ふたりはもう卒業してしまったけど、いつまでもわたくしのかわいい生徒よ」


「「先生、大好きですわ」」


楽しいお茶会は、時間ギリギリまで続いた。

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