第30話

「失礼しましたわ。エレーヌ様。ご挨拶は済みましたので戻りましたわ」


嫌そうなお顔をなさってる。以前ならこの顔に怯んでいた。でも、もう逃げない。


「フレッド、急に居なくなってごめんなさい。ご挨拶は終わったわ」


そう言って、フレッドの腕に抱きつく。フレッドはびっくりして固まってるし、エレーヌ様はますます不機嫌なお顔をされている。


こんな顔するって事は、フレッドに色目を使う気はあるみたいね。


人の夫に色目を使うなんて、下品だわ。どうしてこんな女に、遠慮していたのかしら。今までの悪い癖が出ていたわね。


譲れば、面倒にならない。そんな事ないわ。絶対にフレッドは渡さない。わたくしに足りなかったのは、フレッドの妻である覚悟ね。


「しゃ、シャーリー……どうしたんだ?」


「夫婦ですもの。これくらい普通ですわ。フレッドはお嫌?」


「いくら夫婦でも、そんなにくっついてはご迷惑ですわよ」


エレーヌ様は不機嫌そうだ。貴女には聞いてないわ。


フレッドは顔をくしゃりと歪ませ微笑み、わたくしの髪飾りに触れた。


「そんな事ありませんよ。我々は夫婦です。この程度の触れ合いは、どなたも行っておられますよ。今日はどうしたんだ? いつもは照れてくっついてくれないから嬉しいよ」


あぁ! フレッドが優しくわたくしの頭を撫でて下さいましたわ!

な、なんてかっこいいの! エレーヌ様までお顔が赤いじゃないの! 


「フレッド、そのお顔は反則ですわ……」


「ん? 何がだ?」


「も、もう良いですわ! わたくしもご挨拶があるので失礼致しますわ!」


あら? エレーヌ様が退散なさいましたわ。


「やるわね、シャーリー」


エリザベスが、王太子殿下と一緒に現れた。


「ごきげんよう。エリザベス、お誕生日おめでとう」


「エリザベス様、お誕生日おめでとうございます」


「ありがとう、今大人気の辺境伯夫妻に祝って頂けて嬉しいわ」


「……だいにんき?」


「ええ、おふたりは結婚されてから大人気よ。フレッド様はシャーリーをとても大事にしてるでしょう?」


「当然です」


「今までフレッド様を怖いと見向きもしなかった令嬢達が、シャーリーをエスコートする姿を見て素敵だと騒いでいるのを知らないの?」


「……知らなかったわ」


「シャーリー、貴方も男性に人気なのよ? フレッド様が目を光らせてるから近寄ってこないだけで」


「やはりな。貴重な情報ありがとうございますエリザベス様」


「どういたしまして。シャーリーは社交は苦手だものね。でも、情報は武器よ。例えば、とある伯爵家はお金がなくなってきていて、モテモテだった令嬢は華やかな暮らしが忘れられずに、お金のある辺境伯の愛人を狙ってる。あわよくば、妻を蹴り落とそうとしている……とかね」


エリザベスが、小声で教えてくれたわ。そう、エレーヌ様にはそんな事情があるのね。フレッドは、愛人を持たないし、妻の座を明け渡すなんてありえないわ。苦手だからと避けていてはダメね。他に優先して勉強する事があると思っていたけれど、逃げていただけかもしれないわ。


「エリザベス、わたくし社交をもっと勉強するわ」


「さすがシャーリーね。今度のお茶会で少し教えてあげるわ。先生もいらっしゃるのでしょう?」


「ええ! この間打ち合わせた通り、先生にお会いしたからお誘いしておいたわ」


「先ほどお会いして聞いたわ。招待状を送るから、ゆっくり話しましょうね。フレッド様もいらっしゃいますか?」


「参加者はどなたがいらっしゃるのですか?」


「わたくしとシャーリーと、先生だけよ」


「なら、私は送り迎えだけやりましょう。シャーリーも、たまにはゆっくり懐かしい話をしておいで」


「あら、珍しいですわね」


「男が居れば、必ず参加しますけれどね。私が居ない方がゆっくり話せるでしょう?」


フレッド……、うれしいけれどちょっと寂しいわ。


「そのかわり、帰って来た日はゆっくり2人で話そうな?」


見透かしたように小声で言うのは反則よ。


「お願いします……」


わたくしは、小声でそう答えるしかなかった。

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