第29話
「でもわたくし、最初はまったく出来ませんでしたわよね」
「そうね。でもみんな最初はそんなものよ。シャーリーは熱心で、一度教えたことはきちんと習得していたわ」
「それは、先生が録画魔法をすぐに教えて下さったからですわ」
わたくしは必死で学びましたが、なかなか身につきませんでした。そんな時、わたくしの必死な様子を察した先生が、録画魔法を教えて下さったの。
「今日は授業の前に、簡単な魔法をお教えしますわ。このような魔力の球を出して、映像と音声を記録しますの。これで、授業の復習も簡単にできますわ」
「こんなのなんの役に立つのよ!」
「アイリーン様、約束事は口約束だとトラブルの元です。この魔法で記録して証拠としますの。記録玉という魔道具がありまして、記録玉を介して録画したものは改ざんが出来ないのですわ。複製も出来ますから便利なのです。今は録画魔法だけですから、こんな風に録画したものを改ざんできます」
先生は、わたくしとお姉様を録画し、周りに花びらを散らす。とっても奇麗だわ。
「すごい! 奇麗ね!」
「そうでしょう? しかしこれを記録玉に記録すると……」
「あら、お花が消えたわ」
「このように、記録玉に記録すると改ざんできないのです。録画魔法は各々の魔力量によって記録できる時間が変わりますから、長く残したい記録などは記録玉を使うとよろしいですわ。記録玉を使って録画をすると、魔力の球は出ませんから、相手にも気づかれません。ただし、全てを録画をするのはマナー違反です。記録玉を使えなくする魔道具もありますので、内緒話などをする時には必須ですわね。貴族の寝室には大抵備えてありますわ」
「そうなのですね、どのような時ならば記録して良いのですか?」
「許可が取れれば問題ありません。アイリーン様、シャーリー様、録画魔法を使ってみてください」
「「はい、できましたわ」」
「完璧ですわ! アイリーン様とシャーリー様が、わたくしの授業を録画する事を承認しました。記録できましたか? これでわたくしの授業は全て録画して構いませんわ」
「許可が要るのですね」
「そうですね、貴族とのやりとりの場合は、許可を取ったところから記録すると安心ですね。もちろん犯罪に巻き込まれた時などの非常時は記録玉を使って問題ありませんわ。むしろそのような時は必ず記録するようにしてください。記録は、記録した本人しか取り出せませんから、記録玉が見つかっても、記録などしていないと誤魔化せばよろしいですわ。非常時以外は、こっそり録画しても証拠とはなりえませんし、卑怯な者として信頼を無くすのでご注意下さいませ」
「わかりましたわ!」
「そうだわ! シャーリーはわたくしと居る時はわたくしの事を全て記録しなさい!」
「アイリーン様、記録玉がないと全てを記録するのは難しいですわ。魔力も消費しますし、毎日記録していたらシャーリー様が倒れてしまわれます」
「シャーリーなら大丈夫よ! 先日も先生に褒められていたでしょう?」
出来るわけない。姉の顔にそう書いてあった。だけど、出来ないとまた意地悪される。
「分かりました、お姉様のご希望通りに致しますわ」
この頃のわたくしは、姉に気に入られようと必死だった。だって姉が優しくしてくれれば、両親や使用人も優しくしてくれたから。
だけど、一度姉の怒りを買うと大変だった。部屋に閉じ込められたり、食事抜きなんとこともしょっちゅうあったわ。
わたくしは、この日から姉とのやりとりを全て記録するようになった。姉は、そんな指示をした事すらすぐに忘れてしまったけれど、いつ思い出すか分からない。そんな恐怖があって、記録を止める事は出来なかった。
「あの後記録が追いつかなくなってきて、アルバイトをして記録玉を購入したの」
「わたくしが個人的にシャーリーに記録玉を差し上げるのも問題がありますしね」
先生は、姉の家庭教師だから当然だ。
「何のアルバイトをしたんだ?」
「レストランのウェイトレスよ」
フレッド? 何故顔が赤くなるのよ?!
「それは……見たかったな」
「あらあら、仲がよろしいこと。もっとお話したいけれど、お互い挨拶もあるでしょうし続きは今度に致しましょう」
「でしたら、今度エリザベスとお茶会をやりますから先生も来て下さいまし」
「良いわね。招待状を送って下さる?」
「かしこまりました。楽しみにしていますわ」
先生と別れてからご挨拶をしていると、派手な身なりの女性がフレッドに熱い視線を向けてきた。最近、こんな事が多い。フレッドは何度もお見合いを断られたと言ってけど、女性にモテている。
「フレッド様、シャーリー様 ごきげんよう」
「エレーヌ様、お久しぶりです」
最近フレッドに話しかける令嬢の1人だ。とっても可愛らしくて、いつも男性がたくさん話しかけているんだから、わざわざフレッドに近寄らないで欲しいわ。
「フレッド様! 今度わたくしのお父様が主催する夜会に来てくださいませ」
近い! 距離が近いわっ!
「光栄です。妻と一緒に伺います」
そう言って、フレッドはわたくしの腰を抱いた。
「相変わらず仲がよろしくて羨ましいですわ」
はぁ……。なんでよ、なんでわたくしが睨まれるのよ。社交は苦手なのよね。フレッドの為になんとか頑張ってはいるけど、エレーヌ様はわたくしに来るなって顔をしてらっしゃるわ。
「フレッド、フレッドだけで行かれてはいかが?」
「シャーリーが居ないなら行く意味はない」
「そうですわ! ぜひシャーリー様もお越しくださいな」
心にもない事言わないで頂きたいわ。フレッドから聞いたのよ。エレーヌ様も以前フレッドとお見合いしたって。出会った瞬間帰ってしまわれたそうじゃないの。なのになんで今になってフレッドに近寄るのよ!
ドロドロした嫌な感情が溢れ出す。
「シャーリー、どうした?」
「……なんでもないわ。エレーヌ様、わたくしご挨拶があるので失礼しますわね。フレッド、少し席を外すわ」
エレーヌ様は、嬉しそうに笑っていらっしゃるわ。これでお望みは叶ったでしょう。
「ええ、フレッド様、もう少しお話致しましょう」
「シャーリー?! 待ってくれ!」
「あら? 夫婦揃ってわたくしを放っておくおつもり?」
みっともないのは分かってるけど、無理よ。エレーヌ様はわたくしが結婚してから会う度にフレッドに相応しいのは自分だと言ってくる。
ずっと我慢してたけど、そろそろ限界。そう思って逃げようとしたわたくしに、先生がすれ違いざまに小さな声で呟かれた。
「本当に大事な人が居るなら、自ら手放すなんて馬鹿げた真似をしてはいけないわ。フレッド様が選んだのはシャーリーよ。自信を持ちなさい」
……そうだ、わたくしずっと姉に取られるのが当たり前だったけど、フレッドだけは嫌。
それに、よく考えたらエレーヌ様はどうして急にフレッドに近寄ってきたの?
エレーヌ様は、わたくしと同じ伯爵令嬢。年齢は、25歳。フレッドと同い年。あんなにモテるのに、恋人や婚約者はいらっしゃらないはず。
明らかにフレッドに媚を売っているけど、目的は不明ね。きちんと調べないと。
わたくしは、シャーリー・エル・ドゥイエ。夫に手を出す泥棒猫に、負けるわけにはいかないわ。
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