第29話 執事は笑い、僕は頭を抱える
「起立、礼」
「「「ありがとうございました」」」
教師の言葉とともに、教室に走っていた緊張するテストの空気が一瞬でなくなる。次第に近くの友人に話しかけたりと、和やかな雰囲気が流れ始める。
「来週はテストと通知表返されるのかぁ」
「私絶対補習なんだけど~」
「もーなにやってんのー」
なんと言っても来週から夏休み。
この長期休みは学生のときにしか味わえない貴重な時間。友人とプールに行ったり、小旅行に行ったり。盆踊りや花火なんかも風情があっていい。
まぁ当然僕には遊ぶ友人なんていないから、一人寂しくクーラーの効いた部屋でゲーム三昧がオチだろう。
「……」
「あっ、高田さん……」
名前を呼んでも、高田さんはこの間の件があってか、僕は完全に無視される日々。いわば嫌われる存在になってしまった。
僕としては願ったりかなったりの状況……と、言いたいところだが、実際のところもやもやする感じだ。今までぐいぐい来ていたのが急になくなると、物足りなさというか、違和感を覚える事も少なくない。
これが所謂ツンデレという事なのだろうか。
「はぁ」
「どうしたんだよ。そんなに落ち込んでさ」
僕に話しかけてきたのは畑中くん。
「いや、まぁ色々とね……」
「どうせ高田の事だろ? 最近話さねーよな。こんな事になるんだったらもっと様子見て告白すれば良かったぜ」
高田さんに振られてからも、畑中くんは何だかんだ言いながらも話しかけてくれる。最初こそ鬼の形相で僕を追いかけてはきたが、徐々に『振られるのも一種のプレイだよな』と、ドМ精神で吹っ切れたらしく、今では休み時間に軽く話す友人となった。
「まぁ今度ネットで知り合ったドSセンス抜群の女の子と合コンなんだけどな」
「切り替え早くない?」
やっぱり畑中くんと友人になるの間違いだったかな。
「んでお前は結局どうなんだ?」
「え?」
「高田の事だよ。俺に無理矢理告白させようとして、仲直りしようとしてたけど。やっぱり本当は好きなんじゃないのか?」
「だからそんなんじゃないって……多分」
「煮え切らない奴だなぁ~」
そんな事を言われても、本当に分からない。
頭では高田さんを拒否しようとしているけど、その中にはうっすら高田さんを離したくないという願望があるようにも思える。
もしかしたら、高田さん以外の女子と話さないからチョロくなってるのかも。
「あっ、そういやお前って来週の終業式終わり暇?」
「え?」
「せっかくの夏休みだからな。遊びに行こうぜ」
「あ、遊びに行く? 誰が……僕? 僕?!」
「落ち着け落ち着け」
今まで遊びに行く誘いなんて高田さん以外なかった為、思わず動揺してしまった。
しかし、この僕が夏休みの予定を聞かれる事なんて人生で一度もなかったのだから仕方がない。
「わ、分かったよ! つまり男だけでキャンプに行ったり、ゲームセンターに入り浸ったりする? いや、今時はティック特区で踊ったりするの? あっ! 今だからこそトランプとか?!」
「(……佐々木の遊ぶ認識って、なんかいかにも遊んだことが無い奴が言いそうな事ばっかりだな)まぁそれはおいおい決めよーぜ」
「う、うん!」
夢にまで見た男友達とのお出かけ。
これほど心躍る展開を僕は望んでいた!
「じゃあ終業式終わりに駅に集まってさ」
「了解! それじゃ僕は」
「その日は予定があるので無理です」
「そっかー。じゃあまた今度にするか」
「ちょいちょいちょい。僕は無理とか一言も言ってないけど」
僕と畑中くんが話している間に割って入ってきた。
その男は制服を着てはいるが、妙に大人っぽく、整った切れ目のイケメン。
「……つーかお前誰?」
「やだなー! 私ですよ私! 今日転校してきた
「佐々木、こいつ殴っていい?」
「百倍返しするドSだからやめておいた方がいいよ」
相葉さんの執事であるはずの黒井さんが、現在僕と同じ制服を着ながらヘラヘラ笑っている。
が、持杉という名の転校生はまずいないのは確かだ。
「いやーそれにしても制服って何かこう新鮮な感じで楽しいですね。この勢いで手始めにあの女子生徒をホテル連れ込んでみてもいいですかね?」
「駄目に決まってるし、そもそもあんた何しに来たんだよ!」
すると黒井さんが何かを思い出したように、ズボンのポケットからスマホの画面を見せてくる。
「リゾート?」
「はい。終業式の終わり、お嬢様は高田様とリゾートへと一週間の旅行に行きます。これがそのリゾートです」
え? 高田さんって相葉さんとそんなに仲良かったっけ?
まぁ相葉さんはただ素直じゃないだけで、高田さんと仲良くしたそうだったもんなぁ。
「佐々木様はご存じで?」
「い、一度も聞いてないです」
というかここしばらく高田さんと口すらきいていない。
それぐらい言ってくれれば……って、高田さんがどこに行こうが僕には関係ないことだろ。何を僕はメンヘラっぽい考え方になっているんだ。
「高田様は佐々木様を絶対に連れて来るなと仰っていました」
「うっ」
「どうやらお二人は現在喧嘩中との事」
「そ、それが? わざわざそんな事を伝えて、僕に何になるんですか?」
すると黒井さんはその言葉を待っていたと言わんばかりのニヤリとした表情となり、
「佐々木様にも来ていただこうかと」
「はぁ?!」
僕を巻き込む宣言をした。
「お嬢様がせっかくご友人がとの遊びに出掛けると言うのに、そのご友人が暗い顔していてはお嬢様も気が気でなりません。なので、佐々木様に一緒に来ていただいて、仲直りを」
「じょ、冗談じゃない! なんで僕が高田さんと仲直りしなくちゃならないんですか! そもそも高田さんが一方的に嫌って来ているのであって、僕には何も害はないです」
「そんな事を言って」
「あ、あの! 俺なら全然行っても大じょ」
その時、畑中くんが話の間に入って、
「本当は仲直りしたいと思っているんですよね?」
「む、無視?」
これなかった。
「いや、別に思っていないですけど」
「そうやっていつまでも意地を張っていないで。佐々木様にとっての大切な、ごく少数の、限られたご友人である高田様と二度と話さないつもりですか?」
ごく少数とかは言わなくていいとも思うが……二度とか。それはちょっと心に引っかかるものがある。
僕が悩みに悩んでいると、黒井さんは、
「それでは終業式が終わり次第、高田様にバレないよう佐々木様を迎えに行きますね」
「は? いや僕はまだ行くとは!」
「じゃあ私はこの後仕事がありますので」
そうして黒井さんは窓に足をかけると、
「それでは!」
窓の至近距離まで来ていたヘリに飛び乗り、 そのままヘリに乗って地平線の向こうへと逃げてしまった。
相葉さんはともかく、あの人が絡むとロクな事にならない気が……。
「不安だ……」
こうして、僕は人生史上最も疲れる夏休みを過ごす事を、
「フフフ。どんな目に合わせようか楽しみで仕方がありませんね……」
この時の僕は知らなかった。
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