第28話 お嬢様は誘いたい

「はぁ」


 自分の部屋から東京ドーム5つ分の広さの庭を眺めながら、ため息をつく美少女、相葉撫子。彼女の顔はどこか物足りない、悲しそうな顔をしている。


「お嬢様。夜も更けてきました。そろそろ就寝の準備はよろしいのですか?」


 部屋には一人、黒スーツを着た終始笑顔の男、黒井がいた。撫子は彼を邪魔だと言わんばかりの目で視線を送り、


「うるさい。キモい顔みせるな。ウチは今一人でいたいんや」


 と、嫌味たっぷりの言葉で男を追い出そうとする。

 しかし、黒井は撫子の執事である為、表情を変えず、終始笑顔のままだ。彼は年下の美少女に嫌味を言われたところで、怒りの感情さえ出てこない、言わば大人なのだ。だが、主人の言葉使いが気になったのか、執事は言う。


「お嬢様。それはレディが使う言葉じゃゲホッゲホッ! ねーぞ糞が。てめーに言われなくても俺だって仕事じゃなきゃてめぇなんかと一緒にいたいと思うかボケが。てかさっきからはーはーはーはーうるせーよ。それ構ってアピール? じゃあ構ってくれた相手にしかも目上に対してうるさいんはないんじゃないのかねエセ関西人ゲホッゲホッ! 失礼。喉が詰まりました」

「どんな咳やねん! 仮にも雇い主やぞ!」


 思いの外執事は癇に障っていたようだ。


「冗談はさておき。お嬢様のお悩み、私もわかります」

「ホンマか?」

「もちろんです。今だって今日の夜食は焼きそばかラーメンかでずっと悩んでいますとも」

「そんなしょうもない事と一緒にせんといてくれる?!」


 撫子の悩みはサクラの事。サクラは友達がいない撫子にとって彼女は永遠のライバルとなっている。


「高田様に連絡するのに一体何時間掛かっていると思っているのですか?」

「うっ、だってあいつはウチのライバルと言うか、宿敵と言うか……」


 中学生時代にプライドを傷つけられてから、彼女を目の敵にし、幾度となく勝負を挑んできた撫子。

 しかし! 彼女がサクラに抱いているのは憎しみでも嫌悪でもない……そう!


「遊ぶのに誘うのが怖いのであれば、電話じゃなく、メッセージ一つでも送ってみればいいじゃないですか」

「そんなんアカンわ! 直接言わなどこで遊ぶとか決めにくいやろ⁈」


 撫子はサクラと友達になりたいのだ。

 撫子は相葉財閥という超大金持ちの娘であり、彼女に集まるのはいつも家柄に惹かれた者ばかり。いつしか撫子は真の友人というものに憧れを抱いていた。そんな中現れたのがサクラだ。

 彼女は人で態度を変えない、特別視したりしない信用できる相手だ。


「じゃあさっさと電話して下さい。私も暇じゃないので」

「……」


 だが素直になれない。今まで高飛車な態度をとっていた為、今更仲良くなんてできるはずがないと撫子は思っている。


「……ま、また今度にす」

「もしもし。はい、黒井です。お嬢様に代わりますね」


 いつの間にか撫子のスマホは執事の手元にあり、返されるとそこにはサクラに電話をかけているスマホの画面に。


「黒井ぃぃぃ!?!?」

「ほらほら、早くしないと切られますよ」

「えっ? あっ、ちょっと!」

『……はい?』

「!」


 サクラは撫子の電話に出た。もう撫子に後戻りはできない。


「も、もももももしもし?」

『……撫子? 何でアタシの電話番号知ってるのよ』

「そ、それはサーバーに侵入して調べたと言いますか……」

『……まぁこの際どうでもいいわ。さっさと要件をいいなさい。アタシ今機嫌が悪いから』

「な、何やねん! その言い方は! ウチはあんたが友達おらんくて寂しくしてるかなぁーと思って電話掛けてあげたの」

『プツ。ツー、ツー』


 撫子のスマホには電話の切られた音が、ただただ虚しく流れた。


「キィィィ!! 何やねんあいつ!」

「お嬢様が煽りに反応するからですよ」

「もっかい掛け直してやる!」


 そうして撫子はサクラに再び電話を掛け、


『プルルル、プル…ガチャ。何よ?』

「ウチと勝負しろ!」


 いつも通り勝負を挑んだ。


『いきなり電話かけてきてそれ?』

「いきなりも糞もあるか! ウチはあんたに完全に勝つまで諦めへんぞ!」

『……勝負の内容は?』


 サクラが珍しく乗り気だったため、撫子は思わず動揺する。


「お、おお! 今回は素直に受け入れるんやな」

『素直とかじゃないわよ。ただちょっと憂さ晴らしに弱い者いじめするのも悪くないかなと思って』

「誰が弱い! ……まぁいい。そう言っていられるのも今のうちや!」

『フッ。それで勝負の内容は?』


 勝負。それは撫子とサクラが繰り広げていたお互いを競い合うゲームのこと。前回は料理対決で、惜しくも引き分けとなったが今回は、


「……」

『……』

「……」

『……まさか考えてな』

「んなわわわけ、あるか! でもちょっとだけ待って!」


 撫子は手でスマホを塞ぎ、サクラに声が聞こえないように。そして黒井に視線を向けると涙目で、


「どうしよ! 普通に遊びたいだけやのに変な事になった!」

「お嬢様はアホですか?」

「だってサクラが興味惹きそうなものってこれぐらいしかないし」

「素直に遊ぶでいいんじゃないのですか?」

「それはウチのプライドが許さん」

「はぁ……でしたら『夏のビーチで満喫対決とかはどうですか?」

「!」

「最近相葉財閥が買収した、海外にあるビーチ。どうやらホテルを建設する予定なのですが、工事が始めるのは9月からだとか」

「サクラ! 夏のビーチで満喫対決や!」

『はぁ? それって対決なの? てかどうやって勝敗決めるのよ』

「細かいことは気にするな! 勝敗はお互いをいかに楽しませる遊びをするかや!」

『……分かったわ。じゃあ夏休みに遊びに行くでいい?』

「あ、遊びじゃないわ! 勝負や勝負!」


 そして撫子はサクラとの勝負の細かい日にちを決め、


『それじゃあ学校終わりにアンタがヘリで迎えにきてそのままハワイに一週間滞在で決定ね』

「ちゃんと歯ブラシとか着替えも忘れたらあかんで!」


 撫子は無邪気に喜んでいた。


「全く……これぐらいいつも素直になれば可愛いのですがね」

『それじゃあ来週ね……あっ、そうだ』

「何や?」

『ハルは絶対に呼ばないで』

「え? 佐々木呼ばんて……どうしたん?」

『今喧嘩してるから。もし呼んだら殺す』

「こ、怖いこというな! でもまぁウチとしてはおってもおらんでもあんな陰キャどうでも」

『ハルの悪口言うな!』

「お前らホンマに喧嘩してるんか?!」


 こうして撫子とサクラは通話を終えた。


「ふー。とりあえず対決の日にちは決まったな」

「そうですね」

「にしてもサクラと佐々木。一体何があったんやろ」

「ふむ……しかし高田様の様子から察するに、余程嫌なことでもあったのでは?」

「まぁ呼ばんかったらええ話やろ。ウチもわざわざサクラの不機嫌な顔見たくないしな」


 そして話はひと段落終え、次の話では主人公抜きで進められることに、


「不機嫌な顔ですか……面白い」


 なるはずがない。

 何故ならこの執事、


「お嬢様。当日は対決の準備を兼ねて、現地までは別行動させていただきますね」

「ん。分かった」


 生粋のドSだからである!

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