第23話 航太の見ている世界

 ――これは父さんが俺の事についてある人物と玄関前で話していた、俺が佐々木家と家族になる数年前の話。


「うちの子も冗談で言っただけなんで」


 この人は小学生の時、同じクラスメイトだった佐藤の母親。俺の家まで謝りに来たのだが……


「冗談だからって人に対して気持ち悪いって言ってもいいんですか? だとしたら人としてどうかと思いますよ?」


 そう言って、父さんは怒りを顕にしながら問い詰めていく。まぁ自分の息子が不登校になった原因が、謝罪もなしにいきなり舐めた一言を言ったのだから仕方がないか。


「子供の喧嘩ですよね? うちの子も確かに悪いかも知れないけど、お宅のお子さんにも問題があるんじゃなあんですか?」


 この日は母さんが死んで丁度一年がたった日だからよく覚えている。俺は佐藤の母親が来た時、父さんはリビングにいるように言われたけど、こっそりドア越しから聞き耳を立てていたたんだけど……


「はぁ?」


 ダメだ。父さんがキレる。


「いや、たかが一言で不登校になられても、私としても困るんですよ。まるで私の子が極悪人みたいに見られているんですよ? こっちだって迷惑してい、」

「だとしたらあなたに母親の資格はない。まず子供が間違えた事、人を傷つけた時に叱り、教えるのが親ってものです。それをあなたは謝罪もなしに文句を言って……こっちは子供が傷つけられて我慢ならないんですよ! 謝罪もしないなら何しに来たんですか?!」


 父さんの言葉には怒りが滲み出ていて、今までで一緒に暮らしてきた中で一番怖かった覚えがある。


「いや、私はただ……」

「謝罪の一つもできないなら帰って下さい!! 息子に会わせたくないので!」

「あっ、ちょっと待っ」


 佐藤の母親は言葉を遮られらようにドアを閉められると、しばらく家の前をウロウロ歩いた後、結局諦めたのか帰って行った。


「ったく、子供が子供なら親はもっと……航太、聞いてたのか?」

「……うん」


 俺は怒られるのかと思い、少し怯えるが、


「航太……ごめんなぁ」


 そう言って抱きしめてくる父さんに、すぐ安心した。


「父さんは母さんがいなくなってから本当ダメダメだ。航太の事守れないダメな男だ」


 そんな訳がない。父さんは母さんが死んでから、朝と夜はどんなに忙しくても必ず俺と一緒にご飯を食べよしてくれる。休日は一緒にいようと仕事を切り詰めたりしてくれる。そんな父さんを責める事なんてできるはずがない。


「俺がいけないんだよ。父さんに迷惑かけた俺が」

「そんな訳あるか。航太は何も悪くない」


 父さんは頭を撫でながらそう言っているけど、俺に問題があるのは分かっている。俺が……俺が!


「父さん……俺って変かな? みんなと違うのかな」

「変じゃない……変じゃないよ。だから通り話してもいいんだよ」――


――そして月日は流れ、現在の俺は……


「怖いんだから仕方な……ひぃぃ!」

「高田さん? これは映画だ。現実にはこんな幽霊とか化け物とか出ないいいいいいいいい?!!」


バキッ


 義兄が映画館で骨を折る姿を眺めていた。



 ※※※


『扉が閉まります。ご注意下さい』

 映画を見終わった後、俺は晴斗さんとサクラさんで電車に乗って帰る事になった。

 しかし……


「ひっぐ……ひっぐ」

「だからごめんって。もう泣かないでよ」


 晴斗さんはサクラさんに握り潰された手をさすりながら泣いていた。

 義兄の泣く姿を見るのは、なんか見苦しい感じがしていやだな。


「いいや泣くね! こうやって泣かないと高田さんは罪悪感が沸かないからね!」


 晴斗さんは凄くねちっこい性格だ。でも家に帰ってくると、殴られたとか食中毒やらで、怪我を負って帰って来ているイメージだ。

 もしや全てサクラさんが原因とか?

※正解

 まぁそんな事はどうでもいいけど。

 それよりも……


「罪悪感はあるわよ。でも……怖かったんだし、仕方ないじゃん!」

「じゃあ何で観たんだよぉぉぉ!!」

「だってそれは……えい」

「あぁぁぁぁ?!?! 何で今痛い手を握ったの?!」


 サクラさんの反応を見る限り、晴斗さんの事を好きだと分かる。と言うか好きという感情が溢れ出ている。


「ごちゃごちゃうるさいからよ。次言ったらもう片方を…」

「理不尽!!」


 晴斗さんも流石に気づいているっぽいけど、俺は不思議でならない。

 晴斗さんのどこに惚れる要素があるんだ?


「なんかもっとロマンチックな感じになるのを想定してたのに……はぁ」

「さ、サクラさん」

「ん?」


 俺は思わず、晴斗さんに聞こえない声で聞いてみた。


「何で……晴斗さんの事を好きなんですか?」

「何でって……つ、ツンデレな所かな♡」

「……は?」


 ツンデレという意味は分かる。だが、晴斗さんにツンデレ要素がなければ、それが好きになる要素も見当たらない。

 この人は一体何を言っているんだ?!


「それにどこがって言われても、いつの間にか好きになってたし、上手く口に出して言えないわね」

「そ、そうですか……」


 まぁサクラさんがどれだけ晴斗さんが好きだと言っても、俺には関係ない話か、


「でもハルって優しいでしょ? そこも好きだなぁ」


 優しい……か――


 コンコン


「?」


 部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 ご飯を食べる時間でもないのに何だろう……あっ。


「あ、あのさ! 母さん達がデート? するみたいなんだ。だからその……僕たちも兄弟水入らずでどこか出かけないかなぁ〜と思いまして」


 晴斗さん……か。正直苦手な相手。毎日話しかけてくるが、どれも反応に困る話ばかりだからだ。


『航太くん! 鼓膜壊れてないか分からない?!』

『僕……テストで真ん中だったよ』


 どうでもいいわ!

 テストに関してはだから何んだよ案件だ!

 しかし、そうやって無理にでも話そうとしてくれるのは、晴斗さんが優しいということか。


「あ、あはは」


 下手くそな愛想笑い。

 この人も大変だよな。俺と兄弟になったばかりに、嫌々話しかけなくちゃならないんだし。

 別に外に出る事が怖いとは思わない。ただ、昔の同級生に会った時、果たして俺は生きていられるか? 無理だな。

 いつも通り断ろうか……


「……」


 ……今、観に行きたい映画があるし、映画なら行こうかな。


「……どこに行く予定ですか?」――


「……そうですね」

「でしょ?」


 やっぱり優しいという面は人に好かれるには大事なのか。

 俺もアイツらにもっと広い心を持つ、優しい人間だったら良かったのかな……なんてな。


「次こそは高田さんから酷い目に遭わないよう気おつけないとブツブツ……」


 そしてサクラさんは晴斗さんを見ながら一言。


「だからこそ、あんなに嫌われるつもりなかったのに……」

「力抑えたらいいんじゃないんですか?」


 この人達なら、いつか俺の事について話してもいいかもしれない。

 ……まぁそんな日が来るなんてないんだろうけど。


 こうして晴斗の気付かぬ内に、航太は晴斗とサクラに心を開いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る