第20話 高田リサイタル
『残酷な天使のテーゼ、窓辺からやがて飛び立つ』
“シャンシャン”
現在僕は高田さんと二人でカラオケに戻り、熱唱していた。
曲はカラオケで定番のアニソンだ。
これはアニオタじゃなくても分かる最高の曲、僕は心置きなく歌えるという訳だ。
『―――神話になれ!』
「ハル上手いわね!」
曲を歌い終えると、高田さんは拍手しながら褒める。
「あ、ありがとう」
「次は何歌う?」
「ドリンクお持ちしましたー」
「「!!」」
店員は注文したジュースを机に置き、部屋から退出した。
いざ歌おうとする時に店員が入ってくると、妙な空気感になり、歌う気分が削がれてしまった。
「……ちょっと休憩してからにしようかな」
「そうね」
一度席に座り、僕達はジュースを手に取る。
時刻は21時。
さっき歌えなかった分を吐き出すかのように、1時間フルで歌ってしまった。
「高田さんは歌わないの?」
「アタシはハルの歌聴きたいからいいの」
そう言って、さっきくら歌おうとしない。
もしや音痴なのか?
「それにしても、こうやって二人で出かけるの久しぶりね」
「そうかな? ……まぁ店に行ったりしたのは喫茶店以来か」
その日以来番長やら金持ちに絡まれたりして、暇がなかったからなぁ。
「アタシが引っ越す前はよく遊びに行ったわね」
「そうだね。無理矢理連れ回され」
「あ?」
「何でもないです」
遊びを断っても、家に押しかけて母さんが入れるものだから、僕は毎日高田さんと遊んでいた。夏休みなんかクーラーのついた家でゴロゴロしたかったのに、ほぼ毎日外に連れられ……今年もそうなるのか……。
「あっ、そうだ! この間懐かしい所撮ったの!」
そう言って高田さんはスマホにある写真を見せてくる。
高田さんと再会した時に逃げ込んだ公園を撮ったみたいだ……ってこれは!?
「懐かしいでしょ?」
「う、うん」
確かに懐かしい。
そうだ。ここでよく高田さんと遊んでいたんだ。遊んで……遊ぶ……
「あの頃はいい思い出ばっかりね」
「ロクな思い出がない」
「え?」
一瞬空気が固まる
「……今なんて」
「い、いやその...…ロック! ロックな思い出だなーて」
「そ、そう? ロック……ロック??」
今思い出しても、高田さんにいじめられた記憶しかないんだけど。
もしかしてお互いの認識違いがある?
「あとこの砂場」
と彼女は写真に写っている砂場を指で指す。
「よく砂山とか作ったり、おままごとしたわね」
「泥団子を投げられて泣かされたなー」
「「え?」」
おままごと? 僕の記憶では高田さんと戦争ごっこと題して泥団子を豪速球で投げつけられ泣かされた思い出だ。
「じ、じゃあこの大きい木の思い出は?」
と、今度は写真に写る木を指で指す。
「ああ! これはよく覚えてるよ!」
僕の頭にはあの日の出来事が鮮明に浮き上がってきた。
僕の反応に高田さんは曇った表情から笑顔に変わる。
「そ、そうよね?! 流石にこれは……」
「怒った高田さんから逃げる為に登った木だけど、高田さんが木を揺らして落とそうとし」
「何でそういう記憶なのよ!!!」
僕は胸ぐらを掴まれて、体を揺さぶられる。
だって昔の高田さんは特にガキ大将だったもん!!
今じゃ破壊神になってるけどね!
「はぁ。その照れ隠しもちょっとイライラしてくるわね」
照れ隠しじゃないんだけどなぁ。
「じゃあ歌ってスッキリさせなよ」
「え?」
僕はマイクを高田さんへと向けて渡す。
「アタシはいいって」
「せっかく来たんだしお金が損だよ」
「でもアタシ音痴だし……」
やはりそうか。
すると、さっきも歌わなかったから女子と揉めたのかな?
「ここにいるのは僕だけだし、気にしなくてもいいよ?」
「だって……」
音痴だから笑うなって?
カラオケの醍醐味が台無しじゃないか!
「笑われることも含めてのカラオケだよ。むしろ中途半端な上手いより極端に下手な方が盛り上がるからいいんだ! 僕なんかさっき歌わせてももらえなかったんだ。歌える時に歌っておかないと後悔するよ?」
「わ、わかった! わかったわよ! 歌うからちょっと顔近い……」
僕は熱くなり過ぎて、つい顔を近づけてしまった。
カラオケで歌えた事が楽しくてつい。
「念のため言うけど、本当にどうなっても知らないからね?」
「大丈夫大丈夫」
僕は適当な返事をし、高田さんの歌う姿をスマホで撮り始める。
「ちょっとハル!」
「高田さんの可愛い姿を撮りたいからだよ」
「……それならいいけど」
全くちょろすぎるな。
しかしこうやって二人でカラオケに行くなんてまるでカップル……って何を考えているんだ!
僕達はただの友達。それ以上の関係になるわけがない。
『♪〜』
曲が流れ出し、いよいよ高田さんの美声(笑)を聞く事ができるらしい。
曲は今ネットで流行りのラブソングか。こういうのを歌うって、やはり高田さんも暴力だけじゃない女子高生の部分があるんだなぁ。
『―――っ!』
「!」
ついに高田さんが歌う。
この時僕の脳裏に一つ引っかかったことがある。『念のため言うけど、本当にどうなっても知らないからね?』という謎の忠告。
どうなるって一体―――
―――数分後。
「ふぅ〜。たまには思いっきり歌うのも悪くないわね」
高田さんは熱唱したおかげか、スッキリとした顔になり、額には少しばかりの汗をかいていた。
「ま、まぁ私ももう高校生だし、ちょっと上手くなったみたい。ハルはどう思っ……」
一方僕は……
「……」
「ハル?」
体をぐったりとさせて、机に突っ伏していた。
「……ハル? 大丈夫?」
そして僕は意識が朦朧としながら、誰かに助けを求める声を漏らす。
「助け……て」
「え?!」
高田さんの歌声は下手とか言えるレベルじゃなかった。聞く物全てを殺す気の、奴が実在するならこんな歌声だと断言できる……そう
「じゃ、ジ⚪︎イアンに殺され……ぐはっ」
国民的アニメで聞く歌声だ。
「ハルゥゥゥゥ!?!!」
この日を境に、ハルトはカラオケに行くことは無くなった。
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