第19話 カラオケなんて大っ嫌いだ!

 六月中旬、ついにこの日が来た。


「問題用紙は裏面にし、シャーペン又は鉛筆など時間になるまで何も持たないように」


 僕はふぅーと静かに深呼吸し、心を落ち着かせる。

 大丈夫だ。僕はこの日の為に頑張ってきた。ゲームは割と我慢して、漫画もちゃんと教科書やノートを開いてから読んだし。


「……始め!」


 先生の掛け声と同時に、教室から紙を裏返しにする音、シャーペンで書き始める音が響く。

 中間テスト初日科目数学。

 僕はこの試験で……学年一位を目指す!


 こうして、ハルトは儚い夢に向かって試験に挑むのであった―――


 ―――約1週間後


「よっしゃ! 俺50位ぴったし!」

「俺赤点3つ何だけど?!」

「私、今回はあんまりだったぁ」

「とか言って、ミサキ10位じゃん」


 クラスメイト達は、今日発表されたテスト順位で上下確認していた。学生にとっては学力もステータスだからね。

 さて、じゃあ僕はと言うと……


「87位……か」


 学年最下位は174位。つまり真ん中。

 何とも言えない中途半端な結果で、僕は中間テストを終えた。

 ……あの勉強会の意味は?



 ※※※



「起立、礼」


 終礼も終わり、古本屋にでも立ち寄って行こうかと考えていると、


「あっ! 佐々木佐々木!」


 クラスのリーダー格である畑中悟くんが話しかけに来た。


「今から同じクラスになって二ヶ月経ったお祝いと、試験お疲れ様会も含めて、みんなでカラオケに行く事になったんだけどさ。良ければ佐々木も行か」

「行きます」

 

 僕は畑中くんが言い切る前に即答する。

 嬉しいあまり、ついやってしまった!


「おっ! じゃあ近くの馬骨駅のカラオケに五時集合で」


 だ、ダメだ! 僕なんかが行くと、楽しい雰囲気を盛り下げてしまう!

 ……断るしかないかぁ。

 生まれて一度も行った事がないカラオケ。いつか友達と行くんだと夢に見ていたが、叶う事はないだろうと思っていたカラオケ。


「で、でも僕なんかが行っても、空気悪くしちゃわないかな?」


 僕の馬鹿!

 少し行きたい欲が出て、『そんな事ないよ』と言わざるを得ない返事をするんじゃないよ!


「そんな事ないよー。たかがカラオケなんだし、みんな歌う事メインだから、そんなに気を重くしなくても大丈夫だよ」


すまない畑中くん! 僕が意地汚い返事をしたばっかりに!

 畑中くんにこれ以上苦労させるわけにいかない……早く断らないと!


「や、やっぱり辞めとくよ。それにこの後用事があ…」

「高田さん行こうよ!」


 すると、クラスの女子が高田さんにもカラオケの誘いをしていた。

 前まで恐れられて誰にも話しかけられなかったあの高田さんが?!

 さすが学年1位という地位を持つと、周りの反応も変わるか。


「うーん……」


 高田さんは少し考える素振りを見せる。

 やめておこうよ。

 僕は空気を盛り下げるし、高田さんは空気を血の色に染め上げてしまう。

 こんな二人が行ったら迷惑になるのだから断ろうyo


「ハルが行くなら……行くかも」


 ……


―――数時間後

『Are you ready?』

「「「「「Hey!!」」」」」

「へ、ヘイ…」


 欲に負けたぁぁぁ!!!

 だって仕方ないじゃん! 僕は断ろうとしたけど高田さんがどうしてもって言うから!

 ……まぁ正直、みんな嫌がるから断るしかないなぁーと頭では分かっていても、体が言うことを聞かなかっただけなんだけど。

 まぁこの際面倒くさい考えは捨てよう。

 今回のミッションは、いかに場の空気を悪くしないかだ。

 このミッションを必ず完遂してみせるしかない!

 そして!…あわよくばここで友達をつくりたいが本音!

 僕の小さな戦いが、今始まろうとしてい―――


 結論から言って、来るんじゃなかった。


『声も顔も不器用なとこも』

“シャカシャカ”

『「「全部全部嫌いじゃないの」」』

“シャカシャカ”


 みんなが歌っている中、僕は無言でマラカスを振り続けていた。

 かれこれ二時間カラオケにいるが、一向に僕の番が来ない。

 一回目はトイレに行っていたら順番を抜かされ、二回目は注文をしている間に。

 三回目は僕がいるのにも関わらず、隣に座っていた次の番の男にマイクを奪われた。

 結果、陽キャ達の楽しそうな雰囲気をひたすら見続ける拷問をひたすら受けることになった。

 ……カラオケってこんなに楽しくない所なの?

 いや、決断するのはまだ早い。

 まずは歌ってから……あっ! 丁度目の前に曲を選ぶパネルがあるじゃないか!

 とりあえず1曲だけでも歌ってみないとn


「あっ、先に選んでいい?」


 人が曲を選んでいる時に突然割り込むとは……覚悟はできてるんだろうな!


「……どうぞ」

「あんがと」


 って、そんな事言えるはずもないけどね!

 ま、まぁまだ時間あるし、なんとか次に曲を選ぶ事もてかたから大丈ぶ


「やべ!間違えて一番上にあった曲消しちゃったよ!」

「何やってんだよ」


 本当に何やっているんだよ!

 それ僕が選んだ曲じゃねーか!

 せっかく考えに考えた僕の選曲を消すなんて!

 僕はそいつに向かって呪いをかけるべく念じていると、


「すまんすまん。まぁみんなあらかた歌い終わったから、そろそろお開きでいいんじゃない?」


 ……え?


「確かに」


 僕……まだ1曲も……!


「ミユもカラオケ飽きた〜」

「じゃあボウリング行かね?」

「いいねぇ〜」

「行こ行こ!」


 歌ってないのにぃぃぃ?!!


 結局、僕の人生初のカラオケは、マラカスを鳴らすだけで終わったのだった。



 ※※※


 時刻は20時。

 結局カラオケだけで解散となり、その後は仲が良い同士で各々行動するみたいだ。

 もちろん僕にはいない。


「ハル!」


 いたわ。


「今から帰るの?」

「あーうん。そのつもりだけど」


 そう言うと、高田さんは少し残念そうな顔になる。


「久しぶりにハルの歌、聴きたかったなぁ」


 と言うのも、高田さんとカラオケに来たのは良いものの、人数が多いのと今まで関わりのない人と交流を兼ねる為、僕達は別々の部屋にいたのだ。


「高田さんの方は上手くいった?」


 学校で見た感じ、中々上手くいってそうな雰囲気だったが……


「あれ」

「!」


 高田さんが指で刺す方向へ視線を向けると、学校で話していた女子数人がいた。

 何かヒソヒソと言いながら、僕達の事を睨んでいる。


「……何したの?」

「別に。ちょっと揉めただけよ」


 また何か余計な事を言って怒らせたのか?

 でも何故僕まで睨まれて……まさか!


「『二人って付き合ってるの』とか聞かれて、怒ったとか?」

「ううん。それは肯定したから違う」

「おっと、今聞き捨てならないことをサラッと言ったね?」


 こうやってクラスメイトを洗脳させて、既成事実を作らせるつもりか?!


「アイツらが腹が立つ事言ってきたから言い返しただけよ。ハルには関係ない」


 高田さんはプイッとそっぽを向くが、そんなことよりも僕としては事実無根のことを肯定された事の方が気になる。


「それのおかげであんまり歌えなかったし……そうだ! 二人でもう一回カラオケ行こ!」

「え?」


 そう言って高田さんは再びカラオケへと戻ろうと歩く。


「やめとこうよ。お金だってもったいないのに」

「どうせまた来るんだし、今行かないからって結局は同じよ」


 いつの間にかカラオケに行く事が決まっていた?!

 相変わらず高田さんの思考回路には追いつけないね!


「今回は遠慮しておくよ。それにお金もあまり無いし」

「じゃあ奢ってあげる」 

「いやそれは……」

「そんなに楽しそうじゃない顔して帰ったら、ハルカさんが心配するよ」

「……」


 僕がカラオケで歌えなかった事を知っているのか? ……いや、僕の表情から読み取ったのか?

 ……そんな訳ないか。


「……ちょっとだけなら」

「うん!」


 そう言って、僕達は再びカラオケへと戻るのだった。

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