第16話 ハルトとサクラ……さん

「いっ…高田さん、大丈……夫?」

「……」

「え?」


 目を開くと、高田さんの吐息が当たる距離だった。

 それもキスできそうな距離。


「ハル……」


 高田さんは目を逸らすことはなく、僕の目を見続ける。


「キス……する?」

「!」


 そう言って高田さんは僕の目をじっと見つめながら、話す。

 改めて見ると、高田さんは可愛い。

 キリっとした二重に、小顔の巨に……って今そんなとこ見てる場合か!

 この状況をどうにかしないと……


「ハルは嫌?」

「嫌って言うか、キスって言うのは僕たち付き合ってもいないよね? そういうのはその……カップルとかがやることだし、それに唐突にキスすると言われましても」

「でもあいつ(鬼瓦)としたじゃない」

「ぐはっ!?」


 早口で言い訳したが、捨てさりたい記憶を掘り返された。


「好きで男とキスしたんじゃないよ!」

「じゃあ女ならしてもいいってことよね?」

「いや違う……くもないけど! 今じゃないのは確かだよ。それに今日は勉強会じゃないの?」

「分かってるわよ! ……こ、恋人になるための勉強でしょ?」

「テスト勉強だよ!!」


 そう言っても高田さんは僕の上から退こうとしない。

 やばい……なんかドキドキしてきた。


「う、うるさい! そんなのただの口実よ! アタシはもっとハルと……友達以上の関係になりたい!」


 だからキスしたい?

 それはあまりにも……


「僕は……君に何か惚れられるような漫画の主人公的カッコよさはないよ」

「あるよ」

「ないよ」

「ある。ハルにとっては普通のことだから……ただ気づいていないだけ」


 僕にとって普通……分からない。

 一体高田さんは僕のどこが……


「分からないならいいよ……アタシの気持ちは変わらないから」


 やばい! 部屋に二人っきりの男女、そしてキス寸前のこの距離! もう唇が触れる距離まで……


 バン!!!


「ハーイ! 晴斗ママお手製のお菓子と一緒にインスタント珈琲はいかがでしょうかお客さ……」


すると突然ドアを開き、母さんが勢いよく部屋に入ってきた。


「「……」」

「……お、お邪魔しました~」


 母さんんんんん!!!

 母さんはゆっくりとドアを閉じようとしたので、僕は何とかして引き留め、弁解する。


「母さん。これは事故だ。高田さんを止めようとしたら僕の方へと倒れて来た事故だ。分かった?」

「大丈夫、見てない、見てないわ。息子が大人になった瞬間なんて」

「母さん! 僕はまだまだ子供のまま、健全な高校生のままだよ?!」

「いいのよ! 今回は母さんが空気を読まなかったことが原因なんだから! ちょっと母さん、航太くんと一時間ほど家を出てくる!」

「ちょ、やめてよ! 僕たちは本当に何も……高田さんも何もしてないって母さんに言って……」

「……」


 高田さんがものすごく気まずそうに顔を真っ赤にしているぅぅぅ!!!

 そりゃそうだよね!

 キスしようとしたら相手の母親来て茶化される……そんな顔になるのも納得!

 しかし、こんな高田さんを見た母さんは、追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「サクラちゃん……顔を見れば分かるわ。本当に晴斗で良かったのかって」

「……え?」 

「やめてください」


 僕の悲痛の言葉にも耳を傾けず、母さんは話を続ける。


「確かにうちの子は他の子に比べると不器用なことがあるかもしれない。けど、やるときはやる男よ」

「……」

「分かった。これからは何でも言うこと聞きます。だからやめてください後生だから!!」」


 同じ年の女子の目の前で公開処刑だけは!


「だからこそ……晴斗! サクラちゃんがしっかり満足できる技術を身につけな」

「あああああああああ!!!!」


 結局、母さんの誤解を解くことに時間を費やしたため、あまり勉強は進まなかった。



 ※※※



「また来てね~」

「お、お邪魔しました!」


 高田さんは玄関で見送る母さんに軽く会釈して、家を出る。


「ほら、晴斗。女の子を一人で帰しちゃだめよ」

「分かったって……」


 家を出た後、僕達は肩を並べながら歩き始める。

 外は夕暮れ時の空色に変わり、少し肌寒い風が吹いていた。

 高田さんの家に行くには駅を利用するから……


「駅まででいい?」

「……」

「……そんなに拗ねないでよ」

「フン」


 高田さんはプイッとそっぽを向いて、僕と目を合わせようとしない。

 あの後も僕は頑なに名前を呼ぼうとしなかったから無理もない。


「……まだアタシの事嫌い?」

「え?」


 そう言うと、どこか悲しげな表情を浮かべる高田さん。

 いやまぁ暴力面に関しては恐怖しか感じていないが……あれ?

 よく考えてみると、それ以外は特に嫌う要素はないな。


「ハルに一度拒絶された後も、アタシは自分勝手にハルを好きでいるわ」


 そう言いながら高田さんは僕に目を向けないまま歩き続ける。


「でももし、もう一度……ハルが拒絶するならアタシは……」


 今の僕は昔ほど嫌うという感情は高田さんに持っていない。心が少し成長したのもあるだろう。だが……好きと言う感情もない。

 ならいっそのことはっきり言ってしまおうか……いや、それをすると高田さんは僕と関わってくれなくなるんじゃないのか? 

 ……それは嫌だ。

 くそ、頭がこんがらがってきた。

 「友達としての感情しかない」と言えば済む話じゃないか。別にそう言ったとしても友達の関係は続くはずだ。……なのに、それを嫌がる自分がいる。

 僕は……


「好きでい続けるわ」


 どうすればいいん……


「え?」


 思っていた答えと違い、一瞬思考が止まった。

 え? これって僕の答えによって好きでいるか諦めるかのパターンじゃないの?

 僕の返事聞く前に答え出しちゃったよこの人。


「一度好きになったものを諦めれるわけないわ。 アタシは自分を曲げない一途な女。だから何回断られてもアタシはずっと好きでいる。ハルに好きだって思われる日まで」

「……僕に彼女がいたとしても?」

「ふふふ。冗談はやめてよ」

「あれ~? ボケたつもりないんだけどなぁ」


 これ、僕に彼女ができないとか思われてんじゃね?


「今日はちょっと急接近し過ぎたからちょっと反省ね」

「キスはちょっとね……」

「だってあれは———」


 こうしていつの間にか機嫌も治っていた高田さんと会話を交わしながら、駅へと向かった。



 ※※※



 家を出てから数分後、僕たちは駅へと着いた。

 何だかんだ言って、結局ラブコメみたいな展開にはならなかったなぁ。


「また明日ね。ハル

「うん。またあし……え?」


 いつもは「ハル」と呼んでいた高田さんは、唐突にも「ハルト」と呼んだ。


「今、下の名前で呼んだ?」

「ハルが言ってくれなかったから、アタシが代わりに言ってあげたのよ」


 ああ、そういうことか。


「改めて、それじゃあ!」

「う、うん」


 びっくりした……。

 でもよく考えると、下の名前をフルで言われるなんて、家族以外で久しぶりだ。高田さんも「ハル」と呼んでいたから、それで慣れてしまっていたのもある。

 そして高田さんは駅の方へと足を向け、歩き始める。

 ……よし。


「また明日……サクラ」

「!」


 僕のとっさに言った言葉に反応し、高田さんは歩みを止め振り向く。


「今……アタシのこと!」

「……さん」


 ちょっとカッコつけて言ってみたが、やはり恥ずかしくて死にそうになった。

 今の僕にはこれで精いっぱいだ。


「……ぷっ」


 顔が真っ赤な僕をよそに、高田さんはニヤニヤとしながら僕の方を見ている。

 僕って最後で締まらないよなぁ。

 そして高田さんは満足したような顔になり、僕に手を振りながら駅のホームへ入って行った。


ハルトとサクラのラブコメが始まるのは、まだ少し先の話。



次回、BL展開? 番長再び現る!!!

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