第13話 愛=死のスパイス

 目が覚めると、そこは綺麗な河川敷だった。

 周りに人の姿は見えず、向こう岸にただ一人男性の姿が。


「よく来たなー」


 その男は何故か僕に馴れ馴れし言葉で、声をかけてきた。

 しかし、何だかやけに懐かしい気分に。


『もぉー二回目だろ? そろそろいいんじゃないのか?』


 二回目? 何がいいのだろう……


「こっちは楽でいいぞー」


 まっ! 別にいいか!

 そして僕は川へと足を突っ込み、向こう岸へと渡———


『それでは! いよいよ次は高田様の料理を食べていただきましょう!!』

「はっ!?」


 目が覚めると、そこはクッキングバトルの会場だった。

 ……そうだ。

 僕は相葉さんの料理を食べて、気を失ってから川を……死ぬところだったの?!

 あれゲテモノ料理どころじゃなくて、ただの毒じゃないか!!

 そんなものを僕は……


「うっ!?」


 すると目の前に高田さんの料理が並べられると、その見た目を絶するほどの見た目をしていて、思わず声が漏れる。


『こちらは高田様が佐々木様へのを表現した愛に溢れた料理』

「ふふん!」


 何故こんなにも自信満々な顔になれるのだろう。

 この愛情料理で……


『最初こそ卵を上手く割れなかった高田様ですが、百個目にしてついに成功しましたね!』

「長かった道のりだったわ」

「そんな高田様の料理ですが……』


 そして黒井さんはすーっと息を吸い、とてつもなく早口で話し出す。


『卵は一個しか割ることに成功せず、料理には焦げ焦げになったちょっとした卵が申し訳程度に乗せられ、ライスはケチャップとその他お嬢様に対抗してワサビ、マヨネーズ、ニンニク等、多くの隠し味と称したものをごちゃまぜにし、完成されました。ぶっちゃけ私は食べたくないです。そしてこの料理の名は———』


 僕は椅子から立ち上がり、再び舞台から逃げ出そうとしたが、また黒井さんに押さえつけらえ、黒井さんは言う。


『食への冒涜ぼうとく、愛情ゲテモノ料理です!!!』

「ちっがうわよ!!」


 こんなもの食わされたら最後、相葉さんの料理とダブルパンチで本当に川を渡ってしまうよ!!


『こら、抵抗しないで』

「い、嫌だ! 僕は……僕はまだ死にたくない!!」

「ちゃ、ちゃんと食べられるわよ! ……多分」


 この言い方で察するに、高田さんは味見をしていない。

 相葉さん同様、料理が下手な人ほど味見しないよね!


『それじゃあまず……』

「離せぇぇぇ!!!」


 そして最初にゲテモノ料理を食べる人物が名指しされた。


『レオナルド』

「?!!」


 またしてもレオナルド。彼は馬であるはずなのに、神の舌を持つが故に草食動物である概念を無視され、審査員にされてしまった可哀そうな奴。

 レオナルドは「おれ?!」みたいな人間らしいリアクションをして、必死に抵抗しているが、


『あーん』

「……」


 黒井さんが上の存在であると認識しているためか、途中で悟りを開いた顔で、料理を食べた。


「ばきっ、ぼきっ、むちゃ……」


 嗚呼、この音だけ分かる。

 これを食べれば終わると。


『……どうです?』

「……グハッ」

『レオナルドぉぉぉぉ!!!』

「あんた分かってて食わせたやろ!!」


 その後、レオナルドは動物病院へと搬送された。

 その間、高田さんは下を向いたまま顔を上げようとはしなかった。


『レオナルド……あっ、丁度いいので、今晩は馬刺しにしま』

「それしたらクビどころじゃ済まさんからな」


 僕とアホメシェフは、ただただ呆然と死を覚悟し、時が過ぎるのを待つ。


『それでは次はアホメシェフ!!! 死ぬ覚悟はできてますか?』

「逃げても食べさせる気なんじゃろ?」


 いつから美少女クッキングバトルから、お料理バトルロワイアルに変わったのだろう。

 アホメシェフは、自ら料理を口へ運び、死ににいった。

 彼は勇気あるシェフだ。僕は彼の事を忘れ……ん?

 アホメシェフが口へと運び込む料理をよく見ると、僕とレオナルドと同じゲテモノ料理ではなかった。


「あ、あの!」

「んぐ、んぐ……ん?」


 遅かったか。

 しかしあれは一体……


『思ったよりも……不味くない』

「「「えぇぇぇぇ?!!!」」」


 僕や高田さん、客が全員驚いた。

 まさかさっきの料理で舌が馬鹿になったのか?


「い、いや本当じゃ! うん。これは安全だ……」


 するとアホメシェフは調子を取り戻したのか、料理について熱く語りだす。


「まぁ想定よりも不味くはなかったな。。これは素人が作ったにしてもダメだ。卵はところどころ焦げ、味付けがない。そしてライスはケチャップをいれればいいだろという考えが丸見えの味。つまり美味くない。これをよくワシに食べさせようとしたものだ」


 アホメシェフの毒舌。

 これは高田さんも堪えるんじゃ……


「?」

「え?」


 何かしっくりしていない様子だ。

 まさか感想になっとくしていな……あっ。


「よくもまぁこんな」

『ほうほう。それで?』

「や、やめておいた方が……」

「ふん! ワシははっきり言うタイプだからn」

「おじいちゃんのばがぁぁぁぁ!!!」


 そして舞台の端で顔を覗かせていたアホメシェフの孫は、泣きながらどこかへと走りだした。

 だから止めようとしたのに。


「なっ?! なぜまたここに……まさか! この料理は……」

『……フッ』


 アホメシェフは倒れこみ、そのまま救急搬送された。


『さぁ残るは佐々木様、貴方だけです』

「……あんた人の心はないのか」


しかしアホメシェフの件は別としても、レオナルドの様子を見る限り、食べたら即死ぬな。

何とか上手く切り抜けたいところだが……


「ハル」

「!」


高田さんは申し訳なさそうな態度で話しかけてきた。


「その……あんまり美味しくないらしいし、ハルは食べなくてもいいよ。てか食べて欲しくない」

「で、でも、食べなかったら……」


……そうだ。ゲテモノ料理で忘れかけていたが、これはクッキングバトル。審査員がどっちの料理が美味しいか判断するものだ。

審査員の内二人とも救急搬送されて、残るは僕だけ。この状態だと僕の主観が多く入るから、この勝負は無効になるはず!


「黒井さん! この勝負は無こ」

『審査員二人がいないということで、佐々木様が高田様に甘くならないようこちらを用意させていただきました!』

「え?」


するとスタッフが僕の腕に、コードが繋がれている湿布のようなものを付ける。

これは一体……


『心臓の動きで嘘か本当かを判断するものです。まぁ嘘発見器みたいなものと考えて下さい』


ふむ。これなら僕は本当に美味しいと思った料理を決めれるということか。

……それにしても


「後ろにある馬鹿でかい機械は、嘘発見器に必要なものなんですか?」

『あーこれは嘘をついた時に流れる電流機です。これを流せば一瞬であの世行きだとか』

「……なんか僕に恨みあります?」

『まさか。私は皆様の不幸な顔が見れればそれで満足です』


この人とんだドS野郎だよ!

つまりあれか?! ちょっとでも心臓の動きを早めたら電気を流される罰ゲームってか!


「ハル! そんな奴の言う事を聞かなくていいわ! こんな機械なんて……」


あ、あかん! 黒井さんがスイッチを押そうとしている!

くっ、かくなる上は……


「……食べます」

「本当にいいから! アタシの料理なんて美味しくないんだか」

「高田さん」

「!」


僕は高田さんの目を見る。

それも真剣な目で。


「僕は食べもしないで、友達の料理を不味いだなんて言うつもりはないよ。それに、僕の為に作ってくれた愛情たっぷりの料理を食べない訳がないじゃないか」

「ハル……」


よし、それっぽいこと言って機械を外そうとする高田さんを止められた。

と言うのもさっきから黒井さんがスイッチをこれ見よがしに見せつけてきたからだけどね!

食べなければ押すって事だろうし、すっごい腹立つ!!


『それでは佐々木様! 召し上がれ!』

「うっ……は、はい」


しかしどちらにしろ死ぬのは確実かぁ。

あー食べたくない。何で食える物を食えない物にできるんだよまったく……


「……いきます」


そして僕はスプーンを使って、勢いよく高田さんの料理を口の中へと放り込む。


「ばきぼきっむちゃ!」

『おーっと?!これは凄い早さだ! もしや愛情スパイスにより佐々木様だけには美味しくなっているのか?!』

「ふぇ?」


高田さんは嬉しそうな顔を浮かべながら気の抜けた声を、そして会場からは歓声が上がっていた。

そして僕はついに、高田さんの料理を食べ終える。


カランカランと食べ終えた皿にスプーンを放り投げる。


『な、何という事だ!佐々木様はゲテモノ料理を食べ終える事ができたぞぉぉぉ!!』

「ハル!!!」


高田さんは僕に抱きつき、会場は大いに盛り上がっていた。

……しかし、


「……ハル?」

『……あっ、心電図見たら止まってますね。心臓』


三途の川を渡ろうとしていた。


「ハルゥゥゥ!!!」


今回の勝負、引き分け。

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