第9話 馬に乗ったお嬢様?!

「担任に職員室に来いって言われているから、先に帰ってて」


 授業が終わると、早々に高田さんが話しかけて来た。

 そういえば昼休みにも呼び出されていたなぁ。

 彼女の暴力性にやっと気づいてくれた担任に敬意を称したいが、少し心配だ。

 高田さんが怒って、暴れたりしなければいいが……


「下手をすれば退学…」

「何か言った?」

「いや何も」


 ともかく今日は一人の落ち着いた、平和な帰りとなることを喜ぼう。

 高田さんがいると、五分に一回は不良に絡まれるからね。


 こうして僕は、にやけ顔を抑えながら教室を後にした。



 ※※※



 高田さんがいない久しぶりの下校。

 不良がいたとしても絡まれない…こんな当たり前のことが嬉しいと感じる日が来るとはな。

 この間の番長一派も、高田さんに懲りたのか、あれから一度も……いや、番長は一回あったな———


「あっ」

「「あっ」」


 バトル展開から二週間後、トイレに行った時に番長鬼瓦先輩、そして吉良先輩と廊下で出くわしてしまった。


「あ、ああああ、あの」


 僕は当然報復されると思い、体が固まってしまった。


「げっ! 佐々木?! 何でここにいんだよ!」

「と、トイレに行きたくて…」

「……」

「……鬼瓦?」


 すると、突然鬼瓦先輩が僕に接近してきた。

 吉良先輩が制止するがお構いなしに。


「お、鬼瓦…先輩?」


 しばらく無言で、いや、何かを言いたそうな雰囲気を出している。

 まさか僕の腹にグーパンをする気なのでは……


「佐々木」

「!」


 鬼瓦先輩は言う。


「凶助……って、呼んでくれねーか?」

「え?」

「鬼瓦ぁぁぁぁ!!!!」


———あの後、吉良先輩に連行されるように先輩達は去って行った。

 報復とかされなくて良かったはいいものの、鬼瓦先輩のあの言葉は一体……

 まぁ彼らが許してくれたということにしておこう。


「あっ、ここ通ったことないなぁ」


 さて、今日は気分がいいことだし、少し遠回りして帰ってみよう。

 僕は普段は通ることがない道を歩いてみると、見慣れない町の景色を楽しみながら帰る。


 実に平和且つ、ごく普通の光景だ。

 壁を殴って亀裂を入れることができたり、不良グループを壊滅させたりといった非日常がおかしかったんだ!

 ああ、高田さんがいない普通って、素晴らしい。

 僕は再度周りを見渡し、普通を堪能する。

 塀の上で寝る野良猫、公園で鬼ごっこをする幼い少年少女、馬に乗っている女性、どれもよくある光景……ん?

 野良猫、少年少女、馬……馬?!

 いやいやいやいや! そんなの普通か?!

 ここら辺に動物園も競馬場もないのに!

 テレビでならたまにいるのは知っているけど……


「ブルルッ」


 マジの馬じゃないか!

 め、珍しいものに出会うもんだなぁ。

 まさか野良猫ならぬ野良馬に……


「あれ~? 確かここら辺に……」


 馬に乗る金髪のイギリス人女性……いや、少し幼く見えるし、僕とあまり年が変わらないか?

 彼女は馬が動かなくなって困っているっぽいが、


「ちょっと何あれ」

「お馬さん!」

「こら! 近寄っちゃだめよ!」


 これは近寄るべきじゃないな。

 まぁ彼女もわざわざ陰キャの僕に関わるわk


「ん? あんたその制服……もしや矢羽やば(晴斗が通っている)高校の制服?」


 なんでやねん


「違います」

「いや、そうに決まってる。目が乾ききるぐらい見た嫌な制服や」


 僕の高校ってそんなに嫌われてたの?

 関西弁を使っているが、まさか広範囲で言われているのか?

 だとしてもわざわざ遠くから来て、都会でもないここで乗馬体験とコスプレをする変人であることには間違いない。

 関わるのは避けた方が良いな……


「ではこれにて」

「ちょっと待って。あんたに聞きたいことあるねん」

「嫌です」

「実はな?」


 ひぃぃ!!

 人の話聞かない部類だよこの人!!

 何で平穏と普通を望んでいる時に、関西弁で馬に乗った姫様みたいな個性の塊みたいな人と話さなくちゃいけないんだよ!!

 しかもさっきから奇怪な目で周りから見られるし!

 せっかく高田さんがいない平和を楽しんでい


「高田桜って女……知らん?」

「……」

「? どうしたん?」


 高田さん……君はどこまで僕にまとわりつく気なんだ?


「おーい、もしもーs」

「知りませんし、聞きたくもないです!!!」


 これ絶対面倒な展開になるやつじゃん!!!


「あっ!! 何で逃げるねん!」


 僕は彼女の言葉を聞く耳を持たずに逃げ出した。



 ※※※



「はぁ、はぁ」

「あんたアホなん? 馬から逃げ切れる脚力持ってると思ってたん?」


 女はそう言って、馬の上から見下ろしてくる。


「その感じやと何か知ってそうやな」

「はぁ、はぁ」

「教えるまで、ウチは引き下がらんかr…」

「はぁ、はぁ……」

「……少しは落ちついたk」

「ぜぇ、ぜ…ゲホッ!!」

「もうええわ!!!」


 息切れしているのに無茶言わないで欲しい


「別に取って食うわけじゃないんやから」

「嘘だ!!! 高田さん関連は僕の辞書に悪と記されている!」

「……あいつに苦労させられたんやなぁ」


 女は僕に哀れみの目を向けてくる。

 ……この人は高田さんの何を知っているんだ?


「言うの遅れたな! ウチの名は相葉撫子あいばなでこ。あんたと同じ……サクラに恨みを持つ者!」

「!」


 そんな……高田さんは国境を越えても恐怖を知らしめていたのか!!


「同じ中学出身や。あいつとウチは白百合中学ってとこやねんけど」

「白百合中学……白百合中学?! それって超お金持ち学校で知られているあの?!」

「まぁ世間的に見ればそうかな?」


「相葉ってもしや……」


 すると女はにやりと笑い、口を開く。


「そう! ウチの親は鈴木財閥や中川コンツェルン、四宮グループと並び、四大財閥でお馴染み、相葉帝国ホテルその他複数の子会社を傘下に収める相葉財閥や!!」


 言われてみると、彼女の顔は昔テレビの特集か何かで見たことがある顔である。

 そうか、年商五兆円と言われる相葉財閥のお嬢様なら、馬に乗っているのもおかし……いな。

 しかし、彼女は嘘をついている。

 何故なら、某高田さんの家はごく普通の一般家庭だからだ。

 父は文房具を売る会社に勤務し、母は専業主婦であると、昨日聞いたばかりだ。

 ちなみにお父さんの左遷が原因で引っ越したらしい。

 そんな彼女が、あのお金持ちしか入れない学校であるはずがない。

 じゃあ……


「高田さんをボディーガードとして雇ったはいいものの、あまりの凶暴性に扱えず、恥をかいたというパターンですね?」

「あんた漫画の読み過ぎちゃう? サクラは特待生で、学費免除で通っていたんやで」


 え? 高田さんってそんなに頭良かったの?

 あんな風貌と腕力を持っているのに?!


「あいつはウチの人気をかっさらって……おっと! 学校での地位を確立させていったんや!」


 相葉さんは馬に降りながらそう話す。

 降りて分かったが、相葉さんは小柄な身長だ。


「学力トップ、スポーツトップ、素行は悪い癖に妙に人気があった。ウチを差し置いて!!」


 スポーツは分かるけど学力は疑わしい。

 あの高田さんにそんな過去があるなんて聞いたことがないし。


「高校こそはサクラに!! …って思ってたのに、あいつ引っ越して逃げたんや!!」

「いや、高田さんに限って逃げるなんて…」

「いーや! あれはウチの復讐に怯えて引っ越したに決まってる! 今日はそれを拝むついでに、今までの屈辱を晴らそうと、遠路はるばる来t」

「ハル―!! なんでここにいるのー?」

「ひぃぃ!!!」


 あれだけ強がっていた相葉さんは、高田さんが来るのが分かると、急に怯えだす。

 やはり高田さんのトラウマは根強いか……


「何この馬……ん? あんたって……」

「うぅ……」

「この人、高田さんと同じ中学の相葉さんって言ってい」

「!!」


 僕の言葉を遮り、高田さんは相葉さんの背後に回り、卍固めで締め上げる。


「いたたたたたたた!!」

「た、高田さん??!」

「ハル! はさみか何か鋭いもの持ってない?」

「え? そんなもの何故……」

「この女を……ころs!!」

「やめなさい!!!」


 高田さんが相葉さんに何を怒っているのか分からないが、結局僕は巻き込まれてしまったのだった。

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