第26話 全力!鬼は外

「いまどこー?」


かかってきた電話に出るなり問われた。


「帰り道ー」


柊介が返事すると同時に電話口がひなたから代わられる。


「早く帰っといで」


多恵だ。


「あれ、お前いつ帰ったの?」


数時間前まで一緒に体育館でバスケをしていたのに。


オールコートで5対5をする頃には


いつの間にか多恵の姿は体育館から消えていた。


「フォーメーション始まってすぐだよ」


「誰かと一緒?」


「京と帰ったよ」


「京だけ?」


「なんで?」


「もう暗いのに」


「だから2人で帰ったんでしょうが。京1人で帰らせるわけないじゃん。あんたは?実も一緒?」


文句を言いたくなってけれど我慢する。


多恵に、どれだけ自分も女の子なんだから気をつけろと言っても無駄なのだ。


せめて体育館にいてくれたら一緒に帰れたのにと思う。


「そうだけど・・」


溜息交じりに言った柊介の携帯を実が横から奪った。


「今日って何かあったっけ?・・あ・・・ああーそっか・・・あれ・・南ちゃん?」


いつの間にか電話口が南に代わっていたらしい。


「南ちゃんまでいるのか?」


何か幼馴染が一斉に集まるイベントでもあっただろうかと記憶を手繰り寄せる。


と、目の前のコンビニに上がっていた看板に”恵方巻き”の文字を見つけた。


「そっか・・節分!!」


すっかり忘れていたが今日は2月3日。


鬼を追い出す日だ。


柊介の言葉に実がきづいて言った。


「もしかして最後に帰ったら鬼決定とか?・・・」


急に足早になった実の後を追いながら柊介は去年の豆まきを思い出してげっそりした。


くじ引きで鬼に決まった南と巻き込まれた希が必死で団地を走り回ったのだ。


駐車場まで豆だらけになって後の掃除が大変だった。


「え・・それ本気で言ってんの?ちょっと勘弁してよ」


「なに言ってんの?」


柊介が問いかけるも実は難しい顔をするばかり。


「で、とりあえず今誰がいないの?・・・うん・・俺と柊と・・颯太兄も?それってでも俺らのが圧倒的に不利でしょ・・ああ、うん、とりあえず帰るから」


そうして通話を終えるなり実は猛ダッシュで団地に向かって走り出した。



「た・・たっだいま!!」


柊介の家の玄関に駆け込むなり廊下にずらりと並んだ幼馴染の面々に出迎えられた。


「はいおかえりー」


「ざんねーん」


「さー逃げた逃げたー」


「時間切れー」


「がんばってー」


柊介の母と南、ひなた、京、多恵、そして希が出迎えてくれた。


「マジで!?颯太兄は!?」


息も切れ切れに問うも、多恵がニヤッと笑って携帯を開いて見せた。


”ちょっと遅れるー!先に始めといて。間に会ったら豆撒く”


「えええー」


がっくり項垂れた柊介に向かって南が最上級の笑顔を向ける。


本来なら疲れも吹っ飛ぶ天使の微笑みだが今日ばかりは威力が無い。


その手に持っているのは豆ではなく。


殻の付いた落花生だ。


「去年の学びを活かして今年は落花生豆まきにしてみましたー」


「いえーい」


「これで外に撒いても拾って殻向いてお父さんたちのおつまみに出来るしね」


「んで、今年はたっぷり買ってきたからな」


笑って希が落花生が山盛り入った袋を掲げてみせた。


「のん兄余計な事を・・」


実が恨めしげに言う。


「いーじゃない、必死で逃げなさいよ」


まるで他人事と京が笑った。


「あのなー・・それ結構痛いと思うけど」


「よりリアルな豆撒きになるよね」


ひなたがにこにこと微笑む。


「んで、俺らが豆蒔くつったらご近所みなさん参加したいってご要望があってさ」


「ま・・・まさか・・」


「4階の端まで頑張って走って来い」


希がさわやかに言い放つ。


「嘘だろ!!」


柊介が怒鳴り返す。


「いっつも走ってんだから平気ヘイキ!パーっと走ってみんなで節分楽しもうよ。そのうちお兄も帰って来るしさ」


「さーそーと決まったらはい。このお面被って」


有無を言わさずおまけと思わしきお面を手渡される。


実と柊介が顔を見合わせて溜息をついた。


諦めるしかないらしい。


「やるかー」


「しょうがないよな・・」


「あんたたちー豆蒔き終わったらお寿司用意してあるからね!」


柊介母がリビングのドアを開けて告げた。


「よっしゃー!!」


元気な声が団地にこだました。


「おーにが出たぞー!!」


南がはしゃいで叫ぶ。


各家々のドアが一斉に開いて豆ならぬ落花生を手にした住人達が廊下にやって来る。


「おにはー外ー!!」


「ふくはーうちー!!」


「あら、今年は柊介ちゃんたちなのかい」


「ほほほがんばってー!ほーら鬼はー外ー!」


励ましの言葉を口にしながら遠慮なく落花生を投げるおばちゃんたちの家の前を猛ダッシュで駆け抜ける。


団地は4階建なのでエレベーターは無い。


移動手段は階段のみ。


「さー走れ走れ―!!」


「わー鬼だ―!!」


「きゃー鬼!!」


隣の団地から混ざりにやって来たらしい子供たちのはしゃいだ声が聞こえる。


「イッテ!結構痛いぞ!これ」


「のん兄やってくれるよな!」


「次どっち行く?」


「んじゃあ俺2階!」


「じゃあ後で下でな」


「おう、検討を祈る!」


拳を軽くぶつけて柊介が3階の廊下に躍り出た。


そのまま実は2階に向かう。


最終的には1階で合流して駐車場がゴールだ。


「鬼ですよー!」


自分で言うのも悲しくなるが仕方ない。


待ち構えていた南達が一斉に追いかけてきた。


3階で待機したらしい。


「きゃー!鬼が出たぞー!」


「さー逃げろ!走れ!!」


「走れ―!」


「ここにいたのかよ!」


言うなり落花生の雨が降る。


とその中に混じってカラフルな何かが飛んで来た。


「わ!なんだこれ!?」


チラッと足元を見るとピンクや黄色の鮮やかな何かが足の裏でジャリジャリ言う。


「こんぺーとー!!」


多恵が笑いながら言った。


「食べ物を粗末にすな!」


反射で叫ぶ。


「今日は無礼講ー!」


珍しく多恵が声を上げて笑っている。


その声が耳元に響いてくすぐったい。


階段を2段飛ばしで飛び降りたらちょうど走って来た実と合流した。


「おう」


「ぼけっとしてっと、こんぺいとうシャワー食らうぞ」


「なにそれ?・・わ!」


呟いた途端背中に向かって落花生とこんぺいとうが降ってきた。


「派手な豆撒きだなー!」


走るスピードは緩めずに後ろから


折って来る鬼追い出し隊のメンバーを振り返る。


と、団地を出たところで歩いてくる


颯太から声がかかった。


「おー!お前らやってんなー」


その手には大きなビニール袋。


「颯太兄!」


「お前らが鬼?・・・・ってことは・・わ!!!」


一緒になって落花生とこんぺいとうシャワーを浴びた颯太が


流れに任せて柊介達と走り出す。


「鬼はー・・あれ!颯太くん!」


「お兄!!おっかえりー!!」


こんぺいとうを勢いよく投げた多恵に向かってスーパーの袋を放り投げる颯太。


「こら!おかえり言いながら豆撒くな!ってか俺も鬼かよー!!」


「いいじゃん、颯太兄か俺らどっちか最後に帰った奴が鬼だったんだからさ」


「駐車場がゴールだよ」


実の言葉に颯太が頷く。


「毎年恒例だな!」


「わー!お兄お菓子いっぱいじゃん!」


相変わらずの距離で走りながら多恵が言う。


颯太は振り向かずに言った。


「だろ?新作お菓子買い込んできた!豆撒き終わったら宴会だな!」


「あはは!宴会!」


「さーラストスパートよー!魔のカーブを抜けて走れ―!」


南が駐車場に向かう3人の背中に言った。


団地の裏にある駐車場に続くL字型の通路。


通称”魔のL字カーブ”


急いでいる時ほどかなりの確率でずっこける。


けれど今日の3人は見事にカーブを抜けて駐車場に駆け込んで行った。


アスファルトに描かれた白線。


毎年恒例の豆撒きのゴール地点である。


横一列に並んで3人が白線を超えた。


「いよっしゃー!」


「完走!」


「つっかれた!」


しゃがみ込んだ3人の後に続くように団地組が駆け込んでくる。


「お疲れー!」


「いやー走った!!」


落花生の袋を握ったままでひなたが後ろを振り返る。


「こんぺいとうキラキラしてるよー」


落花生と混じってアスファルトに散らばったこんぺいとうの数々。


色とりどりのそれは、まるで団地への道しるべの様に月明かりを受けて輝いている。


「ほんとだ」


「これで迷わず帰れるねー」


ひなたの呟きに多恵が首を振った。


「あたしはいつでも帰れるもん」


「真っ暗闇でも?」


京が問いかけてくる。


「当然」


自信たっぷりに多恵が言った。


南が楽しそうに訊いてくる。


「どして?」


「だって、いてくれるでしょ?」


ぐるりと幼馴染を見渡して多恵が笑う。


南達が一緒になって頷いて笑う。


優しい風景を同じように優しい表情で眺めながら颯太が言った。


「後片付け大変だぞー」


「皆でやれば怖くない、よね、柊」


柊介が苦笑いしながら体を起こした。


「はいはい」

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