第27話 seven rows

「ねえ、トランプするのなんて、いつぶりだったっけ?」


手持ちの札を確かめながら、京が誰にともなく問いかけた。


「さー・・・何年かぶり?」


「中学以来じゃねぇ?」


多恵の言葉に柊介が続ける。


黙り込んで考えている実が、カーペットの床に置かれた座布団の上に並べられたカードを見て、手持ちの中から一枚を出した。


「それは無いと思うけど、ほら、去年の夏に南ちゃんや颯太兄込みでやらなかったっけ?」


「あ、実よく覚えてたねー。ほんとだ、あのときはババ抜きしたよね」


頷いてひなたが、実に続いてカードを置こうとして、躊躇う。


「どうしよ・・・」


呟いたひなたに向かって、京がにっこり微笑んだ。


「エライ、ひな。出す前に考えたわね」


「四角四面に出して行ったら駄目だって教えて貰ったの思い出して」


誉められたひなたが嬉しそうに頷く。


団地組に遊びのルールを教えたのは、エリカや望、颯太たちだ。


カードゲームの駆け引きを思い出して、ひなたが出そうとしたカードを引っ込めて、別のカードを出した。


それを見ていた多恵が舌打ちをする。


「ひなた、さっきスペードの10出そうとしたでしょー」


「あ、何で分かるの?」


「さっきからずっとそこばっか見てるし。ってか、あたし待ってたんだけどそれー」


ぼやいた多恵の腕を京が叩いて笑う。


「それ言ったら意味ないでしょうが」


「あ、ほんとだ」


「ってか、俺らでトランプって・・・駆け引きとか無理だし。ある意味バレバレだよな」


柊介が続いてジョーカーとハートの3を同時に出した。


「顔にすぐ出るしな。ハイ、ハートの4持ってる子だれ?」


実の問いかけにひなたがうっと顔を顰める。


「あたしだー、やだなーぁ。さっきからあたし手札減ってないよー」


「大丈夫だって、一番減ってないの柊介だから」


「これでも地道に減らしてんだよ」


京の言葉に柊介が眉根を寄せて続けて言い返す。


「なぁ、何でトランプしようって話になったんだっけ?」


「えーっと・・・それはー」


多恵が思い出すように顎に手を当てて、視線を京に向けた。


「あんたでしょ、みや」


「そうだ、ウチの大掃除でトランプ出てきたからだ」


「懐かしいって盛り上がったのがダメだったよな」


実が遠い目をして、リビングの奥を振り返る。


開きっぱなしの押入れの前には、段ボール箱や衣装ケースが積んであり、たたまれていない洋服が山になっている。


京の母親は離婚後、暫くしてから結婚前まで努めていた弁護士事務所に復職した。


以降、寝る間も惜しんで働いている。


おかげで、京の家の大掃除は団地組の恒例行事になっていた。


勿論、ただと言うわけではない。


京の母親が出かける前に、みんなで食べなさいと食事代とお菓子代を残して行っている。


午前中から集まってメンバーは、風呂、トイレ、玄関、ベランダと役割分担を決めてテキパキと仕事をこなした。


午後からはリビング、寝室、キッチンをこれまた手分けして掃除にかかり、リビングを担当した京と多恵が、トランプを発見した事をきっかけに、大掃除が中断された。


それから1時間半。


作業は再開される気配が無い。


「これ終わったら、おばさん帰ってくるまでに、押入れどうにかしなきゃ」


呟いたひなたが、手札を並べられているカードを見比べる。


京がそれは大丈夫、と口を挟んだ。


「お母さん今日から長野出張」


「え、そうなの?」


突っ込んだのは実だ。


「言ってなかった?今日明日は不在よ」


「なーんだ、なら焦る事ないじゃん」


ケロッと言った多恵が、柊介の肩に頭を預ける。


即座に固まった柊介を見て、実と京とひなたが複雑そうな顔をする。


多恵が、ちらりと視線を上げて柊介を見上げた。


「重い?」


「え!?いや、平気だけど」


「ならいい」


離れていくかと思ったが、多恵の頭はそのままだった。


柊介が手札を持ち替えて、多恵の頭をそっと撫でる。


彼なりの精一杯の愛情表現に気をよくしたのか、多恵が小さく笑った。


いつもは京に絡む事が多い多恵が、こうして柊介に甘えるのは珍しい。


本人も無意識のうちにリラックスしているのか、多恵の体重がどんどん柊介にかかってくる。


それを見た京が呆れたように突っ込んだ。


「そんな凭れるなら、抱っこしてもらえば?その方が柊介も楽でしょうに」


ぎょっとなって柊介が言い返す。


「何言って・・・」


「だってそうしたら七並べ出来ないでしょ」


多恵があっさり言ってカードを出す。


全く動じない多恵の態度に、柊介が視線を下げて小さく溜息を吐いた。


多恵にとって幼馴染は家族同然で、自分がまだその枠を超えられない事を否応なく知っている。


「いいよ、実。うちらに遠慮せずに、京とふたりの時みたいにべったべたしなさいよ」


多恵が残りのカードを確かめて告げた。


実が苦笑して答える。


「しないよ」


「そーよ。そんな事したらあんた拗ねるでしょ」


「拗ねないっつの」


多恵が心外だと眉を吊り上げた。


「ちょっと面白くないくせにー」


「べっつに!ほら、早く次誰?ってか、ダイヤの5止めてんの誰?」


「あ、あたしだー。で、ダイヤの5は持ってないよー。多恵は京の前だと妹みたいだもんね」


「そうよねー」


京が楽しそうに頷いてひなたの頭を撫でた。


「あ、何姉貴面してんのよ一人っ子の癖に」


「そっちは完全末っ子でしょ」


言い返した京の前を横切るように実がカードを出す。


そして、空になった手で京の頭を抱き寄せた。


「そういう事言う京も十分末っ子みたいだよ。ダイヤの5は俺が持ってるけど、まだ出さないから」


「うっわ、実のケチ!策士!」


多恵が柊介の肩から頭を起こして言い返す。


空になった肩をちらりと見た柊介が一瞬寂しそうな顔をした事にも気づかない。


「それは誉め言葉として受け取っておく」


にやっと笑った実が最近お気に入りの眼鏡の奥で目を細めた。


黒フレームの眼鏡をかけると、ますます実の秀才ぷりに磨きがかかる。


その眼鏡を京の手が抜き取って、覗き込んだ。


「うわ、何これー、乱視入ってる?」


「キツイだろ?」


頷いて京が実に向かって眼鏡を差し出す。


「返すわ」


「ありがと」


京の指を掴んで眼鏡をかけ直した実が、楽しそうに白い指先を撫でた。


その様子を横目に、柊介が涼しい顔で手札を選びつつ口を開く。


これ位の事で羨ましがっていたら先が思いやられる。


「ひなたの前だと、多恵も京も子供みたいだけどな」


「「え!?」」


即座に鋭い突っ込みが二方向から飛んできたけれど無視。


柊介の言葉に頷いて実が告げる。


「ひなたの傍だとゆっくりできるからかな」


腑に落ちない表情の京と多恵が、手札を放り出してひなたの両脇に移動する。


ぴとっとくっつくと左右の腕をそれぞれ絡めて甘え始めた。


「あ、確かにそうかも」


「うん、分かるね」


京と多恵がうんうんと満足げに頷いてひなたの肩に凭れる。


ひなたはそんな二人を優しく見つめ返してにこにこと微笑んだ。


「皆大好きだよ」

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