第28話 追い越す坂道

今はまだ、成長過程。


今はまだ、追い越す途中。


ずっとずっと追い続けている背中を。




☆★☆★



ドリブルで右サイドから切り込んでそのままレイアップ。


床に片足着いたと同時に背中でネットをボールがくぐり抜ける音。


何千回と聞いた慣れた音。


一番馴染み深くて二番目に好きな音。


「はい。もーいっちょ」


多恵に向かって落ちて来たボールを投げる。


「あんたも打ちゃいーでしよ」


「運動不足だから付き合えつったのそっち」


「そーだけどさぁ」


「実たち来るまでもーちょっと頑張りな」


「スパルタ」


「ホントなら走らせてる」


ランニングから始まる通常練習の何分の一かのお遊びで多恵がバテるのは珍しい。


春休みが始まってからゴロゴロしていたせいだろう。


「死ぬ」


心底嫌そうに言って多恵が本日何回めかのシュートを打った。


颯太兄直伝のワンハンド。


徹底的に叩き込まれたシュートフォームは乱れる事がない。


ボールに触ってない時間が多少あっても、あっという間に勘を取り戻す。


多恵に染み付いてるバスケの感覚。


それが何となく俺らと多恵の歴史のような気がして嬉しい。


「パス出してよ」


「いーよ」


こちらを見る事もなくポイッと投げたボールがいともあっさり俺の手に収まった。


俺がどこに居るのか感覚で分かっている。


多恵が無意識にしてる事だとしても。


たったこれだけの事が俺を信じられない位幸せにする。


こんだけ両手上げて完全降伏状態。


にもかかわらず、俺がこの10年になる気持ちをいまだ当人にだけ打ち明けられないのは(周りはとっくの昔に気づいている)


颯太兄というバベルの搭並みに高い壁があるからだ。


足がかりすらも掴めていない状態のまま、最後の高校生活が間もなく始まろうとしている。


颯太兄は、優しいけれど、だけど、それだけじゃない。


本当に自分が安心できる相手でなくては、多恵を譲ってはくれない。


それが分かるから、生半可な気持ちでは挑めない。


なんといってもこちとらまだ成長途中なのだから。




「柊~何やってんの。早く」


痺れを切らした多恵が俺に向かって手招きする。


「悪い」


「何よ。考え事?」


「・・・うーん、まあ」


「なによ話せば?」


いかにも多恵らしい答え。


こういう時、多分、ひなたは大丈夫?と尋ねる。


京なら何?と気のない素振りをするだろう。


矢野はきっとあっけらかんとどーしたぁ?と訊く。



どの返事もみんな嬉しい。


どの返事もみんな正しい。


でも、俺が欲しい答えを持っているのはいつでも多恵だ。



出会ってからずっと。


いつだって、多恵の答えが俺にとっての一番。



これからも。


変わることなくずっとだ。


それだけはもう確認するまでもなく分かり切っている。


だから、あとは俺が腹くくって頑張るだけ。





「なあー多恵」


彼女にボールを投げる。


受け取ったボールを右手に持って左手は支える程度に添える。


爪先立ちになってシュートを放つ。


華奢な割りにブレないんだよなぁ。


「言っていーか?」


「・・・?」


無言のままで多恵が伺うような視線を向けてくる。


ただでさえ鋭い多恵だ。


俺の不穏な空気を感じ取ったんだろう。


けど。


俺としても、勢いつけなきゃ言えない。


いつでも良い距離にいる幼なじみ。


その距離に甘んじるのは今日までだ。


「俺な」


「柊介・・・」


多恵の瞳が揺れる。


急に真面目な顔をし始めた俺に対する驚きなのか不安からなのか、察する余裕は今の俺にはない。


「たぁえ~」


その声はいきなり聞こえて来た。


図ったとしか思えない。


多恵が振り返ってホッとした顔を見せる。


「お兄」


やられた。


俺は溜め息を飲み込んで、多恵の頭を当たり前みたいに撫でる彼に向かって苦笑いを繰り出す。


「颯太兄。お帰り」



こん畜生を必死に飲み込んだ。


だってまだその時じゃない。




今はまだ追いかける坂道の途中。


追い越す背中はすぐ目の前に。


敵わない事はないと必死に自分に言い聞かせる。


これからの自分に、盛大に願掛けした。

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