第25話 消えないでホーリーナイト

静まり返った深夜2時。


リビングに広げられたお菓子やジュースやケーキはそのまま。


やりかけの人生ゲームの車はボードからはみ出してしまっている。


かろうじてホットカーペットの上に寝床を確保したらしい6人は、重なり合うようにして眠っている。


しっかり毛布をかぶっているのがひなたと京だ。


暑くなった毛布を蹴っ飛ばした多恵に、膝掛けを被せたのはおそらく柊介だろう。


自分は上着も羽織らずに丸くなっているのがいかにも彼らしい。


蹴っ飛ばすと厄介なグラスや食器類が片づけてあるのは、実の仕業だ。


ソファに凭れて眠る彼の隣に膝を抱えて眠っているのは、後から合流した南だ。


実が被っていた毛布を南に渡したらしく、実自身は自分の上着を羽織って眠っている。


「・・・」


家族同然の幼馴染達の様子を確かめたサンタクロースは、小さく微笑んで、エアコンの温度を確かめる。


加湿器の水も補給した後で、慣れた様子で別室から薄手の毛布とタオルケットを持ってくると、実と柊介に被せてやった。


幸せそうな寝顔からして、毎年恒例のクリスマス会は楽しいものだったらしい。


深夜のバイトが終わった後で、足音を忍ばせて集合場所となっている京の家に向かうのはここ数年の通例となっていた。


幼い頃から顔を合わせていたメンバーで、最初は親も交えてのクリスマス会からスタートして、歳を重ねるにつれ子供達だけでパーティーをするようになった。


今年のテーマは手作り、だったらしい。


リビングテーブルの上には、ラップをかけて残された手作りケーキがワンカット置いてあった。


”颯太兄へ 


バイトお疲れ様食べてねー。


頑張って作ったよ”


ひなた、京、多恵の順番で書かれたらしい文字が並ぶ。


生クリームと苺のケーキ。


悪戦苦闘してケーキ作りに挑む妹たちの姿が目に浮かぶ。


来年は一緒に作ろうな、と小さく呟く。


いつまでこうして居られるのかは分からない、それでも、可能な限り一緒にいてやりたいと思う。


ラップを指で捲って、ケーキを手づかみすると、豪快に噛り付いた。


唇の端にクリームが付くのもお構いなし。


手作り独特の優しい甘さが口いっぱいに広がった。


市販品と比べると、スポンジは固いし、形も悪い、デコレーションもイマイチだ。


けれど、このケーキが一番美味いと胸を張って言える。



妹たちを起こさない様に気遣いながら、それぞれの枕元に、プレゼントを置いていく。


これは颯太が高校生になってバイトを始めてから、毎年欠かしたことが無い。


きっかけは、サンタクロースがいないと知らされた多恵がこっそり泣いた事を知ったからだったが、今では自分の使命のように思っている。


目が覚めてプレゼントを見つけた多恵が、嬉しそうに”ありがとう”と言った時の笑顔が、とても幸せそうだった事と、それを見れた事が何より嬉しかったので。


毎年喜ばせてやりたいと思うようになった。


兄バカと言われればそれまでだが、自分にとって多恵や幼馴染達は何にも代えられない大切な存在だ。


自分に出来る事があるなら、何でもしてやりたいと思う。


こんな些細な事で、笑顔がひとつ増えるなら、寝不足も連日のバイトも苦ではないと思えた。


プレゼントを配り終えて立ち上がると、近くにいた南が小さく身じろぎした。


「・・・ん・・・あれ?颯太くん?」


「ごめんな、起こしたか」


南の頭を撫でてやると、南が首を振ってお帰りと言った。


友英のマドンナは寝起きでも眩いばかりに美しい。


南に熱を上げる生徒たちが見たら卒倒しそうな柔らかい微笑みを向けてくる。


「皆1時過ぎまで起きてたのよ、颯太くん待つんだって」


「そっか、ごめんな」


「ううん、来てくれたからいいの。起きたらみんな喜ぶね、プレゼント今年も有難う」


小声で言って南が颯太の冷えた手を握る。


「ケーキ食ったよ、フルーツ切ったの南だろ?」


「あれ、何で分かったの?」


「形が全部揃ってた。飾りは京と多恵だな」


「ひなたはスポンジ焼いたの。だから無事に膨らんだわ」


「美味かったよ」


「来年はチョコレートケーキにするって」


「来年の楽しみが増えたな。南、寝ていいよ。俺ももう帰るから」


「泊まっていかないの?」


「朝からバイト。起こすの可哀想だし。プレゼントは朝起きてみんなで開けな」


南に被せてあった毛布を掛け直してやる。


「ありがとう。颯太兄。みんなの分も先に言っとくね、大好き」


南の手を優しく解いて、もう一度頭を撫でると、颯太はおやすみと告げた。


合鍵を使って鍵をかけて、足早に家に戻る。


深夜の廊下を歩きながら、こんな幸せな気持ちになれるから、世界中にサンタクロースがいるのか、と思った。

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