第24話 二人の距離・秋祭り

太鼓の音が聴こえる。


祭囃子に混じって、子供たちのはしゃぐ声。


神輿を引く青年団の掛け声と、大人達の話し声。


「おー今年も来たなー」


「もー見えた―?」


「まだ、けどたぶん、坂の下までは来てんじゃない?」


「京、そろそろセーブしなよ」


「多恵も、漫画終わりにしなさーぃ」


寝ころんで単行本を読みふけっていた多恵は、一気に視界が明るくなって目を瞑った。


ひなたが横から漫画を取り上げたのだ。


と同時に誰かの腕が多恵の体を引っ張り起こす。


「まだ時間かかるってば、柊、気ぃ早い」


引っ張り起こした幼馴染に向かって言うと、隣りに座っていた実が立ち上がりながら言った。


「どのみち坂道引っ張り上げるの手伝えって声掛けられるにきまってるだろ」


「えー、今年は若者に任せよう」


「その若者があたしたちでしょーが。ほら、京も行くよっ」


いつまでもゲーム機を手放さない京に向かってひなたが窘めるように言った。


「んー・・後ちょっと」


「駄目、もう行くの。実、京の上着」


「もう持ってるよ」


渋々ゲーム機を手放した京に向かって、カーディガンを差しだす実。


「じゃー行こうかしらね」


腰を上げた京が多恵に向かって手を差しだす。


「ん」


頷いて、多恵がその手を握り返した。


「多恵、お前上着は?」


「平気ーどうせ神輿引いたら熱くなるし」


柊介の問いかけに応えて、玄関に向かう。


今日は地元の奉納秋祭りだ。


自治会の神輿を引いて、子供たちが町内を練り歩く。


団地組のメンバーも幼い頃から欠かさず参加してきた恒例行事だ。


柊介と実は、颯太に連れられて神輿に乗って太鼓を叩いた事もあった。


団地の廊下に出ると、既に外には住人が集まっていた。


こちらを見上げて手を振る柊介の母が大声で呼んでくる。


「あんたたちー!下まで行って、神輿引くの手伝いなさーい!」


「わーかってるって、今から降りるよー」


「あー、柊兄達だー!神輿迎えに行くのー?」


団地の子供たちが手を振って来る。


「そー。団地の前まで連れて来るから。お前らも一緒に来れば?」


「行くー!」


昔の自分達のようにはしゃぐ子供たちに囲まれて、団地から続く坂道を下る。


神輿に乗って、写真を撮った頃から10年も経ったなんて信じられない。



「神輿に手が届かないって、昔多恵が泣いたよなー」


「何それ、いつの話よ」


「小1位だろ、アレ」


「うっそーなにそれ。そんな事あったの?」


引越し前の出来事に、京が興味津津で尋ねて来る。


「あったよー。昔は多恵が一番ちっちゃかったからねー。皆神輿に手が届くから押して行けるんだけど、多恵だけどうしても届かなくって・・」


「自分も押したい!ってさんざん騒いで」


思い出し笑いする柊介の背中を思いっきり叩いて多恵が不貞腐れる。


「そんなの覚えて無いし」


「負けず嫌いだからなー」


実が笑って続けた。


「で、どーしたのよ?諦めるわけないと思うけど」


多恵の性格を知り尽くしている京が問いかけて、ひなたが答えた。


「颯太兄がおんぶしてくれたんだよね」


「そうそう、南ちゃんもおぶってくれようとしたんだけど、無理で、俺らもまだちびっちゃかったからさ」


柊介が言って、多恵を振り返る。


「嬉しそうに押してたよなー」


「颯太兄大変そうだったけどね」


「そうそう、多恵があんまりはしゃぐから、下ろすに下ろせなくって、結局団地一周したんだよな」


「何でそんな覚えてんのよあんた達!」


真っ赤になった多恵の頬を引っ張ってひなたが笑う。


「だって、アレがきっかけでお神輿が団地の中まで入って来るようになったんだよ?お年寄りとか、小さい子とか、坂の下まで見に行けない人の為にって」


「そーだったんだ・・」


「多恵がなかなか神輿から離れようとしないから、自治会の役員で一緒に来てたうちの親父が、団地一周してやれって言ったんだよ」


「あーそうだったねー。あの時神輿に乗ってたのはのん兄だったっけ?」


「そうそう、太鼓上手だった」


柊介の言葉にひなたと実が続く。


過去の記憶が蘇ってきた多恵は、恥ずかしさで黙り込んだままだ。


手を繋いだままの京が少し羨ましそうな顔で呟いた。


「ずーっと続いてたんだーこのお祭」


「うん、あたし達が生まれる前からだって」


ひなたの言葉に多恵が続けた。


「羨ましい?」


「べーつに。チビだった多恵にも会ってみたかったけどね。思いっきり馬鹿にしてたかもしれないけど」


ふいっと視線を外した京に向かって多恵が意地悪く笑う。


「なーによ、素直に羨ましいって言えば?」


「別にお神輿なんか押したくないし」


繋いでいた手を離して、京が足早に坂道を下る。


ゆっくり団地に向かって上り坂をやってくる神輿に近づくと振り向いた。


「あたしは、この雰囲気が好きなだけよ!」


「はいはい。分かってるってばー」


子供達が神輿を囲む輪の中に入ると、地元の青年団の一人が声をかけて来る。


「おう!お前ら今年も頼むぞー。ほら働けー!」


「はーい!」


行儀よく返事をしたひなたが一目散に京の隣りに並んだ。


「ひなたー、お前相変わらずちっこいなぁ」


「えー!1センチ身長伸びたのに!」


「はっはー!1センチなんか伸びたになんねェよ!ホラ、実、柊介!多恵!お前らも来い!」


神輿に近づこうとしたら、多恵の右手が繋がれた。


視線を上げると隣りに並んだ柊介が笑う。


「うん?」


「時々、京の事が羨ましくなるよ」


「意味分かんないんだけど?」


「あいつは、口と行動が逆を行くからさ」


「あんたもそうなりたいの?」


どうしてだか繋がれたままの手を見下ろして問い返すも、柊介は曖昧に笑うだけだ。


「逆を行く必要は無いと思うけど・・」


「京はさぁ、矢野程極端じゃないけど、全身で愛情表現するもんね。あたしも時々羨ましくなるよ。あんな風に全力でぶつかれたらいいなって思う」


「・・誰に?」


「え?」


「誰に全力でぶつかりたいの?」


唐突な質問に、思いっきり黙りこむ。


神輿はもう目の前で、それでも繋いだ手は解かれない。


柊介がいつまでも待っている気配を感じて、多恵が視線を下げたままで小さく呟く。


「・・・あんた達に」


その答えを聞いて、柊介が心底ほっとしたように笑った。


「良かった」


「何が?」


「・・・他の誰かの名前が出てきたらどうしようかと思った」


「たとえば誰よ?」


「矢野とか?」


「矢野は女友達じゃん」


その言葉に柊介が真顔で告げる。


「女友達でも、男友達でも関係ないよ」


「え?」


「強いて言うなら距離の問題?」


「え?」


きょとんと問い返した多恵の髪を、繋いでいた方の手を解いてかき混ぜる。


「とにかく、俺も手を繋ぎたかったって事」


まだ状況が理解できていない幼馴染に向かって言うと、言い逃げよろしく神輿の傍で待つ実達の元に駆け出した。

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