第23話 ヒーロー参上

駄目だって思った時。


めちゃくちゃピンチを感じた時。


無理だって泣きそうになった時。


風を切って颯爽と現れる正義の味方。


あたしにとってそれは、いつも・・・



☆★☆★


昼休みが始まってすぐに、お弁当片手に多恵の席にやってきた茉梨が、ひなたが呟いた言葉にオウム返しで言った。


「へー、インタビュー?」


「うん、何かバイト先で歌ってたトコ見られたらしくって、地元地方紙のライターさんが尋ねて来たって・・ね、多恵?」


「んーそうみたい」


多恵が曖昧に返事して開いたままの雑誌に視線を落とす。


「へー。凄いねー颯太くんオットコマエだしねー。ますます人気出んじゃないの?」


茉梨がニヤッと笑ったが、多恵はあっさり頷いただけだった。


「もともと兄貴人気だからね」


「おおっ!妹の余裕ってヤツね」


「余裕とかじゃないし。面倒だからって断ろうとしたらしいんだけど、マスターの知り合いだったからそうもいかなかったみたい」


「ふーん。で、それいつ出るの?」


「さー?あんまり詳しく聞いてない」


「まーそうだろーねー。あ、オレンジ食べるー?ふたりとも」


一通り話を聞いた茉梨が、タッパーを開く。


綺麗に櫛型に切られたオレンジを見てひなたと多恵が嬉しそうに頷いた。


「わー嬉しい」


「食べる」


「母ちゃんが持って行きなさいって。勝達戻って来ないけど、摘んじゃおう」


「食堂混んでるんだよきっと」


勝、柊介、和田の3人は連れだってランチ定食を食べにチャイムと共に食堂に消えて行った。


混雑する事が分かり切っていたので、教室でのんびりお弁当を食べる事にしたのだが、そろそろお昼休みも中盤に差し掛かろうとしている。


「多恵、実にメールした?」


「ううん、してない」


「だと思った。一応連絡してみよっかな。病院行くなら、お母さんに順番取ってもらってた方がいいかもしれないし」


実と京はセットで休んでいた事を思い出して茉梨がオレンジを咥えながら問いかける。


「京ちゃん具合悪いの?」


「熱があるらしいの。様子見て実がタクシーで病院連れて行くって言ってたけど」


心配そうにひなたが携帯を開いた。


そこで多恵が何かを思い出したようにお弁当を食べる手を止めた。


「お兄が今日は午後暇してた気がする。京の事頼もうか」


「多恵!それ名案!」


ひなたが二つ返事で頷いた。


携帯片手に廊下に出た多恵は短縮番号からソラでも言える馴染みの11ケタを呼び出した。


低血圧な自分のまだ覚醒仕切っていない頭で、今朝の会話を思い出す。




☆★☆★



「多恵、今日寄り道すんのか?」


「んーいつも通りーぶらってするかも?」


「お前が早く帰れるなら、夕飯までバスケしようか?」


「えーお兄暇なの?」


「夜からバイト行くけど、今日の午後休講だから暇なんだよ」


コーヒーカップを両手で持ってうつらうつらする多恵の寝癖の付いた髪を指で優しく梳きながら、颯太が笑う。


「珍しー」


「だろ?柊やひなたにも言っとけよ。んで、京はまだ寝込んでるのか?」


「んー・・夕方から熱上がったみたい」


「実は付きっきりなんだろ?」


「そりゃーそうでしょ」


「ふたりで大丈夫なのか?」


「んー・・・」


コーヒーをひと口すすって、多恵がパチっと目を開ける。


「お兄特製の味がする」


「俺が入れたもん。お前好みの味だろ?」


目を細めて颯太が多恵の頬を突く。


ミルクたっぷりで、シナモンを少し入れた優しい味。


彼しか出せない味に多恵が嬉しそうに頷く。


そんな彼女の前に、トーストの載せた皿を置きながら母親が会話に加わった。


「あんまり熱下がらないなら、大人呼ぶようにって言ってあるから。望月さんがいつもの解熱剤渡してるらしいから、今日には下がるといいんだけどね」


「あいつ、すーぐ食わなくなるからなぁ」


「元々食が細い子だしね」


「母さんパートあるだろ?」


「うん、まあ、昼間団地が空になる事は無いからね」


「ああ、まあ。そりゃーそうだろうけど。俺、早めに戻っとこうか」


「そうねー。その方が良いかもね、あんた予定大丈夫なの?」


「あー平気ヘイキ」


団地の住民は10年以上の付き合いなので、京の家の事情も知っている。


病院に行きたいと言えば誰かが付き添ってくれるに違いない。


が、空いては京だ。


素直に頷くとは限らない。


免罪符となりえるのは、ごくごく一部の内輪の人間だけ。


コーヒーをちびちび舐めて、テーブルに置かれた苺ジャムをトーストに塗る。


寝ぼけ眼で、今日は帰ったら家に颯太がいるのかーとぼんやり思った。







★★★★★★




「京ちゃん大丈夫だといいねー」


「うん。気持ちが直ぐ体調に出る子だから」


心配そうに呟いたひなたに、茉梨が困り顔で頷く。


「そーだね。でも、外に出ないのも困るから。気付いてあげれないじゃん?」


「ありがとう・・・茉梨ちゃんのそういうトコ凄いいいなーって思う」


実にメールを送り終えたひなたが笑ってお礼を口にした。


茉梨が口にしなかった人物を探すように廊下に視線を送る。


「そう?ありがとー」


「勝君はそういう茉梨ちゃんだから、一緒にいたいんだろうね」


にこにこと付け加えたひなたには、笑顔を返して、多恵がオレンジの皮をゴミ袋変わりのコンビニ袋に投げ入れる。


それから、ひなたと同じように廊下に視線を送ろうとして、異変に気付いた。


廊下の窓際で電話中の多恵と、少し離れた場所から彼女を見つめる女子のグループ。


その1人が持っていた雑誌を目にした茉梨が、慌てて立ち上がった。


「ひなちゃん、オレンジ食べちゃっていいよ」


「あ、うん、どうしたの?」


「ちょっとトイレー」


笑ってヒラヒラ手を振って廊下に出る。


こういう役にはひなたは不向きだ。


望月南の妹且つ、和田竜彦の彼女。


やっかまれる原因が多恵以上にあり過ぎる。


つまり。


「あたしの出番って事ね」


ついさっき話題に上がった颯太のインタビュー記事が載った地方情報誌を手に、多恵の方を凝視する彼女達。


聞こえくるヒソヒソ声には陰気なムードが漂っている。


「わざわざココで電話する?」


「バッカじゃない」


「うわー自慢ですか」


粘つくような嫉妬と嫌悪の視線。


自分に馴染みは無いが、如何せんツルんでいる連中が連中なだけに、こういう事態はよくある。


足早に彼女たちの前を横切り多恵の元へ。


視界から多恵を庇うように茉梨がぎゅうーっといつもの調子で抱き付いた。


「だから、とりあえず電話・・わっ!?矢野?」


「へへー」


急に抱きつかれて仰天した多恵が呆れ顔で茉梨を振り返って、そして気付く。


視界の隅に映った苦手な集団。


自分の置かれた現状を把握して多恵が携帯を持ったまま笑う。


「あんたはどこぞのヒーローか」


「ヒーロー代理の代理っ」


「あ、うん。違う大丈夫。ヒーローもどきが来ただけ」


何事かと問いかけた颯太に向かって多恵がいつも通りの口調で穏やかに答えた。

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