第18話 言えない子もいるから

いつもの放課後、居残り中の教室で大きな欠伸をした茉梨を見て、ひなたが心配そうに尋ねた。


「茉梨ちゃん、寝不足?」


「んー、そうなの。早くお布団入ったんだけど、なーんか目ぇ冴えちゃって」


「一人で時間潰したの?」


「ゴロゴロしてたんだけど、どーにも寝れないから、勝に電話した」


「相手してくれた?」


「まさかー、俺今から風呂、早く寝ろってそれで終わり」


「勝くんらしいねー、それからどうしたの?」


「宵っ張りメンバーを思い浮かべて、多恵に電話したー」


「多恵付き合ってくれた?」


「本読んでるから相手出来ないって言ってたけど、結局1時過ぎまで付き合ってくれたよ」


「多恵らしいね」


「面倒くさいとか、ぶつくさ言いながらそれでも電話切らないのが多恵のイイトコだよね」


「うちで、一番情に厚いのは多恵だからね」


誇らしげなひなたに、茉梨がうんうん頷く。


「多恵は人の傷みにも敏感だしねぇ」


勝が決して見せようとしない苦い過去も、京の両親との確執も。


彼らの小さな傷が疼くたび、一番に悟ってしまうのはいつも多恵だ。


茉梨がちょっと悔しいな、と苦笑いする。


「あたしがどんな頑張っても、絶対届かないものを、あの子は持ってるんだよねー。


多分それは、これからもずっと手に入らないと思うんだけど・・・多恵が気づく事の半分位でいいから、あたしも分かる様になりたいなぁ」


「それは、勝くんの為?」


「別に勝の為じゃないよ、あたしの為。勝と並んでるあたしの為、かな」


きっぱり言い切った茉梨が渡り廊下に視線を送る。


その先では連れ立って歩いている勝と和田の姿があった。


委員会に参加している京、実、柊介と、部室に直行した多恵を除いて、フルメンバーが揃っている。


日誌を書く手はそのままで、ひなたが楽しそうに微笑んだ。


彼女らしい性格で丁寧な文字が、SHRで伝えられた連絡事項を記入していく。


「茉梨ちゃんのそういう潔い所、凄く好き」


「ほんと?ありがとー、あたしもひなちゃんめっちゃ好き」


朗らかな笑みを浮かべた茉梨が呟く。


「もっと強くなんなきゃね」


「ええ?もう十分無敵だよ、茉梨ちゃん。それ以上強くなってどうするの?」


「大事な人達が泣かなくていいように、強くなるの」


「もう十分守って貰ってるよ、あたしも、多恵も、きっと勝くんも」


「茉梨ちゃんヒーローみたいだね」


クスクス笑いながらひなたが日誌を閉じた。


「すっごい憧れるけどね、ヒーロー。まだまだ遠いのだよ」


おどけて見せた茉梨が、廊下から教室に入ってきた勝たちに手を振る。


「ご苦労ご苦労ー。さー手土産寄越せー」


「おっまえ・・・その偉そうな態度をどーにかしろ」


「じゃんけんで負けた人に人権はなーし!」


「うわ、そんなおっきな話なんだ、コレ・・・はい、望月。ロイヤルミルクティ」


和田がひなたに冷たい缶を差し出す。


「あ、ありがとー」


「あたしも飲みたいー。コーラ、コーラ!」


茉梨が勝の腕を掴んで引っ張る。


「わーかったって・・・めっちゃ振ったけどイイ?」


「うっわ最低、そゆ事する?」


差し出された馴染みの缶を受け取った茉梨が思い切り顔を顰める。


「誰もいないトコで開けろよ」


「ちょっとーどゆことよー。じゃんけんは公平だったっつの」


唇を尖らせた茉梨が、窓の外に缶を握った手を出して、プルタブを引っ張る。


ぎゅっと目を閉じる事3秒。


コーラの缶は音もなく静かに開いた。


唖然として振り返った茉梨に向かって勝が笑う。


「振るかっつの」


「もー!!!」


「あ、文句言うなら飲むなよ」


「飲むっての!」


即座に言い返した茉梨が勢いよくコーラに口をつける。


と廊下が騒がしくなった。


「あ、会議終わったみたいだな」


和田が廊下を通り過ぎる生徒を確かめながら言うと、ひなたも時計を見て頷いた。


「皆戻って来るかな?」


「荷物こっちだし、戻ってくるだろ。望月真っ直ぐ帰る?」


「何にも考えてないけど」


「貴崎達とゲーセン行かない?」


「うん、行く。あ、でもその前に図書室寄っていい?」


「いいよ、付き合う」


付き合いたてカップルの初々しい会話に、口を突っ込みたくてウズウズしている茉梨の口を手で押さえて、勝が尋ねる。


「俺ら別行動でもいいけど?」


「え!いや、別に」


「う、うん、そうだよ!一緒に遊びたいし、ねぇ?」


慌てたようにひなたが和田に視線を送る。


一瞬、和田が迷うような素振りを見せたが頷いた。


「う、うん・・・」


その微妙な返事をまじかで見た茉梨が再び物申したげな顔になる。


が、それを予測した勝は茉梨を押さえ込んで離さない。



勝が”俺らエサに使うなって”と視線を送るも綺麗に無視して、和田は4人で遊ぶプランを纏めてしまった。


まあ、いきなり二人だと色々気を遣うだろうし、とりあえずゲーセンまでは付き合うか、と算段をつけてから茉梨を開放する。


「茉梨、後で本屋付き合って」


勝のセリフにピンときた茉梨が満面の笑みで頷いた。


任せろ!ゲーセン前でトンズラだな!と顔に書いてある。


「ん?良いよー何か買う?」


「漫画の新刊出てたから買う」


「りょーかーい」


両手で丸を作った茉梨が、教室に戻ってくる3人を見つけた。


「おっかえりー」


「お疲れさまー」


茉梨とひなたの声に実と京が口々に疲れたと言う。


そんな中一人だけ、柊介が教室をぐるりと見回した。


「ただいま、多恵は?」


「お前、開口一番それかよ」


勝が笑いながら下を指差した。


「井上なら、6限終わると同時にダッシュして行ったけど」


和田が補足説明をする。


「聴きたいCDがこっちにあるって言ってたから、それじゃない?」


荷物を纏めながら京が答えると、実が映画のサントラの名前を挙げた。


「多恵と颯太兄のお気に入りのヤツだね」


ひなたが、あたしも好きな曲だな、と付け加えた。


机に置いていた荷物を掴むと、柊介が足早に教室の後方のドアに向かう。


「え、もう行くの?」


茉梨の言葉に立ち止まった柊介が振り返る。


「淋しがってるだろうから、行ってやらないと」


「そっか」


まるで自分の事のように嬉しそうに笑って茉梨が頷く。


教室から出ていく柊介の背中を見送って、茉梨がいいなー、と呟いた。


「何が?」


「淋しいって無言のサイン、ちゃんと伝わるんだと思って」


「・・・お前もめちゃくちゃ分かりやすいけどな」


「だって、あたしは分かって欲しくてやってるもん。でも、多恵のは普通にしてたら誰も気づかないサインだから、それが余計いいなって。さすが、幼馴染」


茉梨の言葉に、実が神妙な顔になる。


「まー、相手は多恵だしな」


「寂しいって、口に出して言えない子もいるから」


京の言葉を受けて、ひなたと実が顔を見合わせて小さく微笑んだ。


「「多恵とか、京みたいに」」


重なった二人の言葉に、クールビューティーと謳われる京が、柄にもなく頬を赤くした。


「あたしは違うでしょ!」



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